第7話 レベル1

 絶対明日はサボる!と決めて寝た終業式が昨日。秋休み初日の今日、学校へばっちり間に合う時間に起きてしまった。ハンナはそんな自分が情けなかった。ベッドから降りながらため息をつく。

「φおはようございます。今日から秋休みです。いかがお過ごしですか?」

 と、AIのフィが優しい声で聞いてくる。ハンナはクローゼットをゆっくり雑に開けながら、

「今日は学校に行く。動物のお世話するんだって。めんどくさ」

 吐き捨てるように言った。何を着ようか悩んでいると、

「φでは、上は汗をかいても良いように、a-07を、下はb-10を着るとよろしいかと思います」

 上はグリーンのTシャツ、下は薄いブルーのデニムを着た自分のホログラムが部屋に現れる。

「長ズボン暑いよ」

 しかめっ面をしながら言うと

「φ初めての飼育体験ですので、汚れ防止と足元に動物が寄ってきても良いようにb-10をお勧めします」

 短パン姿の自分の足元に小さな動物が寄ってきて、慌てふたきしりもちをつくホログラムのハンナ。

「わかったよ。じゃそうする」

 結局いつもフィにうまく丸め込まれると感じながらも、自分の判断に自信もない。だから毎度言われるがままなのだ。長ズボンに足を入れるなり、暑いと感じつつも、これで良いんだろうと自分を納得させる。


 今日も朝から太陽がこちらを見ている。家を出たとたんに背中や足から、汗が噴き出す。ハンナは今一度考える。なぜ起きてしまったのだろうか。別に絶対ってわけじゃないんだし、外は気分悪いくらい暑いし、その中を歩かなきゃだし、やった事もない動物の世話なんて嫌だし。。。自分の思いにげんなりしつつも、学校に向かう。途中で止まり、水筒のお茶を飲んで、また歩き出す。昨日まではスクールバスで通っていた道。同じ道をぬぐいきれない汗とともに歩く。スクールバスに初めて感謝した。


 学校の門の前にテルがいた。暑くないんだろうか?と思わせるほど、右手を大きく振るテルの方へ近づく。その横には、黒色の日傘を差したチョコが居た。チョコは日焼けを気にしているわけではない。チョコは曾祖母とと昔の映画を見ていた時に、主人公の女優が差していた日傘に憧れを抱いたそうだ。その映画をチョコの他には誰も見ていないので、想像するなんてことは全くできない。ただ、


 チョコがいいならそれでいい


 が、同級生達の脳裏に浮かぶ共通の合言葉である。チョコの日傘について、とやかく言うのは無粋なのだ。3人で運動場に向かう。テルは昨日眠れなかったと話す。

「そんなに楽しみぃ?信じられない」

 ハンナは思わず言ってしまった。テルからは相変わらず冷めてるわね、とお返しをもらった。互いにいつものやり取りをしていると、

「あっ、あそこかな」

 チョコが日傘の中から人指し指を出す。

 その方角を向くと、体育館のちょうど影になっている場所に、昨日まではなかったはずの建物と、数名の人影が見えた。


 近づくと、担任と同級生達が集まっていた。テルがもっと早く来るべきだったと、ぶつくさ言っている。担任が名前を呼び始めた。14人まだ来ていなかった。サボっているに違いないと、ハンナが決め付けられなかったのは、その14人の中にセントがいたからだ。真面目そうな彼なら、来ていそうなものだ。だが、あんなひょろ長の体じゃ、炎天下の中通学し、動物の世話をするなんて無理か、とも思うのだった。


 担任が建物のドアを開ける前に話をした。

「この中には、うさぎとにわとりがいる。お前らは初めての体験だろうが、とーい昔の小学校には、うさぎとにわとりってのは定番だったんだ。今日は慣れる為に餌やりをする。明日から掃除やなんかを徐々にやっていく。この時代にこんな体験できなぞ。明日も来いよっ!」

 ハンナが「明日」という単語に肩を落としたと同時に

「明日も来るぜ!!おーーーーーー!!!」

 気合入りまくりのトーマだった。

「トーマ、うるさい」

 すぐにチョコから諭されたのは言うまでもない。


 担任は、にやっと笑いながらドアを開けた。じわり、じわりと8人の6年生達が中に入った。中は外観と違い、壁にはホログラムで、あたかも外であるような風景が映し出されていた。うさぎとにわとりが勘違いして、壁にぶつかってしまったらどうするんだろうかと、ハンナは心配した。

「先生、壁がこんな見た目のホログラムって動物が勘違いしないですか?」

 ユウゴが早速質問していた。ハンナはユウゴと同じ事を考えていたのが、なんだか悔しかった。ユウゴが努力家で頭が良いのは認めるが、一言多いというか、負けず嫌いというか、取っ付きにくいというか。

「それよりもお前らがぶつからないかの方が心配だよ、はっはっはっ」

 豪快に笑う担任だった。


「うさぎが4匹、にわとりが3羽だ。にわとりは1羽気が短いのがいるから注意しろよ」

 そう言い残すと、担任がドアの外に出て行った。残された6年生達は、8人もいるのに小さくまとまって、建物の中でうろうとするうさぎとにわとりに圧倒されていた。どうにもこうにも動けないでいるところへ、担任がカゴをを持ってまた入ってきた。

