やわらかな傷跡/Cocco について
※歌詞の引用を含みます。
※歌詞の考察めいた内容を含みますが私個人の感想であることをご了承ください。
音楽好きなら経験あるものかと思いますが、聴く前から、あ、これ名曲だな、ってわかるやつありますよね。私にとってCoccoさんの「やわらかな傷跡」は、そのうちの一つです。
やわらかな、傷跡、いずれも特別な言葉ではありません。組み合わせたところで意味が通る日本語でもない。しかしながらどこか文学的な響きがあります。
Coccoさんの楽曲では、あまり有名な方ではありません。収録されていたのも長らくファーストアルバム「ブーゲンビリア」のみでした。しかしファンのリクエストを参考にしたという20周年リクエストベストアルバムに入っていたことからファンの間では根強い人気があったことがわかります。
曲調は優しくも物悲しい。Coccoさんの曲は、とりわけ初期の頃は愛憎の激しい二面性を表現されているものが多く見られますが、そういう意味では「やわらかな傷跡」は少し異質なほどでした。
歌詞もまた、同じ雰囲気をまとっています。
◇ ◆ ◇ ここから引用 ◇ ◆ ◇
小さなわたし 乾いた道を
汗ばむ背中 陽射しに揺れ
若い夏草のよう
細い坂を登れば 両手広げて
流れる雲に 愛を夢見た
絡まる髪が とまどいながら
同じにおいと出会い
明るくなっていく空を
ふたりは憎んでいたけど
いつの日か幼ない愛は
抜殻を残して飛び立つことを知っていた
――――Coccoの楽曲「やわらかな傷跡」(作詞:こっこ)より
◇ ◆ ◇ ここまで引用 ◇ ◆ ◇
始まり~最初のサビまで。
見ればわかる通り、日本語の形としてはきっちりしたものではありません。『乾いた道を』の後には、歩く、走る、行く、といった動詞が続いた方が自然ですよね。『汗ばむ背中 陽射しに揺れ』とあるものの、陽射しは照りつけるものであって、なにかを揺らすものという感じでもない。
ですがたったそれだけの文で、快活な少女が夏の陽炎の中で楽しげにしている姿が思い浮かびます。わかりやすい文章ではなく、比喩を多用した詩ですね。
「やわらかな傷跡」の歌詞は色々解釈の仕方があるかと思いますが、『抜殻を残して飛び立つ』をどう捉えるかで方向性が決まると思います。
比較的に「飛び立つ」という言葉はポジティブな意味を持ちます。現状からの脱却、新たな場所への旅立ち、というイメージですね。
ポジティブな意味だとすると、明日が来ることを憎んでしまうような窮屈な環境から抜け出して、もっと自由に愛し合っていける、という風になります。
ただ気になるのが、その直前が「けど」となっている箇所です。「けど」(=けれども)は前の文章を打ち消すような内容を続けるときに使います。
『明るくなっていく空を ふたりは憎んでいたけど』は「明日なんてこなきゃいいのに」「今が永遠に続けばいいのに」と
しかし『いつの日か幼ない愛は 抜殻を残して飛び立つことを知っていた』と続く。前段を踏まえると「飛び立つ」は前向きな旅立ちというより、なにかに冷めて立ち去っていくように思えます。
これは、周りが見えなくなるほどの恋愛に浮かされながらも、それが長く続くことはないだろうという冷めた自覚がふたりの中にあることを示唆しているのではないでしょうか。
◇ ◆ ◇ ここから引用 ◇ ◆ ◇
ブーゲンビリア
刺さる棘に気づくと
木陰からこぼれる あの太陽が
見えない腕で 明日を急かした
歩くために 失くしたものを
拾い集めて手首に刻み込んでも
明るくなっていく空を
ふたりは憎んでいたけど
いつの日か幼ない愛は
抜殻を残して飛び立つことを知っていた
――――Coccoの楽曲「やわらかな傷跡」(作詞:こっこ)より
◇ ◆ ◇ ここまで引用 ◇ ◆ ◇
二番のサビまで。
「ブーゲンビリア」は収録アルバムのタイトルでもあります。この曲がアルバムの中核を成すもの、のような気がします。たぶん。
植物の蔦が這い、
そして『刺さる棘に気づくと』。
気づきとは恐ろしいもので、良いことであれ悪いことであれ、どんなに長く続いた物事でも一瞬の気づきによって呆気なく崩れ去るものです。
ブーゲンビリアの花言葉は恋愛を思わせるものが多いです。『棘に気づく』というのは、まさに熱に浮かされたような愛から醒めるきっかけを暗示しているような気がします。
そして急かされるように明日を迎えることが続き、『歩くために失くし』ていく。失ったものの中には、愛もあったのでしょう。この部分で時制が回想から抜け出して現在に返ってきました。
『手首に刻み込』むのは自傷の表現であり、後悔の表れでもあります。失ったことに気がついたときには、きっと手遅れだったのでしょう。
◇ ◆ ◇ ここから引用 ◇ ◆ ◇
窓たたく季節を もう何度 数えたのだろう
手を伸ばせば届きそうなほど 残酷に朱く
置き去りにしてきた記憶を
腫れあがる傷跡たちを
やわらかな あなたの温度を
狂おしく愛していたから
明るくなっていく空を
ひとりで憎んでみたけど
いつの日か幼ない愛は
抜殻を残して飛び立つ時を待っていた
――――Coccoの楽曲「やわらかな傷跡」(作詞:こっこ)より
◇ ◆ ◇ ここまで引用 ◇ ◆ ◇
失った愛のことを悔やみながらも時は流れ続けます。
そして、「~を」の形で記憶、傷跡、温度を並べていますね。これ日本語の文法的にはどうなるんだろうと不思議な感じもしますが、こういう場合、同じ内容を表現を変えながら繰り返したりするイメージがあります。
つまり『置き去りにしてきた記憶=腫れ上がる傷跡たち=やわらかなあなたの温度』ということです。あなたとの思い出は幸福なものでもあり、未だ膿み続ける傷跡でもある。
最後のサビでは、『明るくなっていく空を ひとりで憎んで』います。愛し合ったはずの相手はもういない。既に飛び立ってしまったのでしょう。もうひとりは残されたままです。
しかし、やはり『けど』なのです。
『ひとりで憎んで』いるというネガティブな内容を、『けど』で打ち消します。
ひとりは去り、自分は未練を抱えたまま。それでも『飛び立つ時を待って』いるのは、やがてその時が来ることを知っているから。
やわらかな傷跡を抱えて立ち止まっているだけの自分も、やがて過去の思い出を抜殻として残して飛び立てることを理解しているんですね。私は、それを彼女がどこか寂しく思っているような気がします。
初期のCoccoさんは過激な歌詞も多く、浮気した男を痛めつけるような内容もあります。それと比べれば「やわらかな傷跡」は、もっと達観しているというか、熱情が過ぎ去ったあとの侘しさを感じますね。
歌詞の素晴らしさもさることながら、メロディも、Coccoさんの歌声も良い。ファン投票で選ばれたというのも納得の名曲です。これはぜひ聴いてほしい。
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