storia.1 《ようこそ『ルリツグミ』へ》

1

 潮と磯の香りを運ぶ風が、青い鳥の描かれた看板の上に留まる風見鶏へ挨拶をして、くるくると遊び去っていく。ここはポプラシオン世界にある海と共に暮らす街、人々が海街と呼ぶこの街の一角にギルド『ルリツグミ』はある。



「レザル!そっち行ったよ!」

「わかった」

 入り組んだ市場の店々の間を駆け抜けて、二人はたまたま見かけた窃盗犯を追っているのである。市場を抜けて噴水広場に出た時が絶好のタイミングだ、ブルハとレザルは二手に分かれるとすぐさまブルハはスペルを唱える。

「逃さないよー!<ウォーティス>!」

 彼女の足元に青い魔法陣が現れ、大きめの帽子を揺らした。すると噴水の水が膨れ上がり、巨大な水の渦がうねりを打つ。そのまま窃盗犯の男に向かって突撃していくかと思いきや、水流は男にぶつかるかぶつからないかの地点で目の前の地面を濡らし、足止めついでに水飛沫が男に振りかかる。

 その隙を縫うようにして男の周りを五芒星の線が取り囲んだ。五つの頂点には五枚の札のようなものが見てとれるが、これは符術に使われる呪符である。と、男が気づいた時にはもう遅かった。

「……残念。あんたの動きは封じさせてもらったよ」

 自身から伸びるトカゲのような尻尾を挑発気味に揺らしてレザルは言う。その言葉の通り、男は五芒星の中で身動き一つ取ることもできずにいた。男が観念したように目を伏せると、事の顛末を見届けた広場の観衆からぱらぱらと拍手が贈られた。

 ありがとうと観衆に手を振るブルハに対して、目立つこと、そもそも人前に立つことすら苦手なレザルは自身のフードに顔を埋めてその場を立ち去ろうとした――が、いつの間にか近くにいた彼女にがっちり腕を掴まれてそれは叶わなかった。ブルハが目敏く逃げるレザルを捕まえたのか、二人で目立ちたかっただけかは本人のみが知りうることだ。

「ふふふ、悪党退治もギルド『ルリツグミ』にお任せあれー!」

 彼がいっそ殺せなどとブツブツ唱えているのを意に介さずブルハは手を鳴らす人たちに向けてそう言い放ったのだった。この二人は『ルリツグミ』のメンバーだった。



2

 その後、窃盗犯の男は世界管轄システム――通称『教団』の担当者に引き取られて送還された。それを見届けた二人はギルドに戻り腰を下ろす。

「おかえりー!大活躍だったね」

 帰ってきてすぐ天真爛漫そのものの声で二人を褒め称えたのはユーレア。このルリツグミを発足した張本人であり、若くしてギルドマスターを務め上げる立派な人だ。早くも窃盗犯の件は耳に届いてたようだ。

「へへー!すごいでしょ?あたしと、レザルの活躍ですから」

「……」

 尚もフードを被り顔を逸らしているレザル。無理矢理時のヒーローとして立たされたことがよほど嫌だったのだろう。

「何拗ねてんの?」

「うるさい」

「もー!面白いなお前ー!うりゃうりゃ!」

「痛っ、力強いよ姉ちゃん……!」

 いじける彼にポンポンと頭を叩くが、効果音としてはポンポンではなくバコバコが正しい。いつものこととは言え、悲鳴がいつもより本気なので痛いのだろう。

 そんな彼に同情したのか一人の人物が二人の間に割って入った。屈強な体つきでユーレアの右腕的存在、ナギアだ。彼がそこら辺にしておけという意味を込めてブルハの肩をポンと叩くとブルハも大人しくレザルを殴るのをやめた。ただのじゃれあいだがこの場の表現として殴る、が正しいに違いない。この男、必要以外は喋らない寡黙な奴だった。

「ナギさーん!あのね、聞いて!」

「活躍は知ってる」

「もー、ナギくんってば相変わらずクールなんだから!これでもナギくんも君たちのこと褒めてたから安心してね!」

「わーい!褒められた!流石あたし!」

「……お気楽な奴ら」

 謎の自信に満ち溢れる女性二人に、レザルはポソリと吐き捨てた。



3

「ちょっとうるさいわよガキ二人!もうすぐヒスイさんのショーが始まるのだから静かにしてくれません?」

 甲高い声で口を尖らせたのはこのギルドのウエイトレスを勤める少女リーリィだ。高飛車という言葉のよく似合う彼女は自慢の巻き毛を揺らしながら帰ってきたばかりのブルハとレザルに向けて声を荒げた。

「は?お前のがうるせぇだろ巻き毛」

「その余計な一言がうるさいのよトカゲ野郎」

 この二人、なかなか馬が合わないのだが一つ共通点がある。

「へいへいリーリィ!今日もめちゃくちゃかわいいですな!」

 どちらも破天荒ブルハの被害者であることだ。

「なっ……と、当然でしょう?このリーリィ、可愛くなければルリツグミの看板娘は務まらないですもの!」

「……」

「何よその「誰が看板娘だ」みたいな顔。リーリィを差し置いて私の他に看板娘になれる人がいるわけ!」

「何も言ってない」

 勝手にあーだこーだと言い合いの始まる二人を見て、元凶であるブルハは溜め息をついた。

「はあ。やっぱりリーリィもレザルもからかいがいあって面白いわ」

 溜め息というわりに感嘆に近い。心の底からの微笑みで二人を眺める彼女を見て、こいつも食えない奴だと人知れずナギアは思った。


 中はちょっとしたカフェテリアのようにテーブルと椅子が配置されていて、中に入った真正面から右の壁際にはバーのようなカウンターとお役所のような窓口が繋がったものが目に入る。その左壁際には簡素な段差を取り付けただけの小さなステージがあり、今いる客は皆その何も無いステージの上へ今か今かと視線を送っていた。

