第44話 8-2 絶望と希望
「気合いだけで、“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”を手に入れたフェイランに勝てるとでも?」
宿屋から新たに現れた客は、金髪で左束ねのフェルメールと対を感じさせる右束ねのサイドポニーテール姿、目の色は水色から色族の女性の到来に、散々自身の訴えが仲間達に聞き入れなかったガーネットの不満は、爆発寸前までに達していた。
「誰じゃ?余所者の分際で、どういう意味じゃ!?」
「聞こえてなかったら、聞こえる声でもう一回言いましょう。“希望の奇跡”ではない貴方達が束でかかっても、フェイランには絶対に勝てない」
「何じゃと!」
尚も冷たく忠告する女性に、ガーネットは頭に血が上っては女性に向けて鉄拳をかまそうとするも、女性は難なく回避し、回避するとは考えてなかったガーネットの体は、成す統べなく地面に転倒した。
「“ずっと共に居た”のに、この仕打ちですか?しかも、私にもあしらわれる程度では、尚更ね」
「ぐっ…今のは肩慣らしじゃ!」
「止めろ、兄貴。今は喧嘩してる場合じゃないだろ。アザレア女王様もいるんだし…アザレア女王様?」
猪突猛進なガーネットの性格を知るカージナルが、女性に再攻撃を試みようとするガーネットに注意をかけた所で、ふとアザレアの方を見ると、まるで何十年かぶりの再会に驚く顔の如くのアザレアを見て言葉が止まった。
「お、お主は…」
「な、何じゃ女王様。コイツを知っとんのか?」
「お久しぶりです。“カーマイン”さん。いや、今はブルーシードル女王様でしたね」
アザレアの驚く顔に気付いたのか、女性はアザレアに挨拶で返したが、“カーマイン”というカージナル達にとっては“ブルーシードル”で通っているアザレアの知らない名前に、ジーンが最初に反応した。
「“カーマイン”?」
「童の、二十九年前の旧名だ」
「二十九年前の旧名?そういや、二十九年前って、“開戦しなかった戦争”が起こった年じゃ…」
「じゃあ、まさか?」
“カーマイン”というアザレアの二十九年前の旧名から、セージが二十九年前のレイン・カラーズに起こった歴史と重ね合わせ、やがて一行が導き出された答えを、女性の名乗りで答えた。
「“カージー”、セージさん、ジーンさん、ガーネットさん、リアティスさん。貴方達には世話になりました。私はラピス=ラズーリ。二十九年前、レイン・カラーズで起こった“開戦しなかった戦争”を止め、今し方“レイン=ボウ”として貴方達と共にいた「絶望」だけの存在…」
女性―ラピスの名乗りにカージナル一行は驚きを隠せなかった。二十九年前に起こった“開戦しなかった戦争”の犠牲者や、レイン=ボウという名で今までカージナル達と共にいたという事実と反応は様々だった。
「まさか、二十九年前の“開戦しなかった戦争”の唯一の犠牲者が黄泉帰りとは。余程、現世に心残りでもあったんだな」
「黄泉帰り…確かに、二十九年前の黒族の“色族首都”侵攻で、“虹族”の私は“絶望の奇跡”として黒族の攻勢を削いだが、私の「色」―全ての属性を使い果たす程の力を使った事で、カーマインさんに最期を看取られて死んだからね」
「ああ。よく覚えている。童が主、我が友の最期を看取ったからな」
「そして、私が身を犠牲にしてまで食い止めた“奇跡”の今後を見極めるべく、私の主力属性である氷と水の残滓で、数年かけて“絶望の私”と“希望の私”を創り上げた」
「それが、あの“開戦しなかった戦争”の真実と、“フェル”とレイン君の誕生秘話か」
ラピスはレイン=ボウとして今まで世話になったお礼なのか、カージナル達に二十九年前に起こった“開戦しなかった戦争”の真実や、彼女の主力属性による力でフェルメールとレインの誕生の経緯を語り、改めてフェルメールとレインが普通の“色族”ではないことを認識し、正体についての謎は解決した。
「だが、平和は長く続かなった。あの時の黒族が“奇跡”を我が物にし、止めた戦争の続きを動かすべく、血眼になってまだ生きていると思われた私を探した。今後を見極めようと創り上げた「絶望」と「希望」の私が結果的に裏目に出てしまった。私の所為だ。私が…」
「我が友よ、主の所為ではない。我が友が作った平和の為に尽力出来なかった童の責任だ」
「カーマインさん…」
最初は普通に語っていたカナリーだったが、“開戦しなかった戦争”後の黒族の悪行で段々怒りと涙目が出てくる所を、アザレアが女王としての力不足と彼女をフォローした。
「成程な。フェイランの目的もこれで見当付いた。だが、目的が分かった今、尚更倒さなければいけない存在となるが、俺達でダメなら、一体誰が?」
「無論、レイン=ボウこと“絶望の奇跡”の対になる存在、“希望の奇跡”しかいない。私は“希望の奇跡”に話があってレイン=ボウの死に代わってここに来た」
「“希望の奇跡”…“フェル”の事か。生憎アイツは…」
「レイン?」
自身の過去話から本題に入ったラピスの要求にカージナルが躊躇うのと、二階に続く階段からフェルメールが現れたのは同時だった。
