海ねこ/スピッツ について

 スピッツの「海ねこ」を聴いたことがあるという人は、そう多くないでしょう。それこそスピッツの発売されている音源をすべて買っているくらいじゃないと存在も知らないと思います。


 収録されているのは、スピッツ史上一枚しかないミニアルバム「オーロラになれなかった人のために」(99epという作品もあるが公式サイト上ではミニアルバム扱いになっていない)。発売は1992年、セカンドアルバムの直後に位置します。初期も初期ですね。

 メジャーデビュー直後といってもいいくらいの時期でもあり、実験的な曲が多いです。たとえばスピッツの全楽曲でもトップクラスの長さを誇り、初期の歌詞に多く見られる性と死の要素が濃い「ナイフ」。不思議なリズムにノスタルジックなメロディが乗る「田舎の生活」は、スピッツファンを公言する女優さんが好きな曲に挙げたことで話題になっていました。


 全体的にスローテンポで暗めの曲が多い中で、「海ねこ」は例外的に明るい雰囲気です。後発の曲から遡っていくと、この曲が一番今のスピッツのイメージに近いでしょう。ここで起用されているホーンもアルバムで言えば「Crispy!」、曲で言えば「チェリー」あたりまでよく見られる要素です。

 そういう意味では意外性があまりなく「オーロラになれなかった人のために」はともかくとして「海ねこ」が単体で話題になることはファンの間ですら少ないのではないでしょうか。スピッツファンの知り合いいないので知りませんけど。


 ◇ ◆ ◇ ここから引用 ◇ ◆ ◇ 


 はじめからこうなるとわかってたのに

 宝物のありかは わかってたのに


 おそろしくいい天気だ

 さびしそうに流れていくわた雲を追いかけて行こう


 今日一日だけでいい

 僕のとなりでうたっていて


 明日になれば僕らもこの世界も

 消え失せているのかもしれないしね


 今日一日だけでいい

 僕とふたりで笑っていて


――――スピッツの楽曲「海ねこ」(作詞:草野マサムネ)より

 ◇ ◆ ◇ ここまで引用 ◇ ◆ ◇ 


 シンプルな言葉だけを使った短い歌詞。この中に、私はスピッツの曲の詩のすさまじさが詰め込まれていると思うのです。


 『はじめからこうなるとわかってたのに 宝物のありかは わかってたのに』。「のに」、どうなったのか語られてはいません。しかしながら、この文章を読めば不思議とシチュエーションが思い浮かびます。

 「あの子はとても魅力的で、放っておいたら誰かの恋人になってしまうのは目に見えていた。でも僕は臆病で話しかけることもできなかった。自分の気持ちになんて気づいていたのに」。こんな感じでしょうか。あくまで私の解釈ですけど。

 もう、意地でも素直な言葉で表現なんかしてやるものかという気迫すら感じます。

 『今日一日だけでいい』という強めの表現で願いながら、内容が『僕のとなりでうたっていて』というのも非常にいいですね。「僕は臆病だった~後悔したって遅いけど~」なんてクソみたいな歌詞よりも、語り手の優しさ、弱さ、切実さが伝わります。



 実は、私は「海ねこ」の歌詞で一つだけ、しっくりこないと感じていました。

 『僕のとなりでうたっていて』と、『僕とふたりで笑っていて』という箇所があります。これ、なんで「僕とふたりでうたっていて」にしなかったんだろう? と。


 二人で楽しく歌う。その方が、なんとなく親密な気がしないでしょうか。

 作品の登場人物は、多かれ少なかれ創作者の自己投影があると思います。そしてご存じの通り作詞者の草野マサムネはスピッツのボーカルです。彼が書く詩の、主体となる人物が、『となりでうたっていて』と願うだけなことに違和感を覚えていました(歌詞に不満があるわけではなく、単純な疑問として)。


 長年の不思議でしたが、あるインタビューで草野さんが話していたことを聞いて、ものすごく納得できました。

 「自分にはシンガーとしての自覚はあまりない。あくまでバンドマンだ。自分より説得力のあるボーカルがいたら代わってもらってもいいとさえ思っている」。ザックリですがこんな内容です。

 インタビューで語ったことは、草野マサムネがなぜソロ活動をほとんどしないのかということに対するアンサーでもあります。第一、草野さんは昔自分の歌声があまり好きではなかったという話もありましたしね。


 歌うということを、当然のこととしていない。自分の歌声よりも、好きな子がとなりでうたっていることの方が嬉しい。そんな草野さん自身の価値観が「海ねこ」の詩にも影響したとは考えられないでしょうか。まぁ勝手な推測にすぎませんが。


 なんにせよスピッツの曲の詩は好意の表現が捻ってあります。『この街で俺以外君のかわいさを知らない(大宮サンセット)』『君と生きていくことを決めた(ナナへの気持ち)』『バカな君が好きさ(夢追い虫)』等々。こういう表現があるからこそ、時々あるストレートな表現が活きるんですね。スーベニア以降はひねくれと素直の比重が反転している気がします。それはそれですごくいい。

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