第56話 9-8 真の四度目の奇跡

その頃、ジーン・ガーネット・リアティス・リクにエクアとラーニアの六人は、前線基地であるクロム城裏手の地下水道前に戻っていたが、突入した時は月が見えていた夜空が、いつの間にか雲に覆われ、雲の合間から稲光が光っていた。


「くっ、“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”は、天候すら変えられる力も持っているのか!」


今にも雨が降りそうな稲光にリクが嘆く中、潜入からラーニアとの交戦、フェルメール・カージナル・セージを残して撤退までの間、ラーニアを除く敵との交戦なく撤退に成功した事に、ジーンが疑問を感じていた。


「しかし、妙ですね。こうも簡単に敵の本拠地から撤退を果たすとは」

「反国王派が“色族首都”に進軍を始めたとしても、守備隊として数名は城内に残るはずですが…」

「そういや、黒族。どこから入ってワシらと会ったんじゃ?」

「私は…」

「城内は空城の計の如くもぬけの殻だった。フェイランは国王派を全員殺し、反国王派全員を“色族首都”に進軍させてるのだろう」


ジーンとリアティスの疑問やガーネットがエクアに問い質そうとした謎は、潜入時には居なかったはずの人からの声によって遮られた。風貌からして年老いた水色目の色族の男に、リクが彼の名前を叫んだ。


「サックス隊長!」

「隊長?お言葉ですが、貴方は?」

「私は、サックス=ラズーリ。この遊撃部隊の隊長だ。“希望の奇跡”、我が娘が世話になった」


サックスと名乗るリクが属する遊撃部隊を率いる隊長の登場にジーンが応対する中、彼が発した“希望の奇跡”等の言葉に、察しのいいジーンがまず反応した。


「“希望の奇跡”に娘、それにラズーリ…まさか?」

「“フェル”ちゃんの…ラピスちゃんのお父さん!?」

「ああ。正確にはラピスとは兄妹、フェルメールとは里親かな。ん?五年前に“平原の村”で娘を託した者達は?」


あっさりと自分の正体を明かしたサックスだったが、ふとこの場にいない五年前にフェルメールを託したはずの“平原の村”の人達の存在を問うも、心当たりがあるジーンがサックスへ重い口を開いた。


「セージ先輩、カージナルさん、そして貴方の娘のフェルメールさんは、まだクロム城内でフェイランと戦っています」

「何!?こうしてはおられん。リク、この者達と共にあとは任せる!」

「隊長、何処へ!」


リクの静止すら聞く耳持たず、サックスは地下水道の闇へと消えていった。



「アレ?足が…動かない!?」

「“フェル”!?こんな時に、束縛術かよ!」


その頃、クロム城内では、フェイランの蛇腹剣の刀身による攻撃を受けてしまったカージナルとセージにフェルメールが駆けつけようとするも、いつの間にか仕掛けられたフェイランの束縛術によって、足が石像の如く動けずにいた。


「ハハハ!この程度、“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”の力なら造作もない。しかし、“希望の奇跡”がまんまと我の束縛術に引っ掛かるとは。我の束縛術は受けたら最後。このまま“希望の奇跡”が死ねば、希望は潰え、二十九年前の絶望の続きがこれで完成する…色族の時代は終わりだ」

「こ、この!」


フェイランの束縛術に引っ掛かったフェルメールによって、このままでは間違いなく的と化したフェルメールがフェイランによって殺され、“開戦しなかった戦争”の続きが完成してしまう中、フェイランは、“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”の力で浮遊する蛇腹剣の刀身でフェルメールにトドメを刺そうとしたその時だった。フェルメールの体から謎の霧が現れ、辺り一面を覆い始めたのだ。


「な、何だ?」

「霧…?」


突如立ち込めてきた霧に戸惑う二人だったが、ふとカージナルがセージの右手が先程からグーの状態になっている事に気付いた。


「セージ、さっきから右手に何を持ってるんだ?」

「ん?ああ。これかい?」

「“レッド・アイ”?…セージ、それを俺に寄越せ!」

「“カージー”、何を!?」


セージが右手を開くと、火山地帯での戦闘でソルを撃破した際、ソルが証拠隠滅用に隠し持っていた“レッド・アイ”であったが、カージナルが何かを思い出したのか、セージの手から“レッド・アイ”を奪うや、霧の中一目散に走り出した。