「おまえら、ビビり過ぎだろー。餌をやるぞ。これを取ってくれ」

 個々にキャベツやニンジンの切れ端をくれた。切れ端なんか、何が良いのか理解不能のハンナだったが、恐る恐るうさぎのそばに行ってそれを差し出すと、ぼりぼりと食べ始めた。うさぎの口が手元に迫ってくると、その振動が怖くなってハンナはニンジンを手放した。落ちたニンジンを、うさぎはぽりぽりと食べ尽くした。


(でも……想像してたよりかわいいかも)


 めんどくさがってたさっきまでの自分はどこかへ行った。見渡せば、同級生達も笑顔になって餌やりをしていた。


「「ギャーーーーー」」


 何だ何だと声のする方に目を向けると、トーマとユウゴがにわとりに追いかけられていた。


(((((あっちじゃなくてセーフ)))))


 うさぎ側の誰もが心で呟いただろう。そんな思いに満たされた建物のドアが開いた。


「遅れました。すみません」

 そう言ってセントが入ってきた。

「来たな、西川。連絡入ってたぞ」

 担任はセントを歓迎した。同級生達はセントにうさぎの餌を渡して、かわいいよーと言いながら、餌やりを勧めた。セントはうさぎに餌を近づけた。そして近寄ってきたうさぎをなでた。


「え?触っても大丈夫なんですか?」


 チョコが担任に焦って聞いた。焦っていたのは、もちろんチョコだけではない。

「はっはっー、毒や針があるわけじゃないだ。触っても良いに決まってる」

 担任は大笑いしながら言った。建物内はさらにざわついた。


(この白くて、丸くて、動いたり止まったり、ニンジンやキャベツの切れ端を食べる生き物を、触る?確かに毒も針もなさそうだけれど……)


「セント君怖くないの?」

 テルがセントの近くに行って、なぜだか小声で聞いている。

「大丈夫って先生も言ってるし。ふわふわしてて気持ちいいよ。島野さんもほら」

 何という事だろうか!!セントはうさぎを持ち上げて、テルの前に差し出した。

「ちょっ、セント君っ」

 一歩後ずさりしたテルだったが、恐る恐る手をうさぎに近づけた。そこにいた誰もがテルの手を凝視した。テルの指がうさぎの丸っこい所に当たった。もうそれだけで、つばを飲み込むには充分だった。

 テルは手のひらをうさぎに置いて、しばらく黙っていた。

「で、どうなのよ?」

 たまらずチョコが聞いた。というか、みんな聞きたかった。テルは手のひらをうさぎから離すと、ぎゅっと目をつむって言った。

「触った者にのみ、この感覚は与えられる!!」

 チョコの感情がわからない。誰もの頭の上に?が浮かぶ。


 うさぎを触るか触らないか、もやもやしていた同級生達をよそに、セントが担任と話をしていた。担任がうなずいて、また建物から出ていった。セントは隅っこの方で震えている、トーマとユウゴの方へ行った。そんなに怖がることないよと声をかけていた。二人はセントに抱きついて半泣きだった。セントはそんな二人を、馬鹿にするでもなく、微笑んで落ち着かせていた。


「こんなもんでいいかな」

 戻ってきた担任は、丸と四角の入れ物を持って来た。それをセントは受け取り、丸い入れ物をトーマに渡して、水を入れてきてもらえないかと、頼んでいた。

「まかせろーーーーーー!!!」

 走り出したトーマに、同級生達は全員そろって

「トーマ、うるさい走るな」

 と浴びせたのは言うまでもない。

 次にセントはユウゴを連れて、担任が持って来た餌を四角の入れ物に入れた。

「直接あげるのは怖いもんね。ははっ」

 笑いながらユウゴに話しかけていた。ユウゴはユウゴで、

「こんな方法があったのか。。。」

 ぶつぶつ言いながらキューブを起動させ、なにやら記録していた。

「水、持って来たぞーーー」

 トーマが当然元気よく帰ってきた。

「じゃ、あの辺りに置こうか」

 水の入った入れ物と、餌の入った入れ物を持ったトーマとユウゴを、セントが動かした。

 しばらくすると、にわとりが水をつつき始めた。

「「「「「おーーーーー」」」」」

 何一つとっても、8人の感動が湧くのだった。


「うさぎの方にも水、あった方がいいよね」

 いつの間にか、こちらの世界に戻ってきていたテルが呟いた。

「うんうん。じゃあ、容器を取ってくるから待ってろよ」

 担任がうれしそうに建物を出ていった。

「あたしも行ってくる」

 テルはそう言うと、担任を追いかけるように建物から出ていった。

 ハンナは座って、目の前にいるうさぎを触ろうかどうしようか、また悩むのだった。そんな時、誰かがぽつりと言った。

「セント君、レベル高っ」


 うさぎレベル1のハンナも、極めて同感だった。


 つづく

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