異世界対話篇

あらかじめ素描され太郎

①「転生」

 死んだ、ということになるらしい。

 まず目の前にある光景がこの世のものではない。あと自分の身体も見当たらない。魂だけが浮かんでいるのだろうか。

 そして前方には光源がある。だんだんと存在しないはずの目が慣れてきて、それが後光と言われる類のものであることがわかった。なぜならその光を背にした人型が見えてきたからだ。

 

「はじめまして」


 光の方から声がする。男性とも女性ともつかない、しかしただ美しいものから発せられているということだけがわかるような声。


「はじめまして?」


 いまいち状況が掴みきれないので語尾が上がってしまう。それだけではない。この声からはなぜか懐かしさのようなものを感じるのだ。


「それはあなたが前世で生まれる前にわたしを見知っているからです」


 うわっ。そうか、口がないのだから考えたことと話したことの区別が存在しないのだろう。


「それはどういうことですか」

「有り体に言って、わたしは神です」


 だいたい予想はできていたがそうもフランクに言われると面食らってしまう。ようやく相手の姿が見えるようになってきた。性別不詳の顔は優しげな笑みを形作っており、体には絵画とかで見た感じのふわっとした衣をまとっている。


「やはり僕は死んだのでしょうか」

「そうですね、あなたはつかの間の生を終え、またわたしの元に召されました」

「また、ということはやはり輪廻転生しているということですか」


 神の微笑みにやや困惑の成分が混じったような気がした。


「飲み込みが早いですね。普通はどうして死んだのだろうとか、残された人がどうなっているのかを尋ねてくるものなのですが」

「それはそれとしてですよ、まず僕は自分の状態を確認したいのです。輪廻転生しているということは魂にはある種の同一性があるということですよね」

「同一性ですか」

「つまり様々な姿形に転生しながらも、『僕』というものは一貫して存在しているということです。この魂は永遠に不滅なのでしょうか。輪廻からの解脱はあり得るのですか」

「永遠というものについて語ることはできません。わたしはあなたが思うほど全知全能ではないのです。解脱については……そうですね、とりあえずまだあなたが解脱することにはなりませんよ」

「つまり僕は今から転生をすると」


 前世で積んだ徳について考える。十五年ほどしか生きていないので徳の量はあまり多くないような気がする。いや質の問題だろうか。そうであってほしい。


「犬や猫にでしょうか。それとも虫とか。できれば人がいいのですが」

「人として、それもあなたが生きていたのとは別の世界に転生してもらいます」


 なるほど、つまりは異世界転生というやつらしい。


「でも記憶は失われるのですよね」

「どうしてそう思うのですか」

「僕はここにくるまで、つまり前世ではその前の前世、前々世の記憶を持っていなかったからです。すなわち転成に際しては記憶引き継がれないことになる」

「いいえ、今回は特別です。あなたには使命があり、わたしと出会った記憶も引き継いで次の生を得ていただきます」

「何か僕が前世で特別なことをしたとか、特殊な素養があるとかでしょうか。もしくは今までの転生履歴で貯めた徳が一定値に達したとか」


 神の微笑みがさらに引きつってきた気がする。


「今めんどうくさいと思いましたよね」

「決してそんなことはありませんよ」


 やや気まずい間が空いた。


「そうですね、あなたが選ばれた理由を今伝えることはできません。あなたの使命が明らかになるにつれて、それもおのずから見えてくるでしょう」

「では今は使命についても明らかにならないと」

「そうです」


 整理してみよう。僕は死に、なぜか記憶を引き継いで異世界に人として転生する。その代わりに使命が課せられ、その内容も自分が選ばれた理由も明かされない。なんだかとんでもない詐欺にかけられようとしているんじゃないだろうか。不安だ。


「少し話が戻るんですが、そもそもここはどこなんですか」

「魂がひととき安らぐ場所です」

「いやそういうことではなくて、物理的に存在する場所なんですか。それとも僕が見ている夢に近い空間とか。最近はVRというのもありますし、もしかしたら知らない間に発達したVR技術で見せられている映像という可能性もあります」

「二番目が近いですね。あなた方がいう物理的、という次元にないことは確かです。VR……?というのはよくわかりませんが」

「ということは、この空間も、今ここにある魂としての僕も、神様も物理的には存在しないと」

「そういうことです」

「心身二元論ということですね」

「心身二元論」

「つまり肉体と魂は別々のものとして存在しているということです。そのように別々だから魂は様々な肉体に転生を繰り返すことができると」

「なるほど、そういうことになりますね」


 困惑に始まりめんどうくささを経てついに諦めに至ったらしい。前世でも家族や同級生にこんな表情をされた記憶が蘇ってきた。こういう記憶は引き継がなくてもいいので消しといてもらいたい。


「しかし今僕がおこなっている思考と、前世での思考は同じもののように感じられます。そうするの脳というのはなんのためにあったのでしょうか。脳がなくても同じように考えられるならいらなかったのでは」

「脳……」

「生前と同様に思考ができているということから、僕の脳はまだ存在していてこれは夢だと考えた方が自然なように思うのですが」

「いえ!いえ!わたしはちゃんと存在しています。よく見て!」


 神がぐいっと顔を寄せてくる。近い。


「こんな美しい顔を想像することができますか。これがわたしがあなたの夢でない証拠です」


 確かに想像を絶するほど美しい。美しすぎて細部がよくわからない。「美しい顔」という概念をそのまま直接見せられているようだ。


「ではあなたは実在すると仮定して、それでも僕の脳内にあなたが降臨している、という想定は可能なんじゃないですか。それなら僕の想像を超えた美しさにも説明はつきます。やはり僕の脳がもはや存在しないということの証明にはならないように思いますが」