「くそっ!“希望の奇跡”の悪あがきか!これでは、狙いが…む?」


一方、予想外には予想外で返された謎の霧にフェイランは慌てる中、霧で前も見えない視界から響き渡る足音から、突如左から現れたカージナルへの反応が僅かに遅れた。


「こっちは、お前の“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”のおかげで丸見えでな。お前の部下からのプレゼントだ。喰らえ!」

「何?ぐわあっ!」

「ぐっ…戻って来い。レイン!」


“レッド・アイ”を手に持つカージナルの右手がフェイランの顔面に張り付くや、彼の主力属性「火」の力を全開させ、まるでソルの得意戦術の如く、“レッド・アイ”がフェイランの顔とカージナルの右手を巻き込んで爆発した。爆発でフェイランの手から零れ落ちた“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”を逃さず、カージナルはもう一方の左手で“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”を掴み、転がりながら再び霧の中へと消えていった。


「“カージー”!なんて無茶を!」


セージと“レッド・アイ”の爆発でフェイランの束縛術が解かれたフェルメールが、倒れているカージナルの元へと駆け寄るも、カージナルの右手は黒く焼けただれ、痛みを堪えながら、フェルメールに“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”を渡した。


「ほれ、“フェル”。“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”だ」

「でも、“カージー”。右手が!」

「こんな火傷、“フェル”の窮地を救えたと思えば、どうってこと…」

「治してやりたいけど、ガーネット君にかけた回復術の疲労が…」


ガーネットへの回復とフェイランの蛇腹剣のダメージで回復術もかけられないセージが途方にくれた所で、新たな介入者の声が聞こえたのはその時だった。


「“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”を取り戻したようだな」

「誰だ、アンタ?」

「久しぶりだな、フェルメール。“希望の奇跡”、我が娘よ」

「え?」


三人の前に現れた新たな介入者は、フェルメールにとっては忘れるわけはない顔と声だった。


「お…父さん?」

「お父さん?“フェル”のお父さんかい?」

「ああ。私はサックス。覚えてくれて何よりだ」


お父さん―サックスの登場に、フェルメールの目から涙が零れ始めていた。五年前、自分を残して“平原の村”で別れたあの頃から、会いたかった父親に言いたい事が山ほどあったからだ。


「お父さん。どうして…」

「フェルメール、すまない。あの時はお前の素性を守る為に、仕方なくやった事だ。情けない父親を許しておくれ」

「あの…重傷の俺を差し置いての感動の再会中も何ですが…」

「おっと、すまない。立てるか?」

「ああ。そういや、さっきからフェイランの蛇腹剣が来ないな?」

「大丈夫だ。この霧では、例え奴が“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”を要しても防いでくれる」


感動の親子再会に口を挟むカージナルに我に返ったサックスは、カージナルを起こし、セージと共に撤退準備を始めた。


「フェルメール。私はこの霧に乗じ、二人を連れてこの場から撤退する。一人になるが、お前はフェイランを倒すことだけを考えろ。お前の諦めない「希望」があれば、奇跡はお前に微笑む」

「分かったわ。二人をお願いね、お父さん」


カージナルとセージをサックスに託し、残ったフェルメールは未だ霧が立ち込める場で精神を集中し始めるや、どこからか声が聞こえてきたのはその時だった。


『ただいま…は、まだ早いかな。“フェル”』

『まったく、私の「氷」と「水」の力の霧が無かったら、どうなっていたか…』


声は二つからだった。一つは懐かしいあのレインの声。もう一つはレインを喪い、絶望し掛けた自分を奮い立たせ、この霧を出したラピスの声。


『しかし、二十九年前の「四度目の奇跡」とは違う「真の四度目の奇跡」がもうすぐ具現するとは』

『やっぱり、“フェル”には仲間達がいたんだ。周りを見てよ』

「周り?」


レインとラピスの声にフェルメールが目を開けると、手に持っていたはずの“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”が、赤・橙・黄・緑・水・青・紫の七色の光の球体として彼女の周囲を回っていたのだ。


『まさか、こうも都合よく…本当に貴方は、「絶望」の私には無かった仲間達に巡り会えたものね』

『だから諦めないで、“フェル”。仲間達への思い、無駄にしないで!』

「そうね。レインやラピスさんから託されたんだし、お父さんや“カージー”にセージ、みんなの為にも、絶対に諦めない!私は、“絶望と希望の奇跡”だから!」


フェルメールの思いに応えるかのように、七色の光の球体がフェルメールの元へと集まっていった直後、目を庇いたくもなるような白い光が、辺り一面を照らし出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る