第45話 8-3 絶望と希望
エルム城から見える月は、二十九年前と変わらなかった。
あの時は、絶望に浸った自分とかけがえのない友―アザレアとの別れの月だったが、二十九年経って改めて見ると、いつもの月よりも綺麗に感じた。
「綺麗…月って、こんなに綺麗な「色」も出すのね」
まだ瓦礫がいくつか散乱しているエルム城の広間で、瓦礫を椅子代わりにしてラピスがそこにいた。“絶望の奇跡”こと今までの自分であるレイン=ボウが死んだ事で黄泉帰り、“希望の奇跡”こともう一人の自分であるフェルメールとのレイン・カラーズの未来を賭けた決闘の場として選んだエルム城の広間で、決闘用に調達した剣と盾を愛でながら決闘の相手が来るのを待っていたが、それは直ぐに訪れた。
「来たか。“希望の奇跡”とその仲間達よ」
到着を確認する為に常時開放の正門扉から、決闘の相手であるフェルメールと彼女に同行するカージナル達がエルム城にやって来た所で、瓦礫を椅子代わりにしていたラピスも立ち上がっては、まず最初にカージナル達に忠告をかけた。
「いいのですか?“希望の奇跡”が負けて、私の代わりとなって消滅する所を見るかもしれないわよ」
「それがどうした?テメェが決める運命なんぞ知るか!スカイは絶対に負けんぞ!」
(わたしは、“フェル”を信じる…)
「覚悟は出来たという事か。いいでしょう」
ラピスからの忠告を代表としてガーネットが返した。他の仲間達も同意するその姿を見て、黄泉帰る寸前に会った今までの自分だったレイン=ボウも同じ事を言っていた事を思い出し、彼等の覚悟を再確認した所で持っていた剣と盾を構えた。
「おうおう。敵も臨戦態勢じゃな!腕が鳴るぜ」
「お言葉ですが、ガーネットさん。貴方ではなくフェルメールさんが主役の決闘なのをお忘れなく」
「そうですわよ。ガーネットちゃん」
「あの“カージー”に教わった成果、レイン君に見せ付けな」
「絶対に負けんじゃねぇぞ…“フェル”」
「みんな、私の緊張をほぐしてくれてありがとう」
ラピスの戦闘態勢に、ガーネットが戦うわけではないのに構えそうになる所をジーンとリアティスに止められ、カージナルとセージはフェルメールへの励ましに、ここまで緊張していたらしいフェルメールは落ち着きを取り戻し、仲間達の見送りと共にラピスの元へと歩み出したが、カージナルは未だに抜けきれない不安を、唯一ラピスを知るアザレアに問いかけた。
「女王様。あのレイン…じゃなかった、ラピスさんの実力って?」
「うむ。昔我が友と共に居た人達との悪ふざけから一度手合せした事があった。その時は、初見ではとても落ち着きが見えなかった人だったが、仕合が始まった途端、別人になったかのように童を追いつめた事を覚えている」
「何?それって…」
その先を言おうとしたカージナルの台詞を中断せざるを得なかった事態が起こったのはその時だった。フェルメール以外の仲間達の足元に水色の魔法陣が発生し、まるでフェイランが使っていた束縛術の如く、足が動かない感覚に襲われたのだ。
「みんな!」
「クソッ、一体どういう真似じゃ!」
「「絶望」と「希望」、どちらかが今後の奇跡を持つに相応しいか、レイン・カラーズの未来を賭けた決闘を見届ける覚悟は分かった。が、部外者である以上、邪魔立て無用。さて、始めようか。“希望の奇跡”よ」
突然の事態に混乱するフェルメールを尻目に決闘が始まり、先にラピスが仕掛けた。あっという間にフェルメールとの間合いを詰めて剣を振り下ろすラピスの攻撃を、フェルメールは咄嗟に長剣で受け止めて鍔迫り合いに持ち込むのがやっとだった。
「やっぱり。二十九年経って黄泉帰りしても、童を追い詰めたあの実力は変わっていない。剣の扱いはある程度心得ていた事が幸いし、何とか童が勝ったのだが、フェルメールは…」
ラピスの剣術を見て、あの頃と全く変わっていない姿にアザレアは驚きを隠せなかった。剣を持つと人が変わる性格だとしても、ちゃんと剣の扱いを心得ていたアザレアですら辛勝だったのを考えると、長剣の扱いに慣れた程度のフェルメールとでは実力差ははっきりとしていた。明らかにフェルメールの不利だと。
そんなアザレアの不安が的中する一方、鍔迫り合いの中、何とか状況を打開しようとするフェルメールの心中をラピスは見逃さなかった。
「貴方。まだ「絶望」の私を喪ったショックは抜けてないようね」
「な、何を…このっ!」
ラピスの台詞に反応し、フェルメールは力を強めてラピスとの鍔迫り合いに競い勝ったものの、半ばラピスが自ら後方に跳躍してフェルメールの攻撃を回避したようなものだった。だが、敵が体勢を立て直す前の好機と見て、フェルメールは長剣を上に掲げて精神を集中させた。
「ほお。“あの技”か」
「え?」
フェルメールは一瞬ラピスの言葉を疑った。いくら今まで共に居たレインの黄泉帰りした姿とはいえ、“あの技”の時のレインは確か…だが、そんな事を考えるよりも、今は“あの技”の完成をわざと待っているように見えるラピスとの決闘に勝つ事だけに集中し、やがて長剣の刀身が青く発光しては、そこから氷と水が徐々に物質化しつつあった。
「よし…これでも、喰らえ!」
“風の渓谷”でエクアとラーニアを追い払った“あの技”を、今度はラピスに向けてフェルメールは長剣を振り下ろし、そこから現れたまるで生きているかの如くな氷と水の龍が、真っ直ぐラピスに目掛けて突き進み、このまま行けば確実に攻撃が当たる…はずだった。
「だが…甘い!」
「!?ああっ!」
フェルメールの“あの技”の完成までわざと待っていたラピスは、避ける事なく剣と盾を構えた後、迫り来る氷と水の龍に向けて剣を一閃した。その斬撃は氷と水の龍をいとも簡単に霧散させる程の威力にフェルメールは絶句する暇もなく、そこからラピスが自分に向けて急接近する姿に反応が遅れ、ラピスの斬撃がフェルメールにダメージを与えた。
「“フェル”!馬鹿、いきなり大技仕掛けやがって!」
恐れていた事態に、大技の欠点を知るカージナルが叫び、攻撃を受けたフェルメールは長剣を杖代わりにして何とか踏み止まろうとするも、ラピスによる斬撃の想像以上のダメージによる出血から、意識が少し朦朧になりかけていた。
「くっ、ううっ…」
「私の斬撃を一回受けただけでこれでは…「絶望」の私を喪った悲しみを超えられない貴方には、まず見せるべきものを見せるべきか…」
ラピスがそう言うや、フェルメールとカージナル達を巻き込み、突然エルム城の広間が、あの時レインが“色族首都”上空の黒球を防いだ時と同じ真っ白な世界に覆われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます