第3話
あれはいつのころだったか。モンスターも今ほどはおらず、領民も安心して暮らしていたころだった。確かいつものように屋敷を抜け出して野山を駆け回っていたときだったと思う。
その日は好物のオムレツが朝食だったのでご機嫌だった僕は、普段は入らないような森の奥まで踏み込んでしまった。そのころの僕は幸か不幸かまだモンスターに出会ったことはなく、屋敷で読んだ本や家人、村の大人たちからの知識でしかモンスターを知らなかったのだ。最初のうちは見慣れない草や木の実を探しては面白がっていたが、進んでいく内に日の光もほとんど入ってこない場所に迷い込んでしまった。
「ここ、どこだろう?」
不安げに辺りを見回す僕をよそに、ガサガサと風もないのに繁みが動き、木立の間の暗闇から何かが見ているような気がした。
「なんだ?・・臭い・・・・」
僕は思わず鼻をつまんだ。
近くに動物の死骸でもあるのか、急に何かが腐ったような臭いもしてきて薄気味悪くなってしまい、すぐにここから離れようと振り向くと・・・・・
「え!?」
「・・・・・・・・・ケケケ・・」
猛烈な腐臭とともに木立から骸骨が現れた。
「す、スケルトン!?」
スケルトンは死した人間やモンスターの骨に大気中の魔力がこもって生前の恨みを晴らすために動き出したモンスターとされ、言語を解さず恨みを晴らすという本能のままに動く下級のアンデッドに分類される。下級とはいえ、軽い骨だけで動くため存外に動きは素早く、剣や槍も通じにくいためゴブリンなどのモンスター退治に慣れた者でも苦戦することがある。・・・・本は知識を与えてくれるが、そのせいでただの子供に過ぎない僕には絶対に勝てないという絶望的なことが分ってしまった。
「ヒッ!」
僕の口から思わずそんな声が漏れた。1体ならば逃げ切れたかもしれないが、スケルトンの数は5体。しかもそのうち正面の1体はリーダーなのかボロボロの皮鎧に錆びた剣を持っていた。
他の骸骨は部下なのか、何の装備も身に着けていない。背丈は僕と同じくらいだが恐らくゴブリンかなにかの骨だろう。あちこちに腐った肉がついていて思わず吐きそうになり手で口を押えた。
「な、なんで・・・スケルトンがここにぃぃ・・・」
スケルトンは通常、人気のない暗がりで発生するため、森の奥などでも発生はするが、アンデッドの性質か、生者を追い求める傾向にあるため村などがあればすぐに発見される。もしくは、他のモンスターの群れに突撃してただの骨になるかだ。つまり、5体ものスケルトンが見つからずにいるなんてことはありえない。古戦場でもないこんな辺境に死霊術を使う死霊術師などいるはずもなく、このスケルトン達はたった今発生したとしか考えられない。・・・・僕は己の運の悪さと理不尽を呪った。
「ケケケケケ・・・・」
そんな僕を目玉のない眼窩で見るスケルトン達は何がおかしいのか、それとも生者を見つけたことがうれしいのか、歯をカタカタと鳴らしていた。
・・・感情のない下級アンデッドのスケルトンが笑うなどありえないのだが、なぜだか僕にはあの歯をカタカタ鳴らす骸骨達が喜んでいるから笑ってるんだと直感的に分かった。
「ケケェー!!」
「う、うわぁぁぁぁーーーーーーー!!」
リーダーが舌もないのに僕にはわからない言葉で何事かしゃべると手下の骸骨がとびかかってきた。
恥ずかしながら、子供の上に武器の一つも持ってなかった僕は目をつぶって蹲ってしまった。
ああ、僕はこんな誰にも見つからないような場所で落ち葉に埋もれて死ぬのか、いやこの骸骨たちの仲間入りか。そんなどうでもいいことを現実逃避のように考えながら処刑台に立たされた死刑囚のようにそのときを待つことしか僕にはできなかった。
「フッ」
次の瞬間、そんな蹲る僕の耳に入ってきたのはそんな息を吐く音だけだった。
「!?」
思わず目を開いて最初に入ってきたのは鎧を身にまとった大剣を持った偉丈夫。そして落ち葉のように散らばった骨であった。男の着ていた鎧と大剣は不思議なことにこの薄暗い森の中で青い光を放っていて、おかげで見たくもない腐肉の付いていた腕やら足やらの骨がよく見えた。
「え?」
普段ならばせっかくのオムライスを戻していただろうが、そのときは男と男の持つ光輝く武具があまりにまぶしく、格好良く思えて気にもならなかった。
・・・・今にして思えば滑稽だが「魔装」も「魔装騎士」も見たことがなかった僕にはこの単なるスケルトンに襲われるという場面がまるでおとぎ話の中の一幕、英雄が悪い竜を討つ場面のように思えて、自分が英雄に救われる登場人物としてその中に入り込んだような気さえしていた。そう、僕は自分が命の危機であったことを忘れて突然現れた英雄譚の主人公のような男に夢中になっていたのだ。
僕のそんな内心を知ってか知らずか、男がそのまま少し離れたところにいたリーダースケルトンを見るとリーダーは錆びた剣を手に男に向かって突っ込んできた。
「その意気やよし。しかし、愚直にすぎる」
男はそう言うと、迫りくる骸骨に向けて大剣を正眼に構えた。
「ケェェェェーー!!」
