第2話 新入生

 ホログラムニュースは毎日午前4時から翌日午前2時までの間空に映し出される。このホログラムニュースは国営放送であり、主に政治・教育・医学・薬学の情報を流している。先月観た新薬の話題に出ていた白衣の女性が司会者と対談していた。白衣の女性の赤縁のメガネが印象的だったが、内容は小学生には少しわかりずらくハンナは無視して学校に向かった。少女は通信制の方が良いと思っていた。歩くのはめんどくさい。自宅の通信性能は高くホログラム機能を使えば家にいても人とのコミュニケーションには不自由しなかった。翻訳機能で外国の人々ともスムーズに会話ができた。


「おはよーハンナ」

 1学期が始まり2か月経ち6月になっても毎日元気に後ろからやってくる。

「おはようテル」

 ハンナはというと1学期が始まって2か月ずっと、というか1年生の1学期からずっと抑揚もなくあいさつをしてきた。

「めんどくさいって顔に書いてあるよ」

 テルと呼ばれた少女はにやにやと隣で笑った。

「実際そうだし」

 ハンナは隣に目をやることもしないで歩く。

「なんだかんだで6年間通ってるじゃん」

 テルの黄色のランドセルにも揺れるキューブ。

「親の希望」

 そう言いながら6回目の6月の校門をくぐる。

「でも学校楽しいっしょ」

 校門に設置されているカメラが二人のキューブを認識する。許可がないものが入ると警報が鳴る仕組みだ。

「まあ、みんなでドッヂボールは楽しいかも」

 靴を脱いで、ピンクの上靴をはく。洗濯はされてるが布部分はもうぼろぼろだ。

「ホログラムじゃ、あんなに楽しくないよ!」

 同じくぼろぼろの上靴をはいてテルは笑顔で話しながら歩いた。


 島野テル(シマノテル F12歳 女)。二人は小学1年生の時からの友達だった。他愛もないおしゃべりをしながら教室へ入っていく。教室に入ると後ろにあるロッカーに人が集まっていた。ロッカーの上には確か多肉植物と言われるものが置いてあった。近づくと花が咲いていた。二人より先に来ていた児童達がうれしそうに眺めていた。本物の植物をあまり見ることがなくなった大都市において、ロッカーの上で小さく紫に色づいた瑞々しい本物の花は、児童達の目に宝石のように光って見えた。ハンナもテルも皆と同じように覗き込み、ホログラムではない小さな花びらの一つひとつを数えるように見た。ハンナは今日学校に来て良かったと心から思えた。次の花が咲くのか、児童達は意見を交わし合っていたところに、教室のドアが開いた。担任が入ってきた。机に急ぐ児童達を見ているのか、はたまた特に意味はないのか、一人の少年が目線を2回変え担任の後ろから入ってきた。


「はい、おはようございます。今日からみんなとここで学ぶ、西川セント君だ。よろしく。じゃ、君、どこでも机使っていいから席に着きなさい」


 担任がそういうと、少年はハンナの前に座った。この学校で児童の出入りは珍しいことではない。全国には通信制の方が多く、都心部にある通学制の学校は少数である。通信から通学に切り替える者もいれば、切り替えたものの、やはり通信制の方が合うとう事でそちらに戻る者もいる。いつでも切り替えられるのは、通学でも通信でも統一された総合単位取得制度のおかげだ。


 高校2年生までに250単位を取得すれば卒業できる。政府が推奨している科目構成をそのまま選択すると、小学校で120単位(うち50単位は必須科目)、中学生で80単位、高校生で50単位取得することができた。細かい部分は各自調整が出来、必須科目を除けば興味のある科目ですべて埋めることもできた。もちろん250単位以上取っても構わない。また、高校2年卒業時に250単位取ることができなくても、ポストタイムの1年で残りの単位を修めることも可能だった。


 朝、教室に来た少年は毎度お馴染みの新入生になるはずであったが、そうならなかったのは彼の体つきがやけに細く、青白い肌、それにしては艶やかな紺色がかった黒髪のせいだった。教室中の児童の注目の的となっていて、それはハンナも同様、後ろのロッカーの上で窓の光を穏やかに浴びている花弁のように、細くて輝く少年の髪の毛に心を奪われていた。昼休み、セントのまわりにクラスメイトが集まった。


「西川君、単位いくつ?」

6年生ともなれば誰がいくつ単位を取得しているのかを気にするのは当然の事だった。真っ先にそれを聞いたのは元気はつらつ毎日ハッピー明日の事は明日わかるさタイプの鈴木トーマ(スズキトーマ F11歳 男子)だった。


「僕は今230単位だよ」

「え?」


 教室中が固まった。トーマが一番固まった。多肉植物も息をひそめる。


「すげーーー」

「何勉強したの?!」

「家でべんきょーばっかしてたから、そんな白いんだろー」

「西川君頭いいんだねー」

「勉強好きなの?」

「通学になったから、太陽あびれるな」

「中学で勉強する必要ないじゃんか」

「うらやましーー」


 口々に児童達は思いをこぼす。テルはその集団に入って新入生を囲んでいたが、ハンナはロッカーの上に咲いた花の名前を調べていた。キューブのカメラに植物を映して、画像検索をした。


 ―――フリチア ハマミズナ科フリチア属の植物。菊光玉。夏が活動期で、冬は休眠する。休眠中は小さく縮むが、休眠中もできるだけ日光に当てて管理する。休眠中は水は殆ど吸えないため水の与えすぎに注意。しかし冬は空気が乾燥するので、2週間に1度ぐらいを、1~2日で乾く程度の量の灌水する。菊光玉と同じフリチア属に「光玉」という種類がある。菊光玉よりも1本1本が太い。一説には、光玉の小さい苗を選抜して増やしたのが菊光玉と言われる。花の色は、白・濃いピンクなどもある。


(よくわからないけど、これはフチリアって言う花)


 形状変化し薄くなったキューブの画面を見る。音声解説を聞くも、新入生の周りで起こっている歓声にほぼ掻き消されてしまい、大した情報も得られずハンナは画像の花とロッカーの上の花を交互に見るばかりであった。画像と同じようにあと何個か花が咲く事を祈りつつ目の前の花の写真を取り、おばばにそれを送った。


 ―――

 おばば、教室に花が咲きました。本物です。フリチアって言います。まだ何個か花が咲くかもしれないみたいです。

 ―――

 午後からの授業が始まった。ハンナは、単位を230取得しているという目の前の新入生を見る。少女は政府推奨教科をそのまま受けていたので、今は100単位である。自分より倍以上の単位を持つ少年の背中が、少しだけ大きく見えたのは目の錯覚だろうかと思う少女だった。


 つづく

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