第57話 9-9 真の四度目の奇跡

クロム城の最上部から発した光は、前線基地である地下水道前にいたジーン達にもはっきりと見えていた。


「何じゃ!あの光は?一体、あそこで何が起こってるんじゃ?」

「落ち着いて下さい、ガーネットさん。サックスさんがまもなくこちらに来ますよ」


一人混乱するガーネットを宥めるジーンと同時に、地下水道入口から単身城内に乗り込んだ遊撃部隊長・サックスと共に、カージナルとセージの二人が戻って来たのはその時だった。


「隊長!ご無事でしたか。娘さんとの再会はどうでしたか?」

「無駄口は慎め、リク。それより、この者が負傷している。急ぎ手当てを」

「はい。カージナルちゃん。セージちゃん。しっかり」


サックスはリクからのからかいも兼ねた言葉を流しては、カージナルとセージの治療要請に、医者であるリアティスが名乗り出て、急いで二人の治療を始めた。


「回復術が使えない時の医者は有難いぜ」

「んな事より、“カー坊”。スカイはどうしたんじゃ!」

「“フェル”は、まだクロム城にいる。でも、今のアイツならフェイランに勝てる。心配するな」


まだ城内に居るフェルメールに心配するガーネットを励まし、カージナルの目線は、先程まで居たクロム城の最上部へと目を向けた。


「“フェル”、見せてくれ。お前が描く「真の四度目の奇跡」を…」



「くっ、目が…霧といい、色族め、小癪な真似を…」


その頃、光の大元であるクロム城の最上部では、フェイランがカージナルからの“レッド・アイ”の爆発から目をやられ、前が見えない状態で一体何が起きているのか把握に時間がかかるも、目が段々慣れてきた眼前の光景にフェイランは言葉を失った。


―“それ”は、まるで天空から現れた女神様のようだった。


立ち込める霧がまるで雲海の如く、眩い光を放ちながら、“絶望と希望の奇跡”は悠然と立っていた。足まで届く程のロングヘアーの銀髪をなびかせ、白を基調とした神々しい服装、両手に片刃の大剣を持っている姿は、二十九年前の“開戦しなかった戦争”で黒族の“色族首都”侵攻を止めた虹の精霊と同じであった。


「覚醒したか…忌々しい“絶望と希望の奇跡”!」


どうやら、“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”が色族に渡ってしまった事で、“希望の奇跡”―フェルメールとの覚醒を許してしまったフェイランは、“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”が無くなった事で連結された状態に戻った蛇腹剣を蛇のようにうねらせて攻撃するも、“絶望と希望の奇跡”は動じず、ずっと目を閉じたまま、対面の敵であるフェイランに語り掛ける。


『フェイラン=イルトリート=マーダラー。二十九年前の“開戦しなかった戦争”の続きを目論む邪な野望。“絶望と希望の奇跡”がそれを打ち砕く!』


言い切ると同時に、“絶望と希望の奇跡”の金色の目が開き、持っていた大剣を軽く振り回す。それだけで、“絶望と希望の奇跡”目がけていたフェイランの蛇腹剣の刀身が一瞬にして融解した。


「なっ!?ぐっ、こんなはずでは…」

『お前の絶望なぞ、絶望を受け入れた希望の前には及ばん!はぁあああああっ!』


あまりの一瞬の出来事に驚くフェイランをよそに、“絶望と希望の奇跡”は両手の大剣を連結させて一振りの大剣とし、フェイランの元へと跳躍した。敵の急接近に避けられないと判断したフェイランは、柄だけとなった蛇腹剣を投げ捨て、白刃取りで“絶望と希望の奇跡”の大剣を受け止めたが、“絶望と希望の奇跡”による力は、クロム城の最上部の部屋に無数の亀裂を走らせて床が崩れ始め、“絶望と希望の奇跡”の大剣を白刃取りで受け止めるフェイランの悪あがきも限界の時が訪れた。


「ぐっ、馬鹿な!二十九年前の続きが…色族なぞにぃいいいいい!」


大剣を受け止めるフェイランの手よりも、彼の立っていた場所が限界を迎え、崩れゆく床と共にフェイランはクロム城の下層部の闇へと消えていった直後、クロム城が崩壊を始め、“絶望と希望の奇跡”も下層部の闇へと消えていった。



「ここは…?」


フェルメールが気が付いた光景は、ラピスとの決闘で白い空間から描かれた「絵」―澄み渡る青い空と早く流れる白い雲、荒れ果てた茶色の大地が地平線まで続いている空間だったが、レインとラピスの後押しで“絶望と希望の奇跡”に覚醒する瞬間から先の記憶が全く思い出せず、どうしてここに居るのか考えるフェルメールに、対面からその答えを知るラピスとレインが現れた。


「やったね。“フェル”!」

「レイン…ラピスさん、フェイランはどうなったの?」

「フェイランは倒れた。私の「絶望」までも受け入れた貴方の諦めない「希望」が勝ったのだ」

「良かった…」


ラピスから告げられたフェイラン撃破の報に、フェルメールは胸を撫で下ろしたが、ラピスはフェルメールに非礼を詫びた。


「フェルメール。私はあの決闘でフェルメールを殺し、私が“希望の奇跡”となってフェイラン諸共“絶望と希望の奇跡”を闇に葬り去ろうと思っていた。しかし、フェルメールが勝った事で、貴方に私の代わりを託してしまった事には謝らなければいけない」

「そう…でも、仕方ないよね。私はラピスさんでもあるんだし…」


レインとラピスの後押しでフェイランを倒す為に覚醒した“絶望と希望の奇跡”は、代償にラピスがやろうとした事をフェルメールに肩代わりさせた事実に、フェルメールは最初は悲観するも、自分の正体を思うと致し方ない事だと割り切ろうとしたが、ラピスはそんなフェルメールに死の運命を変える方法を伝えた。


「でも、フェルメールの死で、仲間達が二十九年前の私のように悲しんで欲しくない。利用してしまった事によるせめてもの償いに、私の主力属性の全てで、フェルメールとレイン=ボウに普通の色族に転生させる。これで貴方は自由よ」

「先に“フェル”に蘇って欲しいから、わたしは少し時間がかかるけど、心配しないで。わたしも普通の色族として、“フェル”の前に帰って来るから。約束よ」


フェルメールの死の運命を変える方法―ラピスの「氷」と「水」の主力属性を、全てフェルメールだけでなくレインも普通の色族に転生させるという、最早奇跡に近い行為の意味を察したフェルメールがラピスに詰め寄った。


「え?待って!それじゃ、ラピスさんは…」

「私はもう二十九年前に死んだ身。それに、私が止めた二十九年前の続きを目論んだフェイランを倒してくれた事で、もう未練はない。そろそろ私を成仏させてくれないか?」

「ラピスさん…」


そもそもこの物語の始まりであるラピスの死から二十九年も経っていた事に、フェルメールはこれ以上何も言わなかった所で、三人の距離が離れ始めたのはその時だった。


「お別れの時ね。二十九年前、全てを失い「絶望」しかなかった私に、「希望」を教えてくれてありがとう。貴方と出会えて楽しかった。さようなら…“フェル”」


“フェル”―自分の愛称をはっきりと聞こえる声で呼んでくれたラピスに、フェルメールの目から涙が零れ始めては、ラピスに最後の別れの挨拶を告げた。


「私も、レインと貴方に出会えた事にありがとう。ラピスさん。そして、さようなら…」

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