チェリー/スピッツ について

 国民的ロックバンド(なんか違和感を覚える表現ですが)と言っても過言ではないアーティスト、スピッツ。彼らの代表曲と言えば、ミリオンヒットも達成している《チェリー》《空も飛べるはず》《ロビンソン》でしょう。

 これら三曲はスピッツの名を世間に知らしめた存在でもありますが、いわゆる「にわか」を発表から二十年以上を経た今でも現在進行形で増やしているということで、一部では色々と複雑な扱いをされることもあります。この三曲がファンの間で《御三家》などと、たぶん皮肉を込めて呼ばれていることからも推し量れますね。


 これは私の個人的な印象ですが、御三家に対するスタンスは、ファン歴によって三段階に分かれます。


・にわか:御三家大好き(むしろ御三家しか知らない)

・ちょっと詳しくなったファン:もっと良い曲がある、と言いがち。

・一周回ったファン:御三家の良さを再確認する。


 こんな感じでしょうか(ド偏見)。

 以前《空も飛べるはず》の記事を書いたので、今回は《チェリー》について書きます。人生の半分くらいをスピッツファンとして過ごした私が、なぜ《チェリー》が単なるヒット曲の枠組みを超えて今なお愛されているのかを、自分なりに分析したいと思います。


 たぶん、チェリーを一度もまったく聴いたことがない、という人は少ないのではないでしょうか。音楽の教科書に載ったり、ギター初心者向け教本の題材にされることも多いですしね。

 優しい曲調と歌声、キャッチ―でストレートなサビの歌詞。売れるのも当然という感じの好かれやすい曲ではありますが、この曲の魅力はそれだけではありません。チェリーが名曲とされる理由を三つ紹介します。


1.演奏がいい

 スピッツファンでもなければピンとこない話ではありますが、スピッツは意外にも演奏技術が高いことで知られています。高度な技術を前面に押し出した曲が少ないので目立たないものの、華があります。


 チェリーのイントロは、ドラムの音から始まります。

 ほんの一秒ほどの短いフレーズですが、軽快に跳ねる響きが非常にいい。この一秒だけで曲の雰囲気が決まっていると言ってもいいでしょう。


 ギターはお手本のようなカノン進行で、前述のとおり初心者の教材にされることも多いです。その一方、エレキギターのパートはスピッツの真骨頂である繊細な音色が炸裂しています。


 ベースについて着目して音楽を聴く人はそう多くないでしょう。しかしチェリーのベースは、なんならベースの音だけ切り出した音源があったとしても一切退屈せずに聴けるはずです。ベースが歌っているとさえ言えます。


 あと、この頃のスピッツの曲にはブラスバンドの音が結構入っています。間奏を終えたあとから増えるドラマティックな音が盛り上がりに貢献していますね。


 スピッツの魅力を語ろうとすると草野マサムネさんの歌声と歌詞、メロディに話が偏りがちですが、それも素晴らしい演奏があってこそです。

 スピッツについて誰かと話をするとき、演奏の良さを喋りたくなったら、それがにわかを脱した証かもしれません。しらんけど。



2.わかりやすい

 これは音楽に限らず、小説や映画、あらゆる作品にいえることです。せっかくカクヨムに投稿しているので小説に例えますが、「つかみが大事」「最初の一ページで読者を惹きつけろ」と聞いたことがあるはずです。

