第4話

さる都市の中心には大きな美しい城がある。観光客がやってくれば、そこで魔導カメラのフィルムを使い切るくらいの壮観な城であり、特殊な建材を使っているのか、夕焼けの中で透き通った赤い光を放っている。さらに、外観に違わず、その内部もそこに勤める者たちによって綺麗に掃除されており、中に入ってみれば、床や壁に至るまで美しく磨き上げられているのが分かるだろう。特別な調度品のないただの廊下であっても、まるで水晶のように輝いていて、それだけで芸術品のようである。


 しかし、そんな美しい城にもかかわらず、光り輝く廊下に囲まれて、見るからに薄汚れた物置のような場所があった。












(また引きこもってるのかしら、あのお姫様は・・・・)




 声が聞こえる。いや正確には聞こえるのとは違うのだろう。頭の中に直接響くのだ。




(はぁ、食事を置いたらさっさととこんな陰気な場所から離れたいわ。)




 また別の声が聞こえた。どうやら食事を運びに来たメイドは2人のようだ。私のような者のために2人も寄越さなくていいのに。




(まったく。どうしてこんな面倒な場所に部屋を移したのかしら)


(ひきこもってばかりで、王族の務めも果たそうとしないなんて・・何を考えているのかしら)




 私の部屋は城の四階の北の角部屋だ。周りは埃をかぶった書類やら何に使うのかよくわからない道具しかない部屋ばかりである。その私の部屋も移ったばかりのころは真新しい光沢を放つ家具ばかりだったが、月日が経ってみんな埃をかぶっている。メイドは部屋に入れたくないし、また掃除しなくては。




「はぁ・・・」




 私はついため息をついてしまう。




「どうして、こうなったんだっけ・・・」




 確か、私がずいぶん昔に、お父様にどうしても一人になれる場所が欲しいと頼んだら、部屋をここに移してくれたのだったか。なんだかんだ暮らし始めて8年以上経つ。今では立派な引きこもりだ。




「お父様、どうしてるかな・・・」




 あのときのお父様の内心はその顔のように困惑が半分、あまりしゃべらない娘に頼られて嬉しいという喜び半分であったが、今はどうであろうか。メイドの言うように、王族の「義務」も果たしていないし、こうして引きこもるのはお父様にとって迷惑なのだろうとは自分でも思っているのだが。




「多分、大丈夫だよね・・・」




 私とは違って優秀なお姉さまたちがいるから私が何をするでもなく「義務」は果たされている。それに、私のことなど気にする人はほとんどいない。せいぜいが今みたいに食事を持ってくるメイドかたまに見回りに来る衛兵が愚痴をこぼす程度だ。この8年、メイドとの受け答えを除いてまともに人と会話した記憶がない。




「シルヴィア様、お食事をお持ちしました。」




そんな益体もないことを考えていたら、メイドたちが着いたようだ。




「ありがとうございました。そこに置いてください。」




 扉は開けずにそう答える。人と関わるのは最小限にしておきたい。上辺だけは取り繕っているけれど、心の中では私を疎ましく思ったり蔑んだりしてるような人に関わるのは心にくるものがある。少なくとも私が知る限りでは、この城の人間は大体そんな感じだ。




「「かしこまりました。」」(ふぅ、これでここから出られる。早く帰りましょ・・・)(服に埃がついたかも。早く洗濯しなきゃ。まったく掃除禁止ってどういうことよ・・)




 そんなに来たくなければ誰かに代わってもらえばいいのに。そして埃っぽい場所に来るなら汚れてもいい服を着てくればいいのに。彼女たちは曲がりなりにも私のために仕事をしてくれているとはわかっているのだけれど、思わずそんなことを考えてしまった。そんな自分に若干嫌気がさす。


 ちなみに掃除禁止っていうのは人が近づいてくるのをなるべく避けるために部屋を移すときにお父様に頼んだことだ。やはり自分は迷惑をかけているのだろう・・・




「はぁ・・・・」




 ついため息をついてしまう。今日だけで何回目だろうか。




「・・・・行ったかな」




 もう声は聞こえない。メイドたちは行ってしまったようだ。扉を開けて、夕食の乗ったワゴンをカラカラと引っ張る。




「・・・・・・」




 私が扉を開けるのは今日で5回目。朝食と昼食を部屋に入れるのと、食べ終えた食器を部屋に出すので4回だ。夕食を食べ終えてワゴンを部屋の外に出したらもう今日は扉を開けないだろう。お風呂だって部屋に備え付けの水魔法と火魔法を刻んだ高価な魔道具で済ませられる。




「こんなチカラ、なくなってしまえばいいのに・・・・」




 この能力を自覚したときから毎日欠かさず思っていることを口に出す。他人の思っていることが聞こえてくるなんてどんな拷問だ。おまけに耳をふさいでも何をしても頭の中に響いてくるのだ。私にできることなんて他人に関わらないようにして毎日を無駄に過ごすだけだ。おかげでここもう8年ほど本ばかり読む生活が続いている。


