第49話 9-1 真の四度目の奇跡

“黒族首都”・クロム城前は、文字通りの黒山の人だかりに溢れていた。

無数のクロム城兵士達…ではなく、フェイランに心髄する反国王派の面々が見る視線の先には、フェイランが色族女王・アザレアとの和平会談で“色族首都”に赴いたはずの黒族国王・ブラックが黒族を嫌う色族によって襲撃され、急遽駆け付けた時には、既に事切れていたと反国王派に向けて演説している所だった。


「黒族を憎む色族によって、黒族国王・ブラック王の死で和平会談が事実上決別した今、色族に情け無用!今こそ、亡き国王の仇…いや、色族によって止まってしまった二十九年前の続きを動かすべく、色族に裁きの奇跡を!」

『オーッ!』


色族とは好意的で和平を考えていたブラックの死を利用したフェイランからの事実上の宣戦布告に、地鳴りのような大声で士気を上げる反国王派に、フェイランは掌に持つ“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”に漂う「絶望」の色を感じ取っていた。


「ククク…絶望が伝わって来る。流石“絶望の奇跡”のレインボウ・アイだ。“希望の奇跡”を殺せなかったのは心残りだが、先に“開戦しなかった戦争”の続きを起こせればいい。もうすぐだ。もうすぐ…」



「…ジナル!…ージナル!…カージナル!起きなさい!」


誰かが自分に向けて何度も呼び続ける声に、また“フェル”が起こしに来たのかと思いながらも、我慢に耐えかねて目を開けたカージナルが見た光景は、フェルメールではなく意外な顔だった。


「…んだよ。“フェル”も知ってんだろ。俺は徹夜で寝てねぇんだ。もちっと寝かせ…って、えっ?スカーレッドさん!?どうして、“色族首都”に?」

「カージナル、エクアさん見なかった?」


フェルメールではなくスカーレッドが、“活気ある港町”ではなく“色族首都”のカージナルがいる宿屋の部屋にいるという予想外の出来事に、起きた事による寝ぼけ気味だったカージナルの目が一気に覚めた。


「エクア?アイツに何かあったのか?」

「“活気ある港町”で起こった地震の直後に突然居なくなって、まさかと思って“色族首都”に来たんだけど…その様子では来てないようね」

(地震?あの影響がここまで来てたんだ…)


地震―“色族首都”でフェイランが“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”の力による黒球をレインの捨て身で阻止した影響が、遠く離れた“活気ある港町”まで及んだ事に、エクアが“色族首都”方面に向かったのかと思っていたスカーレッドの予想は外れた中、カージナルはとりあえず話を纏め始めた。


「ま、まあ、ここでガッカリしても仕方ない。兄貴や“フェル”達は?」

「今は一階にいるはずよ。ところで、フェルメールさんの髪や目の色が変わっていたけど?」

「あ、ああ。それも話は一階で…」


どうやら、自分が最後だったようで、流石に寝てはいられんとばかりに、カージナルも急ぎ身支度を始めた。



「おう、遅いぞ。“カー坊”!」

「悪い悪い。まさか、スカーレッドさんが“色族首都”に来てたとは…って、セージとジーンさんとリアティスさんは?」

「「リアティスさん家に行く」と言って外に出て行ったわ」

「リアティスさん家?…ああ、そういやまだだったな」


既に宿屋の一階に居たフェルメールとガーネットに、スカーレッドと共にやって来たカージナルはこの場にいないセージ・ジーン・リアティスの存在を問うも、フェルメールの返答で直ぐに察した。


「しかし、無事にリアティスさんは見つかったようだけど、その後、大変な事があったのね」

「ああ。フェイランの野郎が、二十九年前の“開戦しなかった戦争”の続きをしようと、黒族の王を殺したそうじゃ。そのせいで、ボウが…」

「兄貴。お前も見ただろ。レインは死んでない。今の“フェル”が実証してるだろ」

「お、おお。そうじゃったな。“カー坊”」


フェイランの件で熱くなりかけたガーネットにカージナルが宥めながらも、“活気ある港町”でのあの後、“雪国の町”でリアティスを見つけ、“色族首都”帰還時に丁度アザレアとブラックによる和平会談前だった所をフェイランから語られたフェルメールの正体、そしてレインの死から夜中に起こった二十九年前に死んだラピスとのレイン・カラーズの未来を賭けた決闘話をスカーレッドに全て話した。


「成程ね。フェルメールさんには色々辛かったろうけど、レインさんを喪った悲しみをすぐに乗り越える辺り、強くなったのね」

「はい。“カージー”や仲間達がいたから。それに、私は諦めが悪いしね」


“活気ある港町”で初めて会った時は水色で左掛けのサイドポニーテールの青目だったのが、いつの間にか銀髪で後ろ掛けのポニーテールの水色と青目のオッドアイになっていたフェルメールの謎も解決した所で、スカーレッドが恐る恐る本題へと入り始めた。


「で、これからどうするの?まさか、フェイランと?」

「ああ。レインの“絶望の奇跡”を奪ったフェイランを倒す方法が、“希望の奇跡”のフェル”である以上、俺達も“フェル”のサポートとして戦うつもりだ。二十九年前の“開戦しなかった戦争”の続きを目論むフェイランの思い通りにはさせない」


カージナルの揺ぎ無い決意は、ガーネットやフェイランを倒せる鍵でもあるフェルメールにも伝わり、生半可な覚悟ではない事を感じ取った。


「分かったわ。それなら止めないけど、なら約束して。必ず生きて帰って来て。私を一人にしないで」

「スカーレッドさん?…ああ。約束する」

「おう。ワシも死ぬつもりなんてない!」

「“希望の奇跡”となった私と“カージー”達でフェイランを倒してやるんだから!」


涙目のスカーレッドに、カージナルはフェルメールとガーネットと共にスカーレッドを励ますも、カージナルは内心ある不安を拭いきれなかった。


(そういや、まだフェイランの「地」の束縛術の打開策が分からない以上、“フェル”が“希望の奇跡”になったとはいえ、それだけでは無事で済むわけはないだろう。ラピスさんがフェイランを倒す方法は“希望の奇跡”と俺達仲間の存在と言ってたが、もし“フェル”に何かがあった場合、仲間である俺達に何か出来ないのか?何か…)

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