 どんな小説なのか、わからないままでは読者も困惑してしまいますからね。


 では、チェリーはどうか。

 軽快なドラムで始まり、カノン進行の明るくも切ないギターの音色。

 次に歌詞を少し見てみましょう。



 ◇ ◆ ◇ ここから引用 ◇ ◆ ◇ 


 君を忘れない 曲がりくねった道を行く

 産まれたての太陽と 夢を渡る黄色い砂


 二度と戻れない くすぐり合って転げた日

 きっと想像した以上に騒がしい未来が僕を待ってる


 ”愛してる”の響きだけで強くなれる気がしたよ

 ささやかな喜びを つぶれるほど抱きしめて


 ――――スピッツの楽曲「チェリー」(作詞:草野正宗)より


 ◇ ◆ ◇ ここまで引用 ◇ ◆ ◇ 



 最初の歌詞は「君を忘れない」です。

 この完成度は、すごい。

 イントロが終わって8文字で、明るい別れの歌だということがわかります。


 そのうえで「曲がりくねった道を行く」「二度と戻れない」という、一抹の不安を抱いている様子が表現されます。

 そしてサビの歌詞が「”愛してる”の響きだけで強くなれる気がしたよ」。上の引用の範囲から外れたところですが、また君と会いたい、という趣旨の歌詞もあります。


 チェリーの歌詞を稚拙ですが要約してしまうと「別れを迎えて不安を抱いているが、思い出を胸に生きていける気がした。戻れない道を進んだ先で、いつかまた君と出会いたい」となります。

 更に、見てわかるように具体的なストーリーや設定はありません。つまり、聴き手が自分の状況と重ね合わせて共感しやすい。だからこそ失恋の歌と紹介される一方で、卒業式や上級生を送る会で歌われたりするのですね。

 あえて歌詞を小難しく解釈する必要もなく、ぼんやり聴いているだけで意図が伝わり、共感を呼ぶ。このわかりやすさこそ、老若男女に愛される大きな要素だといえます。



3.わかりやすさと奥深さの両立

 ちょっと切ないラブソング、みたいな印象のチェリー。わかりやすさの良さを直前に書いておいてアレですが、もう一度歌詞を見てみましょう。


 ◇ ◆ ◇ ここから引用 ◇ ◆ ◇ 


 君を忘れない 曲がりくねった道を行く

 産まれたての太陽と 夢を渡る黄色い砂


 ――――スピッツの楽曲「チェリー」(作詞:草野正宗)より


 ◇ ◆ ◇ ここまで引用 ◇ ◆ ◇ 


 「産まれたての太陽と夢を渡る黄色い砂」ってなんやねん!

 なんらかの比喩であることは確かですが、さっぱりわかりません。


 この記事では歌詞解釈はしません。ただこの歌詞のすごいところは、意味わからんという印象を引きずらせないところです。

 難解な比喩であるものの、平易で優しい言葉だけで構成されていて、曲のサビなど目立つ場所でない。歌い方もさらっとしていて、聴き手を拘束しない。事実、チェリーを歌詞の意味がわからない曲だと認識している人は少ないでしょう。


 たとえば比喩がここだけだったら、さすがに悪目立ちしていたかもしれません。そこで次の歌詞を見てみましょう。


 ◇ ◆ ◇ ここから引用 ◇ ◆ ◇ 


 きっと想像した以上に騒がしい未来が僕を待ってる


 ――――スピッツの楽曲「チェリー」(作詞:草野正宗)より


 ◇ ◆ ◇ ここまで引用 ◇ ◆ ◇ 


 歌詞の意味だけを見れば、これから大変だ、でしかありません。ですが、もちろんニュアンスはまったく逆の印象です。

 「想像した以上に」とあるように、僕は未来のことを考え、そこに向かって歩いていることがわかります。前向きな様子ですね。

 「騒がしい」は、どちらかと言えばマイナスの表現です。が、「僕を待ってる」と付くとどうでしょう。未来が、僕を迎え入れてくれるような感じがしないでしょうか。それを踏まえると、マイナスイメージの「騒がしい」は「賑やかな楽しさ」を少し捻っていっているように思えます。

 ちょっとした不安を抱えていた僕が新しい環境を前にして、これから忙しくなるぞ、と苦笑いをしているような、そんな気がしてきますね。


 話を戻しますが、難しい比喩だけではなく、ちょっと考えれば意図が伝わる、言葉通りじゃないけど心に伝わってくるというフレーズも多い。そのため、歌詞の難しい歌だという印象が薄れているんですね。


 スピッツファンは「スピッツの曲は聴くごとに発見がある」と言います。曲は変わりませんが、聴き手の環境は千差万別ですし、目まぐるしく変わりますよね。スピッツの曲は、その奥行きに聴き手の感情を受け止めて、聴くごとに別の共感をさせてくれます。昔の曲でも古さを感じない、と言われるゆえんは、そういうところにもあるのでしょう。



 さて随分長くなりましたが、いい加減に筆を置きます。

 せっかくなのでそのうちロビンソンの記事も書きたいですね。

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