The world of the Seconds~手のひらの空~

@hasegawatomo

第1話 二人のハンナ

 ある春の日、ニュースで新薬が進化を遂げたと発表された。セカンド達に新たな希望が生まれたと、白衣を着た女性と喜びの声をあげる家族が、朝の空に映し出された。天候は晴れ。空は青天で雲が申し訳なさ程度の広がりを見せていた。前髪が切り立てで眉毛より少し上に揃えられ、後ろ髪は肩にかかる程度の長さの黒髪の少女は、そのホログラムニュースを顔色一つ変えないで見ながら思った。


(先の事はよくわからない)


 前を向いて、1学期が始まったばかりの学校に急ぐ。少女の名前は沖倉ハンナ(オキクラハンナ):F11歳 小学6年生。都心に暮らし、何不自由なく過ごしている。少女の不満を挙げるとすれば、6年生になったというのに親からZOOしか許可されていないことくらいだ。少女はCONではないのは自分だけだと、毎日のように両親に訴えるが、ZOOの方が通信圏内が広く安定しているという理由で許してはもらえなかった。


(早く大人になりたい)


 そんな大雑把な願望を抱えて、今日も学校に行く。数年前まで通学が全廃となり全ての学びの場は通信制となっていた。しかし人との関わりが希薄になったせいで情緒が育たないという運動が起こり、今は大都市の一部のみ通学が復活していた。小学1年生から高校2年生までが義務教育。1年間のポストタイムを取って進路を考え、それから進学・就職をする。


 現在の子供達のなりたい職業ランキング1位は新薬の研究者である。セカンドがより健康に、どこへ行っても強く生きられる薬を生み出したい。それは成功すれば大金を生む市場であると同時に、自分たちがセカンドを迎えた時の為の希望でもあった。


セカンドは弱い


それが子供達にもよくわかっていた。薬学医学系の専門学校や大学が人気を集めていた。学校に行かず大手薬品会社に就職し、そこで学び研究者になることもできた。業界トップをいくSEED最上製薬シードもがみせいやくでは、才能と情熱ある者を年齢問わず採用し育てていくという理念の元、多くの人材を集め新薬の開発に力を注いでいた。


 放課後、少女はラベンダー色のランドセルに付いているストラップに手を伸ばす。そこには銀色の珠が入った透明な1㎝四方の立方体があった。それを手の平に乗せると、立方体は薄く平たく形状変化した。


これが生まれた時に国から全国民に支給される


IJIC[International Japanese Identification Cube]通称キューブである。


ZOOはこの中に入っている。形状変化は立方体が緑色の光で本人のDNAと掌紋を確認できると起こるようになっている。その他にも形状変化を音声認識にする事もでき、また形状変化をさせずとも立方体のまま音声でキューブの機能を使用することもできた。少女は学校を出る前に、キューブのZOO画面を確認する。画面にはなまけものが映っていた。電話帳に入っている番号に動物の写真を当てはめる事ができるのはZOO製作者の遊び心と言える。くすっと笑った少女は、ZOOの右斜め上の画面にある家のアイコンを2回タップした。画面に母親が現れた。


「母さん、おばばに呼ばれた。行ってくる」

母親はキッチンにいた。

「はいはい。遅くならないようにね」

冷蔵庫から何か取り出していた。

「今日の晩御飯は?」

昨日は鮭のフライだった。

「カメラで見て頂戴」

母親はカメラに向けてウィンクした。

「ケチー」

ふくれっ面をしながら少女は電話を切った。


 この会話は二人にとってもう定番である。家のアイコンを2回タップすると家に電話が繋がる。家の中にはAI設置されており、その時家にいる家族を選択して繋げる。家の中には数台の監視カメラもあるので、画面に映る範囲にその家族がいればそこを映し出す。留守の場合にはAIが留守を告げ、外出している家族に繋いでもらうことも可能だ。ZOOは昔でいうところのキッズ携帯アプリである。安全安心のあらゆる機能を反映させている。


親権を持つ者の承諾を得ると、CONアプリをダウンロードする事ができる。CONになるとプライバシー設定があり、GPS機能・ネット閲覧制限等自身でコントロールする事ができるようになる。親からの束縛から逃れたい子供達は、CONを手にするために出来の良い我が子を演じる。演じ切ってアプリを手に入れると、それまでとは打って変わって自由気ままに生活しはじめる子供もいる。CONを与える事は親権を持つ者達にとって悩みの種となっていた。40歳になってもZOOしか使わせてもらえなかった男が、親権を持つ者を訴え、勝訴した裁判を機にCONを与える時期について様々な意見が飛び交った。本人が望んだ時には何歳であろうと与えるべきであり与えない事は虐待であるとの声も上がっていた。少女が画面の右斜め上から下に指をスライドさせると自宅の監視カメラの画面に切り替わる。


(キッチンをズーム)