「“フェル”!?大丈夫か?」
「うん。階段の角からずっと聞いてたの…」
弱々しい声で階段を降りてきたフェルメールに、カージナルが咄嗟に彼女を支えて近くの椅子に座らせ、その姿を見てラピスは顔色は変えず、心の中で溜め息を付いた。
(やっぱり、「絶望」の私を喪ったショックは大きいようね…)
「私に何の用ですか?レイ…ラピスさん?」
「単刀直入に言う。貴方が“希望の奇跡”としてフェイランと戦える資格があるか、私と勝負して」
「ちょっ、急過ぎないか!“フェル”はレインを喪ったショックがまだ…」
「気持ちは分かるが、時間がない。“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”を手に入れたフェイランは、恐らく直ぐにも彼を従う者と共に、二十九年前と同じ“色族首都”へと侵攻するのだろう。そうなってはもう遅い」
「そんな…」
ラピスのフェルメールとの決闘というあまりにも急な要求に、カージナルは反対するも、ラピスから告げられた猶予のなさに絶句した。確かに欲しい物を手に入れた今、対抗される力が覚醒される前にケリを付けたいだろう。
「分かりました。やります」
「“フェル”!?」
「分かった。カーマインさん。決闘場所にエルム城の広間を使わせてもらうけど、良い?」
「あ、ああ…」
「聞いての通りだ、“希望の奇跡”。「絶望」の私を喪った悲しみを引きずる時間なぞ黒族は一切与えてくれない。先にエルム城の広間で待つ」
対抗馬である“希望の奇跡”―フェルメールの同意に、ラピスはアザレアに決闘の場所を手配と準備が整い宿屋を出ようとした所で、まだ納得出来ないカージナルがラピスを呼び止めた。
「待てよ。もし“希望の奇跡”…“フェル”にその資格が無かったらどうすんだ?」
「その時は…私が代わりに“希望の奇跡”となってフェイランと戦うまで」
「何?それって…おい、待て!」
カージナルからの問いにラピスが答えた意味を察したカージナルが更に問い詰めようとするも、ラピスはもう夜の闇に消えていた。
「くそっ!“フェル”お前、負けたらどうなるか分かってんのか!」
「“カー坊”、一体何じゃ?ワシにも分かるように説明せい!」
先程のラピスの台詞―フェルメールが負けた場合のケースを察したカージナルがフェルメールに詰め寄る姿に、唯一事情が把握できていないガーネットが説明を求めようとした。
「奴は、“フェル”に資格が無ければ、“フェル”を殺して“希望の奇跡”の代わりとなってフェイランを倒す気だ!」
「でも、私がやらないと。レインの為にも…」
喋るうちにだんだん泣きそうになるフェルメールに、尚もカージナルが訴えようとするが、もう見ていられないのかアザレアが仲裁に入った。
「もうよい。カージナル」
「しかし、アザレア女王様…そうですね。ちと熱くなりすぎた」
女王様の威厳に負けたのか、カージナルは観念し、アザレアはフェルメールに歩み寄り一言告げた。
「主には過酷な現実を知っただろう。だが、死に急いではいかん。今の主は二十九年前の我が友と一緒だ。その運命を書き換えれる覚悟もあってのあの決闘の同意か?」
「女王様…はい。レインに言われたんです。「私の諦めない心で勝って」と」
「そうか。なら、童も行こう。童にはこの決闘を見届ける理由がある」
「女王様が行くのなら、護衛として自分も行きます」
「その意気じゃ、スカイ。ワシも行くぞ!」
「わたくしも行きます。このままではフェイランの思惑通りになるだけ。可能性があるのなら、それに賭けましょう」
アザレアの同行から、ジーン・ガーネット・リアティスと続々と同意し始める中、未だに憮然なカージナルに、セージが肩を叩きつつ励ました。
「今まで“フェル”に散々剣術を教え込ませときながら、成果を信じれないのかい?大丈夫だ。“フェル”は負けないよ」
「セージ…分かった。行こう」
セージの励ましにカージナルもようやく同意し、一行は決闘の場であり、ラピスが待つエルム城へと向かう事にした。
一方、フェルメール一行と別れて先にエルム城へ向かっていたラピスだったが、ある人影を確認して足を止めた。
「サックス兄さん」
「ラピス、なのか…」
夜で周囲が暗く顔は確認出来ないが、サックスと名乗る人は、ラピスを見下ろすように立ち、暫く間の後に先に口を開いた。
「ラピス…」
「“希望の奇跡”との決闘の事なら、止めないで。もう決めた事だから。それに、私はもう死んでる身だし…」
「そうか…」
どうやら読まれていたらしいサックスの言葉を止めたラピスは再び歩み出し、すれ違う所である事を小声で告げた。
「でも、これだけは言わせて…あの時、助けてくれてありがとう」
「!?」
“あの時”―全ての始まりとなった雨の夜での出来事を知るレインとしてお礼を返したラピスは闇夜に消え、残るサックスは思わぬお礼に一瞬驚くも、その顔は暗い夜で見えないまま、ラピスとは逆方向へと歩いて行った。
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