第53話 9-5 真の四度目の奇跡
「ようやく来たのね、色族。“裏切り者”のエクア=セフィーロは何処なの?」
「貴方は…」
無数の投げナイフを仕掛けた敵―ラーニアは、既に腰に携えた二本の刀のうちの片方の刀を抜き、上層部へと続く回廊を塞ぐ門番の如くフェルメール一行を待ち構えていたが、セージが分析していた投げナイフを持っては、敵の発言の矛盾を突きにラーニアにある推測を唱えた。
「君は、確か“風の渓谷”にいた…では、あの時共に居たはずの“裏切り者”が使っていたはずの投げナイフを、どうして君が持っているのかな?」
「だ、黙れ。色族!これはあたしのだ!あたしのナイフだ!エクアのものじゃない!」
セージがラーニアに向けた推測に、ラーニアは自分に言い聞かせるように否定しては、更に隠し持っていた投げナイフでセージを狙うも、その攻撃はカージナルの双剣で容易く迎撃された。
「セージ。一体どういう事だ?」
「恐らく、“風の渓谷”で共に居たはずのエクアを、火山地帯でガーネット君が助けた事で「色族から寝返った裏切り者」と見なしているのだろう。だけど、彼女が使っていたはずの投げナイフを使っているという事は」
「まだ、エクアに対する情が残っているという事ですか?」
「でも、こんな状態じゃ…」
敵である色族からの推測なぞ惑わしの如く否定するラーニアに、何とか話し合い出来ないかとフェルメール達が考える一方、一人黙っていたガーネットが、この膠着状態から破る発言をしたのはその時だった。
「フォレスト。この喧嘩、ワシが買う」
「ガーネット君!?」
「ファウンテン山のマグマに投身自殺をしようとしたエクアを助けたのはワシじゃ。あの時はエクアの居場所を守ろうと躍起になってたが、どうやら色族に助けられた事が逆効果になったのなら、ワシがケジメを付ける!“カー坊”、邪魔すんなよ」
「兄貴…分かった。負けんなよ」
「おう。負けるつもりはない!」
ラーニアとの「喧嘩」に名乗り出たガーネットにセージが反応し、実の兄であるカージナルも、突然の独断宣言のガーネットの威圧と覚悟に、一拍置いての許可からガーネットが一行の前に出るや、早速ラーニアに挑発を仕掛けた。
「おうおう、黒族!お前が「裏切り者」と言ってるエクアとやらを裏切り者に仕立て上げたのは、このワシじゃ!」
「やっぱり、色族か。あたしの大切な物は、昔から色族のせいで壊された。家族も、友達も、そしてエクアも…だから、あたしが色族の大切な物を壊す!まずは、お前からだ!」
ガーネットからの挑発に乗るや、ラーニアの姿が一瞬にしてガーネットの眼前に出現し、刀で斬りかかるも、ガーネットは己の拳で易々と受け流してはラーニアに向けて鉄拳を仕掛けるといった序盤の二人の攻防は、徐々に「漆黒の風」と言われていたはずのラーニアのスピードが、尽く己の拳だけで迎撃するガーネットのパワーに圧倒される予想外の展開となっていた。
「どうした!どうした!裏切り者を殺そうとする復讐鬼はそんな程度か!」
「くっ、こんな力馬鹿な色族に「漆黒の風」と言われたあたしが押されるなんて…いいわ。力には力。なら、真の力を持つ刀の方で全部壊してやる!」
このままではこちらが不利と覚ったラーニアは、一旦間合いを離し、今し方使っていた刀を投げ捨てては、もう一方の帯刀状態だった刀をゆっくりと抜刀した。刀身が先程の刀とは明らかに禍々しい真っ黒な刀を見て、ここまで一騎打ちを見守っていたフェルメールが一瞬怯んだ。
「何、あの真っ黒い刀…」
「あれは、妖刀・ミヤネ。自身の絶望の力と命を吸収して扱えるようになる妖刀と聞きます。「漆黒の風」の通り名になっても、この刀はずっと帯刀状態だったと聞くが、恐らく今までは抜刀すら出来なかったのでしょう」
「で、それが抜刀されてるという事は…気を付けろ、兄…!?」
リクの解説を聞くカージナルがガーネットに注意をかけようとしたのと同時に、周囲から殺気が襲っては、殺気の大元であるラーニアの周りにいつしか黒いオーラが出始めていたのだ。