「そろそろヒスイ登場かなー?」

 ユーレアがいたずらっぽく囁くと、タイミングよく一人のエルフの女性が壇上に駆け上がった。ひらりとした踊り子の衣装を纏う彼女こそギルドメンバーの一人であり、この海街で人気を博する舞姫ヒスイだ。同時に民族調な音楽の演奏が始まり、ギルド内の熱気が最高潮となる。

「うわーい!ヒスイさんのショー始まったー!」

「ヒスイさん素敵だわ!」

 ヒスイのファンでもあるブルハとリーリィも熱気に飲まれてテンションが上がっていた。娯楽の少ない街だからこそ、週に二回のダンスショーを楽しみにしている者が多いのだ。その熱気に当てられてなのかユーレアも黄色い声を飛ばしている。



4

 ただ一人レザルはカウンターに座りつまらなそうにそのギルド内を傍観していた。そして、その肩を叩く者がいた。

「どうした?」

「……何でもない」

 声をかけたのはナギアだった。反射的に強く言葉を返したレザルだが、意に介さずナギアは空いてる隣の席に腰を下ろして同じく踊りを観賞し始めた。

「そんなつまらなそうに見てやるな」

「そんなつもりはない……ただ、この騒がしさが落ち着かないだけだ」

「その気持ちはわかるけどな。そんな態度は表現者に失礼だ」

「じゃあ、どうしろって言うんだよ」

「無理に楽しめとは言わない。だが、彼女の踊りは見るべきだ」

「……」

 それからナギアは口を閉じた。ヒスイの踊りに魅入っているらしい。彼は寡黙な男だが、ギルドに入ったばかりのレザルを気にかけてくれる面倒見の良さがあることをレザルはわかっていた。かと言って素直に従う気にもなれず、変わらずヒートアップする人々の姿を見ていた。つくづく自分は根暗な奴だと思いながら。


 やがて魅惑のショーは一番の盛り上がりを見せて最後の旋律が静かにギルド内に溶けた。拍手喝采の中で主役であるヒスイは恭しく頭を下げてショーは終わりを告げた。

 ショーが終わった後は観客も去り、ギルドはいつものように疎らとなり閑散としたものに戻っていた。

「おつかれさまヒスイ!今日も良かったよ!」

 ユーレアは一舞台を終えた本日の主役に改めて拍手を送った。ヒスイは照れていじらしく目を逸らすのかと思いきや、ユーレアに褒められた途端彼女へ突進してその豊かな胸に顔を埋めた。

「ありがとうございますー!今日も成功してよかったです!ユーレアさん抱いて!!」

「おつかれー。いくらでも抱いてやるぜ!」

 壇上の華やかでミステリアスな舞姫は何処へやら。男共の目の前で堂々たるセクハラをする彼女には勿体無いという言葉が酷く似合っていた。ユーレアもユーレアでノリがいいので困りものだ。

「ユーレアさんのおっぱい大きくて柔らかくて暖かい……揉みたくなる」

「はいはい、また今度ねー」

 そんな残念極まりないヒスイはギルドに所属する者ならば誰もが知っている姿だが、世間に晒すには多少問題ありだろう。リーリィはギルドのヒスイと踊り子のヒスイは別人だと割り切っているが、ブルハのように性格を知っているから余計好きという物好きもいる。

 ユーレアがやんわりとヒスイを離すと彼女は少しだけ膨れっ面をした。顔はかわいいのだが。



5

 天真爛漫なマスター、寡黙な戦士、破天荒な魔女っ子、根暗なトカゲ少年、高飛車なウエイトレス、残念美人の踊り子。誰が望んだのか、このギルドには個性が強い奴らが集う。

 そんなこんなでギルドの慌ただしい一日は終了する。日が完全に沈んだらようやく閉店の看板を掛けるのだ。それぞれ帰る場所がある者は皆帰っていく。

 誰もいなくなったその場所に二人、ユーレアとナギアだけが残ってコーヒカップを傾けていた。他愛ない会話の中でふとギルドの壁際に掛けられた青のタペストリーを見上げる、ユーレアがとある旅商人から譲り受けたという代物だった。名前と同じルリツグミの鳥を中心に置いたその絵は見る人によって様々な物語を見せてくれるのだと、その商人は言った。

 その話を思い出してか、彼女は微笑んだ。

「面白いよね。このギルドでは毎日違うことがあって、同じ一日なんてない。それって、このタペストリーに似てるよね!」

「……そうだな」

 無愛想な彼の同意を受けて、ユーレアはさぞ嬉しそうに笑顔を見せた。子どものようなその笑みは眩しすぎてナギアはそっと視線をカップに移す、そして少し冷めたその黒い飲み物を一気に呷った。さて、と空になったカップを持って彼女は立ち上がる。

「明日はどんなことがあるのかなー?楽しみだね!」

 ギルド『ルリツグミ』のマスターであるユーレアは喜々としてさえずった。そして、空のカップを片付けて戸締まりをナギアに押し付けたのはまたいつものことである。彼は苦々しく嘆息した。



――海色のタペストリーにはいくつもの物語。さて今日はどのお話をしましょうか。

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