左ききのキキ/ART-SCHOOL について

 ART-SCHOOLというバンドは、とかく評価しづらい。

 結成は2000年。活動休止期間を除けば17年くらいのキャリアがあります。結構古株ですが爆発的なヒットは特になく、お茶の間での知名度は皆無といっていいでしょう。ちょっと前ならロキノン系(もう死語?)の話題で名前が出てくるくらい。

 音楽性はころころ変わります。メンバーもころころ変わります。なんならオリジナルメンバーはギターボーカルの木下理樹氏のみなので、実質彼のソロプロジェクトみたいなものでしょう。そのため木下氏の感性の変化にバンドの方向性が大きく左右されます。楽曲の質も、よく言えばオマージュ、悪ければパクリすれすれのも多いと聞きます。

 木下氏のボーカルは、語弊を恐れずにいえば拙い部類。演奏も魅力は確かにあるものの優れているかといえば首を傾げざるを得ません。


 散々こき下ろしましたが、なぜか私はART-SCHOOLのアルバムをほとんど持っていますし、かなりの頻度で聴いています。なんなら好きなアーティストを順に並べたら三番目に彼らを挙げます(一番はスピッツ、二番はCocco)。

 なにがそれほど私を惹きつけるのか。


 理由の一つが、歌詞です。

 木下氏は日本のバンドで評価できるのはスピッツとナンバーガールぐらいだ、とだいぶ昔に公言されていました。両極端なようで実は似ている(と私は信じている)バンドです。

 繊細さや不穏さは草野マサムネを、同じフレーズが多くの曲で使われていたりというところは向井秀徳を意識しているのかなという印象。加えて文学少年っぽい薄暗さと危うさがかもし出されています。

 私が特に気に入っているのは、今回の記事名にもあるとおり「左ききのキキ」。一番の歌詞はこんな感じ。


 ◇ ◆ ◇ ここから引用 ◇ ◆ ◇ 


 このドアを開けると 生まれ変わる

 何もかも忘れて 生まれ変わる

 それならば僕は此処にいるよ

 それならば君と此処にいるよ


 君が僕に笑った 子供みたいに笑った


 いつかこんなメロディや

 透明な君の髪も

 聞えやしない日が来るよ

 映りもしない日が来るよ


 ――――ART-SCHOOLの楽曲「左ききのキキ」(作詞:木下理樹)より

 ◇ ◆ ◇ ここまで引用 ◇ ◆ ◇ 


 前もどこかで書いた気がするのですが、私は創作において諦観というものにすごく惹かれてしまいます。諦めた末に間違った決意をして突き進んでいったりするのが特にですね。


 このフレーズの好きなところは、「何もかも忘れて生まれ変わる」ことができるのに、「それならば」僕はここにいる、と言い切ってしまっているところです。

 おそらくここで忘れるということは前向きな意味を持っています。苦しいことをなかったことにして新たなスタートを切る、という風な。だというのに彼はあえて苦しみ続けることを選びました。

 更に切ないのは、その決意すらいつか消えてなくなると悟っているところですね。

 忘れることを拒んでいるのに、いつかメロディも聞こえず、君の姿も見えなくなると知っている。

 この曲に現れる君という人物がなにを思いどのような行動をするのか、それはまったく明かされません。わかっているのは子供のように笑いかけてくれたことだけです。


 ◇ ◆ ◇ ここから引用 ◇ ◆ ◇ 


 哀しなキキが 僕を見てた

 雨音だけ何故か耳に響いた


 幼すぎた二人に 終わりを告げる様に


 このドアを開けると僕は

 このドアを開けると君は

 そんな目で見ないでくれよ

 そんな目で見ないでくれよ


 ――――ART-SCHOOLの楽曲「左ききのキキ」(作詞:木下理樹)より

 ◇ ◆ ◇ ここまで引用 ◇ ◆ ◇ 


 いかにも文学少年っぽい「幼すぎた二人に 終わりを告げる様に」というフレーズが効いていますね。ちょっと捻った表現から、そんな目で見ないでくれよ、という懇願に繋がるところが憎い。


 しかし中々難解な歌詞です。キキという人物が現れましたが、彼女と「君」は同一人物なのでしょうか。あるいはドアを用意したのがキキで、頑なに救いを拒む二人を哀れんでいるのでしょうか。

 実は歌詞はここまでで、あとは一番のサビの繰り返しで終わります。結局なにもわからないままですが、物悲しくも激しい演奏と叫ぶような歌唱から、決してハッピーエンドを迎えることはないと察してしまいます。



 ART-SCHOOLが目立たないながらも一時期は根強い人気を誇ったのは、木下氏のボーカルによるところが大きいでしょう。

 彼の声は、よく少年のようと評価されます。

 昨今流行の、細くて高い声ではありません。叫ぶことに慣れていない少年が心の嘆きを我慢できずに慟哭するような繊細さを秘めています。その声に荒削りな音作りがマッチして、初期のグランジ寄りロックな作品達が生まれました。


 左ききのキキは一度目のメンバーチェンジを経たART-SCHOOLが、初期の荒々しいグランジロックに回帰したようなタイミングで作られた曲です。

 この少しあとくらいからダンスチューンに舵を切り、ちょっと私の好みには合わなくなってきたので距離を置いています。しかし過去の曲の素晴らしさは変わらず、たぶんこれからもずっと聴き続けるでしょう。


 距離を置いていると書いたそばから、今さっき最新アルバムあたりを試聴してみたら結構よかったので、また追い始めるかもしれない。

 ART-SCHOOL、手放しでオススメはできませんが、わりと良いですよ。

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