突撃してきたスケルトンは脳みそもないくせに剣術の心得でもあるのか、男の大剣の間合いに入る直前にぐにゃりと進路を曲げて男の横に回り込み、間髪いれず男の首に錆びた刃を突き出した。骨の身体故か軽くて素早く、その動きはまさに熟練の剣士の技であり、刃は男の命を断とうと迫る。
「危ないっ!」
僕はついそう叫んだが・・・・
「ムンっ!!」
錆びた刃が男に当たる寸前、男のガントレットが一瞬明滅した。僕の心配など無用というように、男は腕がかすむほどの速さで、子供の間で流行っているベースボールのバッターのごとく、大剣を真横に振って骸骨の持つ剣を弾いた。
「クケっ!?」
骸骨は思わず、といったようにくるくると空中を回転しながら飛んでいく己の得物を目で追ってしまい、髑髏の視線が男から明後日の方向を向く。
「俺の間合いでよそ見とは余裕だな、ガイコツ。」
再び男の鎧が光を放つと、男は素早く身の丈ほどの大剣を頭上まで振り上げ、そのまままっすぐスケルトンの髑髏を目がけて振り下す。
「ガっ!?」
リーダースケルトンは頭から股まで切り裂かれて真っ二つになると、ボロボロと崩れ、後には白い砂山が残った。
「辺境の森でスケルトンが5体・・、しかも内1体は上位種。しかしここ以外ではそんなことは・・・何故だ?・・・・っと、少年、大丈夫か?」
なにやらブツブツとつぶやていた男は先ほどの一幕を見ていた僕の視線に気が付いたのか僕の方を向いてそう言った。
「・・・・ひゃい、らいじょうぶれす・・・」
男が振り向いて、へたり込んでいた僕に手を差し伸べたとき、情けないが、僕が震える声で言えたのはそれだけだった。本当は、聞きたいことと憧れのような想いがパンクするほど溢れ来て、すぐにでも質問攻めしたかったと今でも思う。
一体あなたは何者なのか? その光る鎧はなんなのか? どうして僕を助けてくれたのか?
そんなことを、僕はいろいろ聞きたかったのだけど、気恥ずかしかったのかその男の人の顔を正面から見れず、つい顔をそらしてしまったのだ。本当に、我が人生の最大の後悔である。ともかく、そうしてそっぽを向いた僕は・・・
「・・・・あ」
「・・・・・」
首だけになったスケルトンと目が合った。合ってしまった。いや、正確には眼窩とあったといった方がいいのか。
「・・・・・」
とにかくいろいろとぐちゃぐちゃだった内心に、それまでマヒしていた恐怖と助かったという安堵が混じって、すでに許容限界だった僕は・・・・・・
「うーん・・・・・」
そこで気絶してしまったのである。
目を覚ましたら屋敷のベッドの上だった。どうやら僕はあの男の人に背負われて戻ってきたらしい。ぼくが起きたことが分かった後、父上がやってきてこっぴどく絞られたのも今ではいい思い出だ。あのときなぜ魔装騎士がこんな辺境の森の奥にいたのかはわからないが、一日たりとてそのときを忘れたことはない。
そう、彼こそが僕の人生の中で初めて出会った「魔装騎士」、グラン・ヘイラーであり・・・僕が「魔装騎士」にあこがれるきっかけとなった男であった。
「キュルルル・・・・?」
「・・・・・・あぁ、ゴメンねリーゼ・・・・」
ずいぶん久しぶりにあのときの夢を見た。あの人のことを忘れたことはないが、夢に出てきたのはいつ以来だろうか。
どうやら飛竜の背の上で眠っていたようだ。シークラント領を旅立って3日。道中の村に立ち寄っては見たが、飛竜のリーゼロッテを警戒しているのかよそよそしい村民が多く、すぐに出てしまったのだ。飛竜や地竜は知能が高く、安全な住居と食料を対価に人間に協力することもままあるため規模がそれなりの町ならば竜用の厩舎もあり、それほど警戒されることはない。王都では人間に協力した竜の子孫を育てており、その竜を駆る竜騎士と呼ばれる魔装騎士もいるほどだ。だが、辺境ではそうもいかないみたいだ。
ともかく村の人間に迷惑をかけるわけにもいかず、モンスターの近寄らない村の近くで連日野宿である。 どうやら幸運なことに、付近のアンデッドは討伐されていたのか「呼んで」しまうことはなかったが、警戒はしていた。その影響が出たのかもしれない。領地にいたころに野宿する場合はたいていリーゼロッテが見張りをしてくれたが、昨日は1日飛びっぱなしだったからかぐっすり眠っていた。
「そろそろか・・・・・っと、見えてきた!」
馬ならば2週間はかかるであろう王都までの道のりも飛竜に乗って空を行けばどうということはない。シークラント領を出たばかりでは鳥型のモンスターに襲われもしたが、人間の住む場所の上を飛ぶモンスターが少ないのもあって王都に近づくにつれてモンスターに遭遇する回数は激減した。昼の内に空を飛ぶアンデッドなどいないから空ならば厄介な「体質」を気にする必要もない。
「僕は騎士になるんだ。そして僕の民を守って見せる! 行こう、リーゼ!!」
「ギャオォォォォォォ!!」
リーゼロッテは元気よく吠えるとスピードを上げるのだった。
王都オーシュはもう目と鼻の先である。
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