第4話 朝焼けの翌日

 昨日、フラミンゴのような朝焼けを見てハンナはキューブでおばばと話した。明日は雨が降る。4年連続だと部屋のベッドにうつぶせに横になって、落ち込んだ姿をホログラムでおばばに見せる事となった。おばばはそんなに落ち込まなくてもいいじゃないかと、出窓のそばに座った姿でハンナの部屋に映し出されていた。ただでさえ通学が苦痛なのに雨が降ると余計に気持ちが滅入った。おばばが言うには昔は春と夏の間につゆというものがあって、雨が降る期間があったんだとか。梅と雨と書いてつゆと読む事は全く理解不能だった。つまりハンナにはそれがどういう現象なのか想像できるはずもなく、おばばの話を半分に聞いていた。ただ今日は雨だという事だけが確かだった。


 レインコートを着て、ランドセルにもレインカバーをする。ランドセルと同じラベンダー色をした傘を開いてハンナは学校に向かった。雨でも空には国営のホログラムニュースが映し出されていた。心なしか画面が泣いているように見えた。いつもそのニュースを気にはしないが、傘がある分余計に空を見上げる気にもならず、ハンナは学校に足を進めた。いつもならテルがあいさつしてくるポイント付近になったが来る様子がない。だが通学好きのテルが遅刻や休みは考えられない。雨で少し遅れているだけなんだろうと思った。玄関に到着すると、傘を立て、レインコートをざっとタオルで拭いて自分の名前が書いてあるレインコート掛けに干したハンナはすでに疲労困憊であった。


 上靴を引きずるように教室を目指した。はぁとまたため息が出る。なんで今年も雨なんだろう。おばばによるとつゆの終わりの時期らしいけど、今の時代にはそんなものはない。だからおばばにつゆのせいだから仕方ないと言われても、ハンナにとっては仕方なくなかった。傘を持って疲れた右手で教室のドアを開けた。すると


「「「ハッピーバースデー、ハンナーーーーー」」」

 ポン ポン ポン ポン ポン

 ポン ポン ポン ポン ポン

 ポン ポン ポン ポン ポン

 ポン ポン ポン ポン ポン

 ポン


 ハンナはたじろいだ。目の前でいくつもの傘が勢いよく開いた。色とりどりの傘が目の前で一斉に弾けた。なぜに教室で傘が開くのかわからずにいると、黄色地で白の花が描かれたの傘の向こう側からテルの笑顔がのぞいた。


「一体何これ?」

ハンナは心臓をドキドキさせたままテルに疑問符を投げた。

「だから誕生日のお祝いじゃん。ねー、みんな」

クラスメイト達は傘から満面の笑みを出した。椅子や机を使って五段のピラミッドを作っていた。

「雨だってイイもんだろ」

そう言ったのは青と緑の傘を持って椅子に立っていたトーマだった。

「名付けて、ハッピー パラソル バースデーよ!」

テルが声高らかに言う。クラスメイト達は、ここ数年ハンナが自分の誕生日に続けて雨が降って落ち込んでいたのを知っていたのだろう。雨だからこそ楽しめるこのサプライズバースデーの仕掛け人は、テルに違いない。


「これで終わりじゃないんだな」

意味深な言葉をテルが言う。

「じゃ、最後の仕上げ。セント君お願い」

水色の傘を持って端の机に立っていたセントが傘を閉じキューブを出して、

「沖蔵さんの誕生日」

セントのキューブからハンナの目の前にハンナの身長と同じくらいの何段あるのだかわからない淡いピンク色のホログラムケーキが現れた。


 上に[ハンナ誕生日おめでとう]と書かれたクッキーのようなプレートと、その周りにはローソクが12本あって炎が揺らめいていた。真っ赤なイチゴが螺旋階段のように並んでいる。ケーキの他にはピンク色とラベンダー色と金色のバルーンが教室を埋め尽くし、ふわふわと浮かんでいてあたかもそこにあるかのようだった。そしてセントの前にはホログラムの薄いピアノがあった。その鍵盤をセントは弾いた。曲はハンナが小学3年生の時に聞いたものだった。担任が音楽室でピアノ演奏した、大昔からあるという誕生日の歌だった。ハンナはたった1回しか聴いてないそのメロディーを、なぜだかずっと前から知っているような気がしていた。


