第48話 8-6 絶望と希望

光が止んだ場所は、月明かりが広間を照らし出すエルム城の広間だった。


「ここは…エルム城?」

「わたくし達、戻って来たのでしょうか?」

「そんな事より、スカイはどうなったんじゃ!色んなモン見せられた上に、良い所で光が邪魔しやがって!」

「落ち着いて、ガーネット君。“フェル”なら」


カージナルらもまたフェルメールと同じくラピスが作り出した「絵」に誘われ、二十九年前の「希望」溢れる友との出会いからの凄惨な「絶望」や、“開戦しなかった戦争”の真実、そして白い紙に絵が描かれたかような空間でのフェルメールとラピスの決闘の決着直前の良い所で、突如光に包まれて何がどうなったか把握できずに今に至っているが、いち早く把握したセージが指さす方向に、フェルメールとラピスの二人がいた。ラピスの「氷」の束縛術で足が未だ動けず遠目からだが、よく見るとフェルメールが持っているラピスの剣から赤い液が何滴か滴り落ち、恐らく迎撃の体勢だろう何も持っていないラピスの体には、フェルメールに斬られたと思われる傷と赤い染みが確認できた。つまり―


「“フェル”が勝った…のか?」

「ああ。「希望」が「絶望」に勝った…奇跡の勝利だ」


アザレアがフェルメールの勝利を確信した直後、カージナルらの足元に仕掛けられた水色の魔法陣が解かれ、急に動ける状況に驚きながらも、カージナル達は一目散に今にも倒れそうなフェルメールの元へと駆け寄った。


「“フェル”!お前、ホントスゲェよ!俺は、俺はなぁ…」

「“カージー”、泣いてる…“泣き虫カー坊”みたい…」


子供時代のあだ名だった“泣き虫カー坊”のような泣き声混じりの声で、決闘の勝利者となったフェルメールを褒め称えるカージナルにフェルメールは小さく笑う中、決闘の敗北者となったラピスはフェルメールに斬られてから彫刻のように動かなかったが、沈黙を破る小声からようやく自身が敗れた事実を認め、負けを認めた。


「フフフ、ハハハ。私の、「絶望」の負けね。やはり「希望」には敵わないか。改めて、“希望の奇跡”こともう一人の私・フェルメールよ。“初めましてはおかしいか?”」

「え?」


(初めましてはおかしいか?)


ラピスがにフェルメール向けて差し出した手よりも、最後に発した台詞を思い返すフェルメールは、“平原の村”で見続けた夢でいつも遭遇する人影と同一人物という事に気付いた。


「やっぱりあの空間に居たのは貴方だったのね、ラピスさん。いや、レイン…」


ラピスが差し出した手をフェルメールはしっかりと握り、「絶望」と「希望」の奇跡の二人によるレイン・カラーズの未来を賭けた決闘は、“希望の奇跡”―フェルメールの勝利によって幕を閉じた。



「絶望」と「希望」の奇跡の二人によるレイン・カラーズの未来を賭けた決闘が終わってまず最初にした事は、回復術を使えるセージによるフェルメールとラピスの治療だった。当初ラピスは拒否していたが、セージが「例え亡霊だろうと、今ここにいる以上は僕達と同じ」と聞く耳持たずにラピスも治療をし、たちまち二人の傷は癒えていった。


「ありがとう。セージ」

「セージさん。感謝します」


セージの回復術によって、決闘開始時までに回復したフェルメールとラピスに、ふとラピスは、決闘の敗因となった「仲間」を再び思い起こしていた。


「まさか、二十九年前に友を―仲間を喪い、絶望に浸った“絶望の奇跡”の私が、仲間を信じ、運命を書き換えようとする“希望の奇跡”に負けるとはね…」

「いや、もうラピスさんは一人じゃないよ。私や“カージー”、みんながいるから」

「だな。それに、あの絶望の件で全てを喪ったと言うが、ならアンタと共に絶望から生存したアザレア女王様は?アザレア女王様を守る為に、あの“開戦しなかった戦争”の「四度目の奇跡」とやらを起こしたんじゃないのか?」


二十九年前に死んだ友―アイボリーとセピアに代わる新たな仲間としてラピスを受け入れるフェルメールや、カージナルのラピスが否定した「四度目の奇跡」の真意に、ラピスの目にいつしか涙が溢れ始め、彼女の視界の先にいたかつてのかけがえのない友であり、今は色族を統べる女王であるアザレアらに涙声で謝罪した。


「そうか。何でそこまで考えなかったんだろう…絶望に浸っていた私にも、希望はあったんだ…カーマインさん、ごめんなさい…アイボリー、セピア、ごめんなさい…」

「よい、我が友よ。あの時は絶命して言葉では伝えきれなかっただけだ。気にするな」


友の死に絶望するあまり、唯一の希望であったアザレアの気持ちまで考えていなかった事に気付かされたラピスの謝罪を、アザレアは二十九年越しに赦した所で、ラピスの体が光り始めたのはその時だった。


「何じゃ!ラズーリの体が!?」

「どうやら、「絶望」の私と入れ替わりに現に蘇ったのは、あの時告げられなかった事で成仏し切れなかった事かもしれない。それが叶った以上、そろそろ時間のようね」


ラピスが察した光の正体に、フェルメールとの決闘の事ばかりを考え、肝心のフェイランを倒す方法を聞き忘れていたカージナルが途端に慌て始めた。


「え?ちょっと待て。まだフェイランを倒す方法を聞いてない!」

「方法なら、「絶望」の私に勝った“希望の奇跡”と仲間の存在が握っている。安心して。私は貴方達と共に、“希望の奇跡”が描く絵の結末を見届けるだけだから…」


光を発しながら徐々に薄れゆくラピスの姿と共にフェルメールの体も光り始め、ラピスの光がフェルメールの元へと集まっていく。


「“希望の奇跡”。貴方の諦めない「希望」を失わなければ、運命は書き換えられる。だから、「絶望」に負けないで。信じてるから…“フェル”」


最後にフェルメールにしか聞こえないような小声でレインの面影を感じ取った所で、ラピスの光とフェルメールの光が融合し、光が止んだフェルメールの姿は、水色だった髪が銀色に変わり、目も右は青目のままだが、左が水色目のオッドアイへと変化した。


「やったな。“フェル”」

「うん。“カージー”やレイン、みんなが居たから絶望に屈さずに頑張れた。この姿はその証かもしれない」


レインことラピスと融合し、“希望の奇跡”に目覚めたフェルメールの新たな姿に、カージナルら仲間達の反応も様々な中、エルム城の窓から光が差し込んで来たのはその時だった。


「夜が明けたようですね」

「何か、夢でも見てたような気じゃな」

「二十九年前に死んだ人が現に蘇ったなんて、普通に考えれりゃ夢でしょうね」

「でも、夢じゃない」

「ああ。“フェル”がその証拠だ」


宿屋でラピスとの出会いからの決闘が終わり、気が付けば夜が明けたようで、朝日がエルム城を照らし始める中、レインを喪い戦意喪失した姿はもういないフェルメールは、ポケットからレインの髪飾りを取り出し、朝日に向かって誓った。


「レイン、ラピスさん。見ていて。「絶望」が「希望」に勝つ奇跡を、私が起こして見せるから」

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