(あっ、ロールキャベツだ。ラッキー)


 それだけ確認すると、少女は手を握るしぐさをした。5本の指で平たくなったキューブの淵にある程度の圧をかけることによって、キューブを立方体に戻すことができる。これも音声で「終了」「戻って」「Cube Good Luck」等、個人で設定する事が可能である。少女はそのストラップをランドセルにかけた。意気揚々と彼女なりに広いスライドで歩いて学校を離れ、大きな噴水のある公園を通り過ぎ高層マンション街に入っていく。彼女は15分で目的の高層マンションに着いた。マンションの外壁に埋め込まれたパネルに向かい慣れた手つきで部屋番号を押す。


(1388)


 すると、身分証の提示を求められる。少女は再びランドセルにかけたストラップ取ってパネルにかざした。キューブは通信機器であると同時に、身元証明書にもなっていた。本人(家族歴、学歴、職歴、病歴、犯罪歴、渡航歴等)のデータが全て入っている。すると、目の前の少女の姿を写す鏡のようなドアが音も無く開く。ドアをくぐりエレベーターに着くまでの3メートルを歩く間、体のスキャンと消毒が赤と青の光により行われる。身長135㎝の小学6年生にしては小柄な少女の頭から足の先まで、2色の光が念入りにと言わんばかりに交差しながら何往復もする。少女は慣れたように開いたエレベーターに乗る。上に上がっていく感覚を感じ取ることができないくらい静かにそのエレベーターは13階に到達する。エレベーターが開くと同時に少女は走って、1388号室へ行く。


「来たよ!」

彼女を待っていたかのように扉がすっと上へスライドし、すぐに閉じた。

「あら、早かったのね」

部屋の主は出窓の淵に座っていた。

「うん。授業ひとつなかった」

少女はランドセルを背負ったまま台所で手を洗った。

「そりゃラッキーだったね」

部屋の主は立ち上って少女に近づく。


 窓際から歩いてきたその人物の顔はハンナそっくりだった。体も同じく小柄で、だが髪の色はグレーで肩甲骨までの髪を三つ編みにし、一つにまとめている。見た目には少女と言い表してもおかしくない姿であった。少女は現在ひとりでこの高層マンションの一室に住んでいた。このマンションはプリフィゾーンの中でも一際レベルの高い住まいである。プリフィゾーンで暮らすことが困難になった者達の最後の砦であった。


 現在、人は200年生きられるようになった。

 研究者達によってDNAは操作され、薬が開発され、環境を整えた結果、

 生まれて、100歳に到達すると、次は0歳へと体が戻っていくのであった。

 人々は歓喜した。本物の若返りだと。また青春時代を取り返せるのだと。

 現在、

0歳から100歳をファースト(F)

101歳から200歳をセカンド(S)

と言い表す。101歳はS99歳である。180歳はS20歳。2回目のハタチではあるがさすがに成人式はない。おばばと呼ばれる人物はS12歳であり188歳である。つまりハンナの

 曾曾曾曾曾祖母であった。


 セカンドを迎えた者達には宿命があった。新薬Tycho(ティコ)を服薬する事とプリフィゾーン(浄化圏内)で生活する事である。100歳からその後は見た目が元通り若く変わって生きられるようにはなったが、体の衰えを完全に無くす事は出来なかった。セカンドが登場して120年過ぎていた。プリフィ―ゾーンは広がり続け、田舎の一部を除けばどこでもセカンド達は生活できる。ただ持病のある者や大きな怪我を負ってしまい体が弱っているセカンド達は、より浄化されたマンションや病院、一部の都市圏でしか生活できなかった。またTychoも研究者達により進化を続け、少ない量で効果を発揮するものになっていた。


 100歳から若返ってもう100年生きる。それは確実に200歳で死ぬということである。それはこの時代の常識である。死が間近に訪れた時には、各都道府県に1か所設置されている政府の施設「白の棟」で、生まれた瞬間と同じように愛されながらこの世を去っていくと言われている。白の棟は完全に隔離された建物であり、その周囲半径10キロは高さ50メートルの白い壁で覆われている。壁の外はレーザーで監視されており、1匹の虫さえ許さないほどの堅い守りである。そこにある扉が開くのは、終末を迎えた者を乗せた白のリムジンが出入りをする時のみだった。小学1年生ではこの白の棟についての映像学習がある。そこには、赤ちゃんを抱く白い女性とその二人を抱く白い羽。それらが薄い七色のハートに吸い込まれていく。これを見て小学1年生達は作文を提出する。


 188歳の見た目少女は、オレンジジュースと黒糖かりんとうをテーブルに出す。ハンナの好物を誰よりおばばは知っていた。ハンナはランドセルを椅子に掛け座ると美味しそうに、大昔のその昔のからあるというお菓子を食べながら、学校であったことを取り留めもなく話すのであった。


 つづく

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