第59話 10-1 エピローグ

Rc.330年。フェイランのクーデターから一年の月日が経った。

ブラック国王の死亡、クーデターの首謀者―フェイランと共に落城したクロム城により、都市部の機能が失われた“黒族首都”は、“中央街”と名称を変えた。

これにより、住む場所を失った黒族が出てくると思われたが、アザレア女王の政策で、黒族を“色族首都”といった町や村に迎え入れ、二種族との交流を盛んにさせる事で、和平をせずとも色族と黒族の関係は改善への方向へと向かっていった。

無論アザレアの政策を認めない黒族を嫌う色族と一年前に降伏せず逃げ落ちた反ブラック国王派の残党による小競り合いも出てきているが、黒族の入団も認めたジェード率いる新生騎士団によってすぐに鎮圧され、少しずつだが『色』は『黒』を受け入れていった。

“赤の英雄”ことカージナルもまた、一年前のフェイランとの戦いで負傷した右手の完治を待って故郷である“活気ある港町”へと里帰りし、先に帰った“橙の英雄”ことガーネットがいる実家・ブラウン家へと帰って来たのだが…



「兄貴、これはどうすんだ?…って、兄貴!?」

「へ…ヘルプ。“カー坊”…」

「兄貴!これで何度目だよ。ったく…」


様々な物が足の踏み場もない程散乱している実家で、物の瓦礫に何度も埋もれかかっているガーネットにカージナルはため息を付きながらも、周りにある物をかき分けながら、ガーネットを救出した。


「助かったぜ。“カー坊”」

「しかし、俺が居なくなった途端にこうなったにしても予想以上だな。こりゃ、スカーレッドさんも匙を投げるわな」

「ぐぅ、腹減った…久しぶりに“カー坊”の作ったメシが食いたいのじゃが…」

「作る以前に、台所は未だ物置き場状態だしなぁ…」


“平原の村”で過ごしていた間、実家をガーネットに任せきりにしてしまった報いというべきか、流石のカージナルも途方に暮れる中、この絶望的な惨状に困る二人にとっての希望が、玄関扉から開け放たれたのはその時だった。


「カージナル、ガーネット。生きてる?開けるわよ…うわっ、全然変わってないじゃないのよ…」

「スカーレッドさん。これでも進んでる方だと思ったんだが…やっぱそう見えちゃうか」

「手伝いに来たわよ。色族…いや、“赤”と“橙”の英雄さん」

「こ、こんにちは…」

「おお、お前らか。黒族でも人手増加は大歓迎だぜ!」


この足の踏み場もない惨状から手伝いに来たスカーレッドと、かつては「お面の雷紅」と「漆黒の風」の通り名でフェイランの部下だったエクアとラーニアの黒族の登場にガーネットの士気も上がり、総勢五人に増えたブラウン家の大掃除は、二人の時よりも順調に進んでいった。


「よし。やっと床も見えてきたし、台所も料理できる状況になった所で、そろそろ休憩に入ろうか」

「ヨッシャ!やっと“カー坊”のメシが食えれる!」

「残念。こんな事だろうと思って、もう私とエクアさん・ラーニアさんで昼ごはんを作ったのよ」

「なんだよー“カー坊”のメシが食えれると思ったのに!」

「あっそ。私よりカージナルの作ったご飯を食べたいのなら、アンタだけ残って、私達だけで食べるから」

「わわっ、待て待て待て。食べます!食べますって!あー、スカーレッド小母さんの上手いメシが食べれるって幸せー!」

「助かります。スカーレッドさん。兄貴、晩飯は作ってやるからさ。落ち込むなよ」


気が付けば昼も過ぎた所でのカージナルの休憩宣言に、カージナルの作った昼飯を楽しみにしていたガーネットの希望は、事前に昼食を作っていたスカーレッドによって打ち砕かれ、カージナルは落ち込みからの空元気なガーネットに“平原の村”での自分を重ねながら彼を慰めつつ、一行はスカーレッドの家で昼食を取る事にした。