「そんなにいうならあなたが亡くなった時の様子を見せてあげましょう」

「いや、それでは証明にならないんですよ。その情景を僕の脳に見せているという可能性が排除できないので」


 神は心なしかしゅんとしたように見える。見せたかったのかそれを。趣味が悪い。


「反対に魂に考えるという機能が付いているとしてみましょう。そうすると生きていた時に魂がどうやって体を動かしていたのかという問題が生じます。魂と肉体は別のもののようですからね。物理的な体を動かすのは物理的な脳でなければならないわけです」

「それではですね、あなたが今『考えている』と思っているのが錯覚だというのはどうでしょう。これはあなたが転生した後で思い出している光景なのです。転生を終えているのでもうあなたは脳を持っています。わたしという超越的存在との転生前での触れ合いを転生後のあなたの脳がこうした会話や思考として解釈し、想起しているのです」


 確かにそれだと問題は解決しているのかもしれない。神は勝ち誇ったような顔をして腰に手を当てて反り返っている。そんなんでいいのか。


「なるほど、この状況には納得がいきました。やはり思考は脳の機能ということですね。しかしまた、記憶も脳の機能ですよね。その記憶が引き継がれるとはどういうことなんでしょうか。転生の前後で脳自体が切り替わっていると思うんですが」

「それは神の力でちょちょいっと」

「もう少し詳しく」

「うーん……。考えたことがありませんでした。ただ魂をここに迎えて、言葉をかけて、手を振って送り出せばそのようになりましたから」

「そうですね、記憶は脳神経の構造として蓄えられていると聞いたことがあります。ならその構造がコピーされるというようなことなのかもしれません」

「あなたが納得するならもうそれでいいです」


 こう投げやりな対応をされるとちょっと傷つく。多感な年頃なのだ。

 さて、ようやく一定の解釈が得られた。すなわちこの転生は脳の構造情報を異世界へと伝達し複製することで実行される。そして今見ている光景はそのコピーが行われた後でそのプロセスを事後的に解釈した結果生まれたものなのである。

 そうすると今回以外の「記憶を引き継がない」転生については魂だけが転生しているということなのだろうか。脳の構造が複製されず、記憶が魂に宿るものではないなら転生前後で記憶は引き継がれない。


「さて、次に知りたいのはそうした脳の構造という情報がどのようににして伝達されるのかということです。異世界なんですよね。普通の手段でそれが可能になるとは思えないのですが」

「普通じゃないすごい存在が目の前にいますよ。わたしです」

「確かに神様なら可能かもしれません。しかし例えばこう考えることもできるのではないでしょうか。異世界のある人の脳が天文学的な偶然によって僕の脳と同じ構造をになった、とか。そうすると超越的な手段を想定しなくても記憶の引き継ぎは可能ではある。そしてその構造を持った異世界の人は前世の記憶として僕の記憶を自分の脳から引き出すわけです。その際にどうしてそんなことが可能なのかの解釈として転生や神様との出会いというストーリーを作り出す。自分の脳が偶然異世界の人間と同じ構造になったなんて普通は思いつかないですから」

「それだとまたわたしが存在しないことになりますが!」

「魂が記憶を持たないなら、最初にあなたを見たときに感じた懐かしいような気分も錯覚としか言えないでしょう。僕の想像を超えた美しさも「想像を超えた美しさ」としてなら想像できます」

「はあ……。あ、あと魂はどうするのですか。そう考えるとあなたの魂は転生していないことになるのでは」

「この場合、魂はもう関係ないんじゃないですか。思考も記憶も魂の機能ではないなら、魂が転生する意味はないように思います。別に転生していてもいいし、そうでなくても転生後の僕は気づかないでしょう」

「……。でもそれだとあなたという存在は連続していないことになってしまいますよ。転生前のあなたと転生後のあなたは単に脳の構造が同じだけの他人です」


 そうだ。そうなるとこれは転生というより単に異世界の人が前世の記憶らしきものに目覚めただけだということになる。しかし前世の記憶があるからといって、本当に前世というものが存在するという保証はないのだ。だからこれはどちらでもいいことなのかもしれない。


「どちらでもいいって……。あなたの人生はどうなってしまうのですか。死んで消えておしまいなら救いがないではありませんか。世界には理不尽な死があふれています。肉体は死んでも魂は残ってまたどこかに生まれ変わっていると信じることで人間は救いを得るのではないのですか」

「その理不尽さについては神様の怠慢という気がしますが……」

「……」


 かなり気まずい沈黙が流れた。


「でも僕の場合は魂を信じなくても問題ないはずなんです。この場面が転生後の『僕』の回想ならこれから僕は同じ自分として目覚めて異世界での人生を始めるわけでしょう。確かに前世の僕については気の毒ですがあなたが言ったようにもう他人なわけですし」

「あなたがそれでいいならいいのですが」


 まとめてみよう。僕は今、前世の記憶が複製される様子を神との出会いや転生といった形で解釈して想起している。その記憶はものすごい偶然によって異世界の人物と同じ脳の構造になったことで僕の脳に書き込まれたものだ。こう考えると僕が単に妄想癖の強い人物だというだけな気もしてくる。そしてこのように解釈が現実的なものになっていくのは僕が覚醒へと近づいているからかもしれない。


「目覚めるようですね。それでは……」

「あ、ちょっと待ってください」

「まだ何か」


「いや、異世界について詳しく聞きたいんですが」


 神が「はぁ〜」と聞こえる大きさでため息をついた。

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