第47話 8-5 絶望と希望
目を開けると、そこは真っ白な空間だった。
倒れているのか浮いているのか分からない感覚の中で、フェルメールはそこにいた。
一瞬の油断から生まれた不意打ちからラピスに斬られてしまったフェルメールには、先程から嘆きしかなかった。
“風の渓谷”でエクアとラーニアの黒族との戦闘から、戦闘経験もなかった自分にカージナルと共に鍛錬して戦える力とレインを守る自信を得たつもりが、結局レインを守れず、エクアとラーニアを追い払った大技もラピスには通用せず、積み重ねたはずの力と自信が一瞬にして崩れてしまった瞬間だった。
これでは、“絶望の奇跡”を持つフェイラン撃破はおろか、レインに続く犠牲者がカージナル達にも…自問するフェルメールに、どこからか足音が聞こえたのはその時だった。足音はだんだんとこちらに向って近付いて行く。
最早フェルメールに戦意は無かった。「いっその事、私ではなくラピスさんに任せようか…」そう感じてしまう程、足音の正体であろうラピスが自分にトドメを刺すのだろうと思い、その時を待った。
「起きて。“フェル”!」
だが、足音はフェルメールのすぐ近くまで来た所で止んだが、最初に発した声はラピスの声ではなかった。
「え?レイン!?」
予想外の声に驚いたフェルメールが声を発する方向へと起き上がると、そこにはレインがいた。死別する瞬間まで一緒にいた、“平原の村”から出会った時と変わらないあの姿で。
「もう、“フェル”ったら。しっかりしてよね」
そう言うや、レインはフェルメールに向けて手を差し出し、まさかレインから手を差し出されるとは思わなかったフェルメールは、最初は呆気にとられながらも、レインの手を掴み起き上がると同時に、真っ白な空間に突如「色」が付けられ、一つの「絵」が完成した。
そこは、レインと一緒に見た満点の星空が浮かぶ夜の“平原の村”だった。
「ねぇ、“フェル”。わたしや“フェル”の正体であるラピスさんの過去、見た?」
「う、うん…」
あの時と違い、今度はレインから話を切り出したラピス=ラズーリの過去―友との出会いから死骸となっての別れに泣きじゃくる姿や、二十九年前の“開戦しなかった戦争”の真実といった「希望」から「絶望」へと堕ちた半生が脳裏に思い起こされる。
「ラピスさんもわたしや“フェル”と同じ。自分が“虹族”と知らずに育ち、知った時はもう「絶望」の孤独にいた…」
自分に宿る“絶望の奇跡”の力欲しさにフェイランらに追われたレインや、自分の正体を知った直後にレインを喪ったフェルメール同様、二人の基であるラピスもまた、フェルメールやレインと同じ境遇なのだと改めて知った。
「でも、“フェル”との出会いで、わたしは“フェル”が勝つと信じてるし、「色」無き白い空間に「色」が付いて、“フェル”が描く「絵」だって描けるはず。それに今の“フェル”には、わたしやラピスさんには無いものがある」
フェルメールらとの出会いを通じ、フェルメールの勝利を信じているレインは、その先の言葉をフェルメールの耳元に向けてこう囁いた。
「それはね。“フェル”には、“カージー”やセージさんといった「仲間」がまだいるから、一人じゃないよ。わたしもその一人。だから、“フェル”。「希望」を諦めないで…」
その直後、レインから光が発し、フェルメールを優しく包み込んでいった。
目を開けると、そこは真っ白な空間だった。
視界の先には、今にもフェルメールにトドメを刺そうかというラピスがそこにいた。
だが、フェルメールの心は先程とは打って変わっていた。
私が負けたら、“カージー”や自分を後押ししてくれたレインの想いが無駄になる事を…
だから…
「私は…負けない!」
フェルメールの呼びかけに応えるかのように、突如「光」の壁が現れ、今にもトドメを刺そうと振り降ろそうとしたラピスの攻撃を防いだ。フェルメールの予想外の攻撃にラピスは驚くが、いつの間にか足元に紫の魔法陣が展開されている事に気付き、直後に上からの「雷」の追撃には間一髪で後方に回避したが、内心はあと数秒遅ければ確実に攻撃を受けていたぐらいの感覚だった。
「これは、一体?」
先程までレインを喪ったショックから抜け切れてない迷いや、「希望」から「絶望」に堕ちたラピスの過去を見せ付けられて戦意喪失となっていた人とは別人ともいえるフェルメールの迷いの無い目を、ラピスは確認した。
「吹っ切れたか、“希望の奇跡”よ。だが、それだけでは運命はまだ変わらない」
「いや、ラピスさんが決め付ける運命なんて変えてみせる。私やレイン、“カージー”達の「仲間」がいる限り!」
「何?」
フェルメールの「仲間」発言に、ラピスは未だ「希望」を模索するフェルメールに尚も攻撃を仕掛けようとするも、何処からともなくと現れた「炎」の斬撃と「地」の拳が立ち塞がって近付けず、いつしかラピスには迷いと苛立ちが交互に現れ始めた。
「まだ言うのか。私には「仲間」なんて、もう…」
「「希望」を捨てず諦めなければ、運命なんて書き換えられる。私には、まだ“カージー”達がいる。全てを諦めて「絶望」した貴方とは違う!」
ラピスの迷いを論破するフェルメールと同時に、白い空間に何処からか「風」が吹き始め、いつしかフェルメールの周囲には、赤・橙・黄・緑・水・青・紫の七色の光の玉が浮遊していた。
「もう、私は迷わない!「絶望」に浸りはしない!ラピスさんの凍て付く「絶望」も、私の「希望」が潤す!私は…」
(いいぜ。そのお前の諦めない「希望」。ホントお前は…)
『“希望の奇跡”だから!』
次の瞬間、フェルメールの姿が消えたと思いきや、ラピスの目の前に出現し、突然の奇襲にラピスは咄嗟に応戦して剣を交えた瞬間、白い空間が一気に晴れ渡り、そこから現れたのは、澄み渡る青い空と早く流れる白い雲、荒れ果てた茶色の大地が地平線まで続いている空間だったが、フェルメールとラピスにはそんな景色を堪能する暇もなく、決闘の方も、決意を込めたフェルメールの剣劇にラピスは徐々に押されつつあった。
もう迷わない。
だから、見てて。レイン。
これが私の、“虹族”としての自分を受け入れる一歩目を!
フェルメールの攻撃は、徐々にラピスの剣と盾を掻い潜り、ラピスにダメージを与えていく。そして、フェルメールの諦めない「希望」が、遂にラピスの剣を上へと弾き飛ばす事に成功した。
「私の…「希望」の勝ちだ!」
残された盾で迎撃態勢を取ろうとしたラピスよりも早くフェルメールは上へと跳躍し、弾き飛ばしたラピスの剣を掴んだ迷いの無いフェルメールの攻撃が、盾を真っ二つにしてラピスに致命傷を与えた次の瞬間、全てが白い空間に包まれた。
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