「しかし、あれから一年経ったけど、アンタ達がまさか“赤”と“橙”の英雄になるとはねぇ」

「ま、あんな事を成し遂げられてはのう。“カー坊”」

「だが、アザレア女王様らのおかげで最小限に留めているとはいえ、同時に俺達は黒族の居場所を壊した。クロム城の崩壊は、フェイランの部下だったアンタ達にも悪い事をしたかもしれない」

「別に。もう私は火山地帯での件で帰る場所はなくなったし、むしろ色族の貴方達に、ラーニアを救えた事には感謝してるわ」

「うん。エクアを助けてくれてありがとう…色族」


スカーレッドの家で昼食を取る一行の話題は、一年前のフェイランのクーデターを止めた功労者であるカージナルとガーネットの英雄談だったが、当のカージナルは、フェイランを倒した事で“黒族首都”から“中央街”に変わり、黒族から忌み嫌っているのではと思い、黒族であるエクアとラーニアに詫びるも、エクアはラーニアを救ってくれた感謝でカージナルを赦した。


「はいはい。せっかくの昼ごはんも不味くなるわよ。カージナル」

「そうじゃぞ、“カー坊”。現にこの町だって黒族を受け入れてるんだしさ。気にする事はないじゃろ。そういや、隊長さんは黒族の入団も認めた新生騎士団で、本当に隊長になっとるらしいな」

「ジーンか。“平原の村”で初めて出会った頃は新米の下級騎士だった事を考えれば、十分大出世だろ。噂では、セージの父さん・ジェード将軍の後任である次期騎士団長候補として名前が出ているらしい。当人はあまり乗り気ではないらしいが…」

「その将軍の息子さんのセージさんは、リアティスさんとリアティス邸の跡地で挙式を上げた後、騎士団には復帰しない選択には、ジーンさんを一人前の騎士団として認めたんでしょうね」


ガーネットから話題を変えた三人―“黄の英雄”ことジーンは、新生騎士団で正式な隊長職に昇進し、“緑の英雄”ことセージと“紫の英雄”ことリアティスは、フロストとソルによって一度は消えかけていた六年越しの祝言を果たすも、騎士団には復帰せず、“雪国の町”のパービュアの医者で共に働く事になり、一年の月日は、共に戦った仲間達も少しずつ変わっていった。


「最後は、スカイか…」

「“フェル”なら、サックスさんと共に“平原の村”で俺とセージが住んでいた家で暮らしているはずだよ。実親じゃないとはいえ、やっと会えた父親に部外者の俺の出番はないという事で帰って来たんだろ?」

「そういえば、そうだったわね。さて、休憩はここまで。ぼやぼやしてると、晩ごはんも私の料理になるわよ」

「げげっ、こうしちゃいられねぇ!“カー坊”、猛スピードで片付けるぞ!」


最後に、フェイランのクーデターを止めた最大の功労者であり、“虹の英雄”であるフェルメールは、五年ぶりに再会した父親・サックスと共に、かつてはカージナル・セージと過ごした“平原の村”で平和に暮らしている事を話した所で、スカーレッドが休憩の終わりを告げては、今度こそカージナルが作る飯を食べるべく、ガーネットが真っ先に外に飛び出し、カージナル・スカーレッドと続く中、最後にエクアとラーニアが外に出た所で、空を見上げていたラーニアにエクアが気付いては声を掛けた。


「どうしたの。ラーニア?」

「虹…」

「え。虹?」


ラーニアの言葉にエクアも空を見上げるが、空は一面青空で、虹はおろか雲すら見当たらない快晴だった。


「虹なんてないわよ、ラーニア。さ、スカーレッドさんの手伝いに行こう」

「う、うん…」


エクアは尚も何か言いたそうなラーニアの手を掴んで一緒にカージナル達の後に続く一方、空では七色に輝くアーチ状の虹が、何も知らない一行を見下ろしていた。

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