「お父さん。あたしは、この刀の禁忌の力…アレを、使わせてもらいます。「我『ミヤネ』ノ現主ラーニアハ真ノ力ヲ求ム…」」
ぶつぶつと呟きながら念じ始めたラーニアが何かを唱えた後、ミヤネの刀身を自身の手に傷付け、手の傷からラーニアに応えるかのように、何処からか声が聞こえたのはその時だった。
(アタシノ大切ナモノヲ壊ス奴ハ皆消エテシマエ)
「声?どこから…!?」
何処からか聞こえた声に不思議がるフェルメール達だったが、それが合図だった。
突然放たれた衝撃波が相手のガーネットや、外野のフェルメール達に向けて襲い掛かって来たのだ。一行は間一髪で回避するが、先程まで一行がいた場所の後ろに外か見える大穴が空いていた。
「何じゃ、今のは!?」
「これが、妖刀・ミヤネの力…」
「来るぞ、兄貴!」
「何。この拳で…ぐあっ!」
ラーニアのもう一方の刀であるミヤネの真の力に圧倒される一行だったが、当のガーネットにその暇はなく、またも一瞬に間合いを詰めたラーニアに拳で迎撃を試みるも、先程の刀とは比べ物にならない程の衝撃でを味わい、形勢はあっという間に逆転してしまった。
「クソッ、奴の動きがさっきとは全然違う…」
「兄貴!このままじゃ…」
妖刀・ミヤネで豹変したラーニアの怒涛の攻撃に、いつしか己の拳を主力属性「地」の力で防御に変えて身構える事しか出来ず、ラーニアの攻撃を受け続けるだけの防戦一方のガーネットに、カージナルは加勢に行きたい苛立ちを抑えようとする中、ラーニアは傷だらけのガーネットにトドメを刺そうと、ミヤネに力を溜め始めた。
「見タカ、色族!コレガアタシノ真ノ力ダ!フェイラン様ノ“絶望ノ奇跡”ノ糧ニ、マズハオ前ヲ殺ス!ソシテ、エクアヲ…」
「ぐ…くそぉ…!」
ラーニアの勝利宣言から、攻撃による傷だらけでボロボロのガーネットは、このままミヤネのトドメの攻撃にやられようかとしたその時だった。ここまでの戦況を見守っていたフェルメール一行ですら気付かない程、いつの間にか現れた黒い影が横切っては、ガーネットの前に守るようにして立ちはだかったのだ。
「お願い、ラーニア。もうやめて!私よ。エクアよ!」
「エ…クア…?」
フェルメール一行の前に現れた黒い影の正体―エクアは、ラーニアに説得を試みるも、裏切り者への復讐の矛先がこちらから出向いた事が逆効果になってしまった。
「何故…何故、アタシノ前二現レタ!エクアァアアアアア!」
「ラーニア!?」
「うぉおおおおお!どきな!黒族!」
裏切り者であるエクアの登場で、最高潮となったラーニアの怒りは、力を溜めたミヤネをエクアに向けて斬りかかろうとするも、ここがチャンスとばかりに、力を振り絞ってガーネットがエクアの前に立つや、真剣白羽取りの形でミヤネを受け止め、文字通りエクアを守る壁となった。
「色族…何を!?」
「ドケェエエエエエ!色族ゥウウウウウ!」
「どかん!お前の相手は、このワシじゃ!」
「ナラ…オ前ヲ殺シテ、エクアヲ殺ス!」
「やれるもんなら…やってみやがれ!」
そう言うや、ガーネットはラーニアの足を踏んづけて白羽取りを解いては、先程までの防戦一方から一転、怒涛の「地」の拳の連続攻撃でラーニアのミヤネとの剣劇に持ち込む中、ガーネットの「地」の拳の一撃が、ラーニアのミヤネの刀身を跡形もなく砕け散らせた。
「ナ、何ィイイイイイ!?」
「こんのぉ…喰らいやがれぇえええええ!」
ミヤネの刀身が折れた事で、手ぶらになったラーニアの隙を逃さじと、ガーネットは喧嘩で培ってきた渾身の「地」の鉄拳をラーニアの腹へと突き刺した。鉄拳を完全に受けたラーニアは、口から血を吐きながら、体は風に舞う木の葉のように、一直線に壁へと吹き飛んでいった。
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