第54話 9-6 真の四度目の奇跡

「兄貴!」


エクアの突然の介入から決着までの間、見守っていたフェルメール達にとってはあまりの一瞬の出来事で把握に時間がかかったが、ガーネットの鉄拳でラーニアが壁まで吹き飛んだ事による土煙を上げながら最初の静けさへと戻ってきた所で、決着したといち早く気付いたカージナルが、今にも倒れそうなガーネットの元へと急いで駆け寄った。


「兄貴!大丈夫か?」

「うっせぇ、“カー坊”!ちいっと、血を流し過ぎただけじゃ…」

「ですが、酷い傷です。今治しますから」

「助かるぜ。フォレスト…」


カージナルからの問いかけに大声で返すガーネットだったが、ラーニアへのトドメの鉄拳で、妖刀・ミヤネで本気を出したラーニアに防戦一方だった頃の傷口から血が出てる所を見て、急いでセージが治療を始める中、ガーネットは直ぐ傍で決着の瞬間を目撃したエクアに向けて再び大声を上げた。


「何しに来たんじゃ、黒族!スカーレッド小母さんが心配しとったぞ!」

「わ、私はあの地震で、ラーニアが心配になって…」

「成程ね…って、そうだ。そのラーニアは?」


どうやら、“色族首都”でフェイランが仕掛けた黒球をレインが防いだ事による“活気ある港町”まで及んだ地震から嫌な予感がしたのだろうエクア失踪の謎が解決した所で、話はラーニアの安否に変わったが、吹き飛んだ壁から上がる土煙は未だ晴れず、ラーニアの姿は確認できない。


「ちとやり過ぎたか…でも、ああするしかなかったんじゃ」

「確かに。このままでは、間違いなくラーニアの凶刃でエクアは死んでいた。分かり合えないまま…」

「ですが、流石にあれでは…ん?」


壁まで吹き飛んだ程のガーネットの鉄拳では、ラーニアが無事では済まないのではとリアティスが心配したその時だった。もうすぐ晴れようかという土煙からうっすらと立っている人影が確認できたのだ。


「嘘?あれで立ってるなんて…」

「恐らく、妖刀・ミヤネには身体能力を向上させる副作用もあったのだろう。吹き飛ばされた上、壁に叩きつけられても立っていられる程とは…」

「って、冷静に分析してる場合ですか?リクさん!」

「待って、色族。もうラーニアに戦闘意志はない。よく見て」


ガーネットの鉄拳で壁まで吹き飛んでも立っているラーニアに一同が驚く一方、冷静に分析するリクに、フェルメールが慌てて武器を構えようとしたが、エクアが一行を止めた。よく見ると、ミヤネの副作用のおかげで何とか立っているだけのようで、両腕も最早上げる力もなくただ垂れ下がっている中、破れている右の服から銀色の物が露わになった。


「あれって、義手?」

「ラーニア!」


重傷のガーネット以上に立っているのが精一杯で、最早立ったまま死んでいるのではないかという棒立ち状態のラーニアに、エクアが真っ先に駆け寄り、ラーニアからの不意打ちに備えてジーンとリクも帯同するが、不意打ちもなくエクアはラーニアの元へと辿り着いた。


「ラーニア、しっかりして!ラーニア!」

「ア…エ、ク…ア…エク…ア…エクア?」


エクアからの呼びかけに、ラーニアはエクアの名前を何度も呟きながら、ようやく意識を取り戻したが、最初に発した言葉は、やはり裏切り者に対する唇裂な言葉だった。


「何で…何であたしの前に、色族の前に現れたのよ…出会ったあの時から、親を失ったあたしの唯一の望みだった友までも失ったあたしの気持ちなんか…」

「そう。向こうではそう伝わってたのね…ラーニア聞いて。貴方が“風の渓谷”で血まみれだった右腕を義手に変える程の大怪我で意識不明だった頃、私はソルと南部地域の火山地帯で色族と戦ったわ」