 メイドの運んできた食事を食べ終えて、ワゴンを部屋の外に出すと、私は眠りについた。








「ここが王都か・・・・」




 僕は不満そうなリーゼロッテを城壁外にある飛竜用厩舎に預けた後、魔導バスに乗って王都の中心、王城区に足を踏み入れた。


 空はオレンジ色に染まり、もうすぐ夜が訪れるが、王都はまだ明るい光に満ちていた。


 オーシュ王国の中心である王都アスライはこの国で最大の霊脈である【竜骨霊道】の上に位置するため、国内屈指の魔鉱の生産地でもある。さらには、魔鉱の精錬技術も国内で最も発達し、商店や一般家庭にも魔法を込めた魔鋼を用いた様々な効果を持つ道具、魔導具が普及している。僕の故郷でも魔導レンジや魔導冷蔵庫、魔道エアコンなどは普及しているが、この夜にさしかかる時間でも昼間のように街中を照らすほどの街灯の魔道具や、騒音のように店の宣伝をする魔導スピーカーが商店の一軒一軒に備えられている街は片手で数えられるくらいだろう。僕が乗ってきた魔導バスに至っては豊富な魔鋼と魔装騎士が巡回する街道のある王都周辺と王都内部でしか走っていない。シークラントを訪れた卸売り業者の人から聞いたことはあったが、見るのも乗るのも初めてだった。なんとかあのバスを領地まで引っ張ってはこれないだろうか・・・




「さて、とりあえず今日泊まる場所を探さなきゃ・・・」




 一年の間に魔装騎士の選抜試験は春と秋で二回行われる。周りを見渡すと僕と同じく試験を受けに地方からやってきたのだろう、街の住民が着ないような丈夫そうな服に土埃で汚れた靴を履いた者達が歩いている。中には剣や槍を持っている者もいるが、それらは厚手の布で覆われていた。王都内での抜き身の武器の携行は魔装騎士以外では厳禁であり、破ればすぐに魔装騎士か捕縛用魔導具を扱う衛兵に拘束されて留置場送りである。僕も故郷で使っていた魔鋼製の魔剣は持っているが、同じように鞘に納めた上で布を巻いてある。




「うーん、大体の宿は埋まっちゃったのかな・・」




 父上に話すタイミングやもしもの場合に備えて父上にばれないように荷物を揃えていたので選抜試験は1週間後だ。そのためほとんどの宿泊施設は満杯のようだ。試験会場や王都周辺の地形確認、モンスターの種類などの下調べを考えるとあまり余裕はない。先ほどまであたりにいた者たちは数日前から王都にいたのか、周りの宿に入っていった。




「気乗りはしないけど、あそこにするしかないかなぁ。」




 そんな風にお上りさんよろしく、あたりを見回しながら歩いていると一件の宿が目についた。他の建物が土魔法で加工された石材でできているのにその宿は木造のようだ。しかも年季が入っていていかにも「出そう」である。そのせいか、その宿の周りには人気がなかった。




「はぁ・・・頼むから今日こそは安眠させてくれよ・・・?」




 あのときのようにまた「呼んで」しまったら面倒極まりない。まあ王都の王城近くにアンデッドモンスターが出るはずないだろうから大丈夫か。










「あんたの部屋は201、夕食付きコースか。7泊8日で35000アースだ。・・確かに。・・少し待ってなさい・・」


「はい、ありがとうございます」




 僕は宿に入って一見するとゾンビに見えるほど生気のないお爺さん相手にチェックインの手続きを済ませると、同じくミイラのようなお婆さんが渡してくれたルームサービスの食事の乗ったトレイを持って部屋に入った。




「へぇ、ここからは王城が良く見えるなぁ」




 部屋の中は外観とは打って変わってよく掃除が行き届いていた。おまけに僕の泊まる部屋の窓からは王城がよく見えた。王城は贅沢なことに一級品の魔鋼を建材に使っているらしく、こんな夜にもかかわらず、月の光を浴びて穏やかな光を放っていた・・・・・・うん、値段も安めだったし、この宿は選んで正解だったかもしれない。まあ、この部屋からだと王城の北の角部屋あたりが正面に来るのが少し縁起が悪いけど。




「よし、少し予習しておこうかな・・」




 なかなか美味しい夕食をとってから、明日行く予定の王都周辺の地形とモンスターについて書かれたパンフレットを鞄から取り出した。


 騎士を目指す者だけでなく、当然一般市民も町から町に移動することはあり、その際にモンスターと遭遇する可能性はかなり高いのだ。そのため、各都市ではやってきた人たちに周辺モンスターの概要を載せたパンフレットを配布するのが法令で定められている。




「本当は王立図書館でじっくり行きたかったけど、少し見に行くくらいならこれでいいよね・・」




 パンフレットと侮るべからず。こういった情報誌はかなり簡潔にモンスターの重要な情報を載せているものなのだ。




「ふーん、あの森ではゴブリンやオークが多いのか、で、こっちの山にはスライム・・・」




 パンフレットについている地図を見ながら行く場所のモンスターを確認しておく。普通種のモンスターならば知識はあるので、何がいるのか分かればいい。




「そうだ、一応装備も見ておこう」




 道中ではほとんど使わなかったが、装備の状態も見ておきたい。鞄からさらに剣と盾、皮鎧を取り出す。


剣は純魔鋼製なので、少し使ったくらいならば何もせずとも平気だが、他の装備は申し訳程度しか魔鋼が使われていないので、定期的に見なければいけない。




「盾はよし・・・・皮鎧の方は・・ちょっと緩くなってるな」




 小さめで軽い盾と要所を魔鋼で補強しただけの皮鎧だが、動きを阻害しないので使いやすい。僕は皮鎧の紐を締めなおした。




「これでよし、と。さて、3日ぶりのベッドだし、ゆっくり寝ようかな」




 僕はアンダーシャツとズボンだけになると、少し外の景色を眺めてから眠りについた。

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