春の歌/スピッツ について(後編)
◇ ◆ ◇ ここから引用 ◇ ◆ ◇
重い足でぬかるむ道を来た トゲのある藪をかき分けてきた
食べられそうな全てを食べた
長いトンネルをくぐり抜けた時 見慣れない色に包まれていった
実はまだ始まったとこだった
「どうでもいい」とか そんな言葉で汚れた
心 今 放て
春の歌 愛と希望より前に響く
聞こえるか? 遠い空に映る君にも
――――スピッツの楽曲「春の歌」(作詞:草野マサムネ)より
◇ ◆ ◇ ここまで引用 ◇ ◆ ◇
曲の始まりから最初のサビまで引用。
ちょうどこの文章を書いている頃、「最近の若者は音楽を聴くときにサビまで待てない」みたいな記事が話題になっていました。イントロも最初の方も飛ばしてサビだけ聴く。短くわかりやすいものが好まれる、といった風な内容だったと思います。
その点でスピッツの「春の歌」は真逆といえるでしょう。タイトルの清々しさと裏腹に、序盤は低いトーンで暗い道程を歌っています。
空気感が変わるのは『実はまだ始まったとこだった』からでしょうか。
つらい道を歩み、トンネルをくぐったら、そこはゴールじゃなかった。まだ終われないよな、という新たな活力を感じるワンフレーズです。
だんだん腐り始めてなにもかも「どうでもいい」と思っていた『心今放て』。こんな短い言葉で、驚くほど鮮烈な歌詞ですね。特に「放て」のところ、歌い方と演奏が素晴らしい。ブレイク(一瞬だけ音が演奏が全部停止するところ)が入り、草野さんの「春の」という声だけが響くところのカタルシスが良い。
さて、序盤の歌詞でわかる通り、『春の歌』というタイトルに対して春っぽい描写はほぼありません。スピッツにはよくあることですが。
「愛と希望より前に響く」という歌詞からも想像できるように、ここでいう「春」は季節の春ではなく、物事の始まり、冬の終わり、そういった概念であると思われます。
唐突に表れた「君」も、おそらくは意図的に、具体的な誰かを特定できるような歌詞にしていないのでしょう。それは例えば、遠距離恋愛している相手だったり、過去で「どうでもいい」と腐っている自分自身だったり。歌詞の解釈は聴き手に任せる、という草野さんの基本的なスタンス通りの歌詞ですね。
◇ ◆ ◇ ここから引用 ◇ ◆ ◇
平気な顔でかなり無理してたこと 叫びたいのに懸命に微笑んだこと
朝の光にさらされていく
忘れかけた 本当は忘れたくない
君の名をなぞる
春の歌 愛も希望も作り始める
遮るな 何処までも続くこの道を
歩いていくよ サルのままで
幻じゃなく 歩いていく
――――スピッツの楽曲「春の歌」(作詞:草野マサムネ)より
◇ ◆ ◇ ここまで引用 ◇ ◆ ◇
2番~Cメロまで。このあと間奏を挟んで、サビを繰り返して終わり。いつものスピッツという感じのシンプルな構成。好き。
私が特に注目しているのは2回目のサビの後、Cメロの箇所です。個人的な解釈に過ぎないという前提ですが、ここの歌詞は「春の歌」のみならず、草野マサムネの詩すべてを読み解く上で重要なポイントであると考えます。その言葉について語るために春の歌の記事を前後編にしたといっても過言ではありません。
「
これです。
「ひとり」は普通「一人」あるいは「独り」を使います。前者は単に数を数える意味で、後者は独立とか孤独といった意味を持ちます。
では「孤り」とは。
一応は、当て字ではないそうです。意味は「独り」よりも更に精神的な意味合いを持ち、仲間がいない、なにも頼れない、という状態を指すとのことです。
そんな状況でも「歩いていく」。人間が持つ社会性すら投げ捨ててサルに戻って、妄想や幻想ではなく、前へ前へ進んでいく。非常に強い意志を感じますね。
なぜ私が「孤り」にそこまで着目するかというと、理由は二つあります。
草野マサムネの詩の中では本当に珍しく、一般的でない漢字をあえて使っているという点。
そして、この言葉を使ったのは「春の歌」が初めてではないという点です。実はこの言葉、1997年発売のシングル「夢じゃない」でも使われています。
つまり草野さんは思い付きでなんとなく「孤り」を使ったわけではない。「ひとり」について、「一人」「独り」とは別に「孤り」という概念を昔から持っていて、その価値観を歌詞にも反映させている、と言えます。
そう考えると「春の歌」は、厳冬のような孤独と苦難の中でも、やがてくる芽吹きの季節を目指して歩き続けるという決意の歌、とも取れますね。
読み解けば読み解くほど、この歌がどれほど強く「三月のライオン」という名作に影響を与えたかがわかります。ネタバレ反対過激派なので深くは語りませんが。
なんとなく遠距離恋愛の歌かな? という認識を持っていた方にも、次に「春の歌」を聴くときには、この強烈なメッセージをぜひ受け取ってほしいですね。
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