 ハッピーバースデー トゥーユー

 ハッピーバースデー トゥーユー

 ハッピーバースデー ディア ハンナ―

 ハッピーバースデー トゥーユー


 みんなが歌いながら傘を回した。ハンナはこんな誕生日になるだなんて思ってもみなかった。雨で落ち込んでいた自分が馬鹿みたいだった。ほんの少しだけだったのに、段々目が潤んでいく。ピアノの音とクラスメイト達の声が聞こえなくなっていくと同時に、数えきれないバルーンが床から天井に上がっていった。ハンナは天井に当たって消えていくバルーンを、流れ出そうなものを隠すかのように眺めた。


「ハンナ、ローソクローソクっ」

クラスメイト達が自分の事のようにワクワクした目で、自分と目の前のケーキを見ていてる事に気が付いて急に恥ずかしくなった。しかしハンナは思い切って息を吸い込み、ふぅーっっとホログラムの炎を消した。12本全部が消えると、ケーキの中から花火が出てきた。煌めきながら四角い教室の空間めいっぱいに咲く12発の花火を22人は楽しんだ。余韻に浸っているところに担任が教室に入ってきた。


「なんで教室がこんなに暗いんだ?ホームルームはじめるぞー」

児童たちを見渡して

「お前ら、教室に傘持ってきて何やってるんだ?机も椅子もぐちゃぐちゃじゃないか何でだ?」

担任もまた疑問符を投げるのだった。

「全灯。先生気にしないで、はじめてください」

今日の日直であるクラス一真面目で気の利く御坂チョコ(ミサカチョコ F11歳 女)が、教室の照明をつけて淡々と言った。


 みんなくすくす笑っていた。担任の不思議そうな表情と、チョコの真剣な眼差しがおかしくてたまらなかった。チョコはクラスの姉さん的存在であると同時に、真剣な事でもバカみたいな事でも100%全力投球するタイプなのだ。そして後始末もきっちり出来てクラスメイト達が一番頼りにしている存在だった。今回の件だがテルが最初に相談したのはもちろんチョコだと思われる。ハンナは自分の右にいるチョコの澄ました顔を見てやはり笑いが止まらない。


7月5日4年連続雨。だが心は誰よりも晴れやかなハンナであった。


 昼休みに入って、ハンナをクラスメイト達が囲んだ。ハンナはテルにいつから計画していたのか聞いた。だがテルはニコニコするばかりで全く教えてはくれなかった。ふくれっ面をしていたハンナの隣で、


「セントにこの計画を言ったらさ、ケーキを準備しようって言ったんだよ。俺はてっきり本物のケーキを作ってくるのかと思ってたら全然違ったぜー」

トーマが泣き真似をして皆を笑わせた。

「あのホログラム、セント君が作ったんだよ。ハンナの為に!おっきいケーキにピアノの演奏して、いっぱいバルーンが飛んで、ろうそくの火も本物みたいで消えたら花火!!すごくない?!」

あたかも自分が準備したかのようにテルが熱烈に語った。

「テル、興奮し過ぎだし、セント君の手柄を持って行くんじゃない」

チョコがその隣でテルにグーで頭をノックした。それもまた皆を笑わせるのだった。


 午後の授業が終わり、放課後ZOOを確認すると、見慣れたなまけものがそこには映っていた。いつものように母親に連絡をして、おばばの所に行ってから帰ると伝えた。母親は、誕生日のご馳走を作っているようだった。楽しみを取っておくために、キッチンの様子を詮索するのはやめておいた。ランドセルを背中に背負って玄関に向かった。外はまだ雨が降っていた。だが今のハンナには、雨が自分を祝福してくれるシャワーのように見えた。レインコートを取ろうとした時、