「知ってる…それで、あたしを裏切ったのでしょ?」


エクアは、ラーニアが意識不明の間に起こった火山地帯での出来事をラーニアに語るも、フェイランから聞かされた内容通りでラーニアは素っ気なく返したが、その後のエクアの話は、ラーニアには知らない内容だった。


「火山地帯で色族と交戦しようかという時、ソルが突然反逆し、私ごと色族を倒そうとしたけど失敗。ソルは色族に倒され、形勢不利と悟った私は火山地帯のマグマに身を投げようとしたが、貴方に負けた色族によって止められた。「誰かが死ぬ所は見たくない。居場所を失う所を見たくない」と。色族からの説得で助けられた事が裏切り者と呼ばれようと、私はそれでもラーニアの友達よ。貴方の居場所は私が守るわ」

「友…達…エクア。あたしは、皆が普通に暮らせる世界が欲しかっただけなのに…う、うう…うわぁあああああん~」


フェイランから聞かされた報告とは知らない内容と、裏切り者と言われようと友達と言うエクアに、ラーニアの目からいつしか涙がこぼれ始めては、それまで抑えていた感情を爆発させ泣きじゃぐった。その姿は、エクアを裏切り者と呼んだ復讐鬼から普通の少女へと戻っていった。


「おうおう、ラーニアとやら。その黒族と一緒にスカーレッド小母さんの所に一緒に来んか?子供の頃、ワシの身勝手でオヤジを喪って身寄りのないワシと“カー坊”を育てたんだ。お前が思う色族とのイメージとは大違いじゃ。ワシが保証する」

「色族に言われるのは癪だけど、あの色族の言う通り、スカーレッドさんは良い人よ。ラーニアのかつての母親代わりには十分ね」

「うん…うん…」

「これにて一件落着ってか?」

「そうね。よかった…」


ガーネットを交えたエクアとラーニアの和解に、ホッと胸を撫で下ろしたフェルメールとカージナルだったが、一方でセージからの回復が終わったガーネットの方は、見た目は傷一つないラーニアとの戦闘前の状態から立ち上がろうとするも、直ぐに膝まついてしまった。


「アレ?おっかしいなぁ。フォレストの治療で万全のはずじゃのに…」

「あの妖刀・ミヤネに斬られた傷の影響でしょう。刀身に身体を麻痺させる何かが仕込んでいたのか…これでは、当分安静にした方がいいかもしれません」

「くそっ、今すぐ“カー坊”と共に、フェイランに一発ぶちかましてぇのに…」

「兄貴、リクさんの言う事を聞いてやれ。自ら進んで戦った結果だし、今のままじゃ、間違いなく足手纏いだ。それに、お前には見届けなきゃいけないものがあるだろ?」

「“カー坊”…確かにな。ああ言った以上は、ワシが最後まで見届けなきゃな」


ミヤネの斬撃による影響で、セージの回復術だけでは治せない体の痺れを押してまでフェイラン討伐に加勢しようとするガーネットだったが、和解したエクアとラーニアを見てまだ死ねないと思い、ここは我慢する事にした。


「では、少なくとも帰り道を知るリクさんと、回復術が使えるセージ先輩と医者のリアティス先輩も同伴した方がいいですね。となると、この先は自分とフェルメールさん・カージナルさんの三人で…」

「いや、ジーンも戻れ。この先は、僕と“フェル”と“カージー”で行く」

「先輩!?ですが…」


ガーネットの脱落により、この先の上層部に誰が行き誰が戻るかをジーンが模索するも、セージの決断に、ジーンはガーネットへの回復術による疲労で異議を唱えようとしたが、リクが止めては、セージら三人にある助言を伝えた。


「隊長命令なら、従いましょう。フェイランの束縛術ですが、目を見ない事を薦めます。発動の瞬間を見逃さなければ、束縛術は受けません」

「知りたかった攻略法をどうも」

「気を付けて、セージちゃん。“フェル”ちゃん。“カージー”ちゃん」

「ああ。行くよ、二人共」

「了解。隊長」

「ええ。行こう」


怪我人のガーネットにエクアとラーニアをジーン達に託し、フェルメール・カージナル・セージの三人は、一路フェイランが居ると思われる上層部へと足を進めた。

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