第46話 8-4 絶望と希望
「ここは…」
光が止み、条件反射で目を閉じていた状態から目を開けたフェルメールが見た光景は、今まで夢で何度も見ていた白い空間だったが、対面にはラピスがはっきりと見え、これは今まで何度も見ていた夢ではない事も認識した。
「ここは、「絶望」の私が作り出した「色」無き世界。それに、私は「絶望」であり「希望」でもある。私は貴方、貴方は私という事ね」
ラピスによる白い空間の正体を語り終えた所で、何もない白い空間に「色」が付けられ、やがて一つの「絵」が完成した。
(そういや、自己紹介がまだだったな。俺はアイボリー=ホワイトだ)
(私はセピア=ソルフェリノよ)
(わたしは…ラピス=ラズーリ…です)
(私はアザレア=カーマイン。しかし、君達は面白いな。気が合いそうだ)
最初の「絵」は、場所的に“色族首都”のどこかだろうか、カーマインと旧姓を名乗るアザレアと、対面に居た三人からアイボリーと名乗る男性、セピアと名乗る女性、そしてラピスがアザレアも持っていた木刀を持ちながら、もじもじと自己紹介している所だった。
「二十九年前、私はかげがえのない友と出会い、友と過ごした様々な出来事は、まさに「希望」溢れる日々だった。だが…」
その先をラピスが途端に黙り、暫くの間を置いた後、場の風景が次なる「絵」へと描き替えられた。
「ここは…!?」
次に現れた「絵」は、雨が降りしきる森林地帯と思われる開けた場所だが、眼前に見える光景にフェルメールは言葉を失った。何かの攻撃によって抉れた地面から、手だけ足だけ胴体だけの人と思われる遺体があっちこっちに散らばっており、この世とは思えないものだった。
「何、これ…」
一刻も早くこの場から立ち去りたい思いの中、ふと彼女の視線に、この地獄ともいえる場所に立つ生存者を二人確認した。一人は抉れた地面に座り込んでは、手だけの遺体を見て泣きじゃくっているラピス、もう一人はただ見ているだけしか出来ず、立ちすくむだけのアザレアと思われる人物に、先程の自己紹介の場面といい、その光景をフェルメールは覚えていた。正確には、記憶の断片として…
(ねぇ。こんな所で寝てたら風邪ひいちゃうよ。だから、起きてよ。アイボリー。セピア。みんな…起きてよ…起きて…よ…)
「この風景、この台詞。確か“平原の村”や“風の渓谷”で似たような光景を…」
「そう。私の記憶の大部分を持つ「絶望」の私が、何も知らずに生まれた「希望」の私に記憶を送っていたのだ」
“平原の村”でのレインとの出会いや、“風の渓谷”での絶体絶命の危機から出てきた身に覚えのない記憶へのフェルメールの疑問は、突然自分の横に現れたラピスによって解決し、ラピスの語りが尚続く中、場の風景はいよいよ最後の「絵」へと描き替えられた。
「色族と黒族の関係が最悪だった頃に起こった悲劇だ。私と共に難を逃れたカーマインさんと共に、友が爆発の光で消えて肉塊に変わる所を見た。そこに「希望」なんて存在しない。まさに「絶望」だけの場所だった…」
そして、最後に現れた「絵」は、曇り空で薄暗い平原地帯だったが、段々と聞こえてくる地鳴り音から現れた無数の騎馬軍団勢が大群となって目的の場所を目指して進軍していた。
「あの騎馬軍団、黒族だった…まさか!?」
フェルメールが二十九年前にレイン・カラーズで起こった“開戦しなかった戦争”の場面だと察した直後、黒族の騎馬軍団の進路の先に、一頭の白馬と白馬に跨った見覚えある人を確認したのだ。
「あれは、ラピスさん!?あぶな…」
「よせ。これは、「絶望」に浸った私が選んだ選択だ。心して見よ」
白馬に跨っている人がラピスと判明するや、止めようとするフェルメールをラピスが制す中、白馬を安全な所に逃がした二十九年前のラピスは、迫る黒族の騎馬軍団に向けて止まるよう両手を広げたものの、たった一人の抵抗では意味がなく、無情にも騎馬軍団は止まる事なくラピスを撥ね飛ばした。騎馬軍団に撥ね飛ばされて上空へと舞い上がる二十九年前のラピスにフェルメールは堪らず目を背けたが、直後薄暗かった平原地帯が昼間のような明るさとなり、明るさの元である空を見ると、まさに虹の精霊のような人が雲の間から現れ、眼下に見える黒族の騎馬軍団に向けて持っていた光の剣で薙ぎ払い、騎馬軍団の進行方向の先の地面に地割れのような亀裂を走らせるや、突然騎馬軍団の動きが止まり、急に180度向きを変えて反対方向へと進路を変えていった。
「凄い…」
“開戦しなかった戦争”の瞬間である光景を間近で目撃したフェルメールだったが、ふと空に浮かぶ虹の精霊をよく見ると、アザレア相手にもじもじと自己紹介していたり、遺体に泣きじゃくっていたラピスと同一人物という事に気付いた。
「あの虹の精霊…ラピスさんだったの!?」
「ええ。友を喪い、黒族を信じられなくなり、「希望」を無くし、「絶望」に包まれた私の末路。あれが歴史では「四度目の奇跡」とか語られているようだが、私にとっては奇跡でもなんでもない!」
突如ラピスが声を荒げると、フェルメールを背後から剣で斬りつけた。完全に油断していたフェルメールは最初何が起こったか分からず、決闘がまだ続いていた事を把握した時には、朦朧とし始める意識から持っていた長剣を落とし、膝まついていた。
「“希望の奇跡”、もう一人の私ことフェルメールよ。これが「絶望」だ。人一人喪った程度の貴方の「絶望」なんて比較にならない。フェイランが“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”を手にした今、いずれ私と同じ結末になる事は明白。運命は変えられない以上、貴方の命である“希望の奇跡”の“レインボウ・アイ”を私に譲り、ここで消えてもらう!」
朦朧とする意識にラピスの声も段々何を言っているのか聞こえなくなり、そのままフェルメールの意識は黒く塗り潰された。
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