「ぼくが取るよ」

後ろからセントがやってきた。

「ありがとう。セント君今から帰るの?」

ハンナはセントにチビだと思われたと一瞬思ったが、今朝の事を思い出してすぐに反省した。彼はいい人間だ。

「うん」

と言いながら、セントはハンナにレインコートを渡した。そして今度は自分の黒のレインコートを取って着用した。セントの肌の色とは正反対にいるような黒色だった。


 ハンナは自分もレインコートを着て帰り支度をしていたので、お互い何を話すわけでもなく静かな時間が過ぎた。別に申し合わせたわけではないが、一緒に玄関を出て、校門を通り過ぎた。ハンナはセントと一緒の道を歩いている事が気になった。


「セント君、こっちなの?」

聞いて良いのか悪いのかわからなかったが、思い切って聞いてみる事にした。

「うん」

セントの言葉は小さくて少ない。

「いつもひとりなの?」

やはりこれも思い切って聞いてみる事にした。

「そうだね」

セントはちょっとだけ目を細めた。こんな表情をする時ってどんな時だっけ?とハンナはセントが何を考えているかわからなかった。

「じゃさ、私たまにここを通って行くところあるから、そういう時は声かけるからさ、途中まで一緒に帰ろう」

とハンナは提案した。自分ができるせめてものお礼だった。

「沖倉さんが良ければぼくはそれで良いよ」

さっきのわかりずらい表情とは打って変わって、セントは笑顔になった。声のトーンも音量も上がった。

「セント君、沖倉さんはよしてよ。ハンナでいいよ」

セントの笑顔にホッと胸をなでおろすハンナだった。

「わかった。ハンナさん」

そのセントの答えに、

「ただのハンナ、でいいんだって!」

強気に返す。

「えー、呼び捨てってなんか緊張するよ」

セントが目を丸くさせていた。

「じゃあ、段々ハンナにしていってね。最初は許す」

ハンナは傘を回して笑った。

「それならできそうな気がするよ」

セントもハンナを真似て傘を回した。


 ふたりして今朝のサプライズを再現しているようだった。


「それにしても、今朝のホログラム、あれ全部セント君がひとりで作ったの?」

昼休みに聞けずにいた質問だった。

「ぼくはコンピューターグラフィックス関係の授業をたくさん取ったから、それが役に立っただけだよ」

回る傘を見ながら答えるセント。

「あー、セント君たくさん勉強してるもんね。じゃ、将来は何になるの?そういやピアノも弾いてたでしょ?音楽も得意なの?」

質問ばかり投げかけるハンナの傘はゆっくり回っていた。

「将来はそうだな、きれいなものが作りたいな。ピアノは習ってたから少しできるだけだよ」

そう答えてセントはまっすぐ目を前に向けた。

「ふーん、そうなんだ。セント君ならなんでもできそう」

ハンナも前を向く。


 公園の噴水の前を横切る間沈黙が流れる。公園を出ると、

「ハンナさん、ぼくはここから右の方に行くから」

ハンナさんと呼んだ声に、緊張を乗せたセントが言った。

「わかった。私はまっすぐだから」

そう言って前を指差した。

「じゃ、セント君また学校でね」

バイバイと手を振って離れようとした。

「ハンナさんっ、待って」

セントが傘を上げて引き留める。

「何?」

ハンナは振り返りセントの方を見た。

「あのさ、僕の事も呼び捨てでいいよ。セントで」

セントは少し言葉が詰まりつつも最後まで言い遂げたようだ。

「えー、呼び捨ては難しいよ。女子で呼び捨てにしてる人いないし」

ハンナは困惑する。

「じゃあ、段々セントにしていってよ。最初は許す」

セントはハンナがさっき言った言葉をそのまま返して笑った。

「わかった。段々そうする。じゃ、明日も学校でね」

セントの笑いをもらってハンナは高層マンション街に向かった。


 傘を回して誕生日の歌を口ずさみながら。


 つづく

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