第43話 8-1 絶望と希望

「買い物の手伝い、助かったわ。ありがと。エクアさん」

「いえ。このくらいは、当然ですから…」


“色族首都”で大事件が起こるその頃。“活気ある港町”では、スカーレッドとエクアがお互い紙袋を持ちながら買い物帰りの途中だった。黒族であるエクアをガーネットが救った出来事以降、初めは一切外に出なかったエクアだったが、スカーレッドとの交流を経て徐々に色族を赦しつつあった。


「お礼に、今日はエクアさんの好きな物でも作ってあげるわ。何がいい?」

「スカーレッドさん。私、子供じゃありませ…」


エクアを我が子供のように接するスカーレッドに、子供じゃないとエクアが反論しようとしたその時だった。突然衝撃が来た後に大地が振動し、堪らずバランスを崩して尻餅をついたスカーレッドと、戦闘経験を活かして紙袋を持ったまま何とか倒れずに踏み止まったエクアを含め、“活気ある港町”の住人達が突然の事態に困惑する中、暫くして揺れは収まった。


「なんだ、今の地震!」

「まさか、ファウンテン山が噴火?」

「いや、ファウンテン山にそんな気配はないぞ」

「そんな事より、津波が来るかもしれん。山道エリアへ!」


揺れが収まっても、突然の地震に“活気ある港町”の住人達が騒ぎ始める一方、尻餅から立ち上がったスカーレッドも横にいるはずのエクアに話しかけようとしたが、既にエクアの姿がなく、綺麗に立てて置いた紙袋しかなかった。


「さっきの地震、ファウンテン山からじゃなさそうなら…アレ?エクアさん、何処に…まさか!?」


何か嫌な予感を感じながらも、丁度家の前だったスカーレッドは、紙袋を家の中に置いた後、津波に備えて避難中の“活気ある港町”の住民達とは逆方向へと走り出して行った。



目に見える視界は、夢で見慣れていた真っ白な光景だった。

目の前に現れる二つの人影もいつもと変わらなかった。

だが、いつもと違っていたのは、二つの人影が何かを喋っていた気がしたのだ。

確かこう言っていた気がする。「信じる…」と。


目を開けたフェルメールが最初に見た光景は、薄暗い天井が見えていた。

レインの死に絶叫した直後、“平原の村”や“風の渓谷”であった身に覚えのない記憶が一気に流れ込んだ感覚以降が思い出せず、どうしてベッドで横になっていたのかが分からずに起き上がって周囲を見渡すと、右には小さなテーブルとその上にはパンとスープが置かれていたが、食欲が湧かない。何故ならその横には彼女にとって知っている物―髪飾りが置かれていたからだ。


「レイン…」


髪飾りでまたあの出来事を思い出してしまうのか、フェルメールは体育座りのまま蹲った。



“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”を手に入れたフェイランが“色族首都”を滅ぼそうとした黒球は、レインの捨て身の奇跡で防いだものの、完全に打ち消す事は出来ず、小さくなった黒い球によって“色族首都”の周囲に着弾して被害が及び、遠く離れた地域でも地震という形で届いていた。あの後、ジーンら騎士団の面々に交じってセージ・リアティスも負傷者の治療を、カージナル・ガーネットは瓦礫の撤去に追われながら、夜になって一息ついた所で宿屋に集合していた。


「ったく、フェイランの野郎の所為で」

「だけど、レイン君の犠牲がなければ、皆死んでいた。この被害で済んだだけでも奇跡だよ」

「でも、レインちゃんの死で“フェル”ちゃんが…」

「無理もない。レインとは一番仲が良かったからな。“フェル”は…」


あの涙雨の後、レインの死に絶叫したフェルメールがショックで気を失い、カージナルが気絶した彼女を宿屋のベッドに寝かせた後に復興作業を手伝って今に至る中、カージナル・セージ・ガーネット・リアティスがいる宿屋に、新たに少数の騎士団と共にアザレアとジーンに、眠い目を擦りながらフィアがやって来た。


「お主ら、手伝いご苦労だった」

「アザレア女王様。こんな夜にわざわざ…」

「で、何でガキンチョもいるんじゃ?夜中じゃぞ」

「おい、兄貴。ガキンチョといっても、フィアはアザレア女王様の子供だぞ。ゴメンな。世間知らずの兄が無礼を…」

「べつにいいよ。それで、おねえちゃんは?」

「“おねえちゃん”?ああ、心配で来たのか。えっと、その…」


アザレアが復興作業に手伝ったカージナル達への労いや、フィアを知らないガーネットの無礼な発言に、カージナルが代わりにフィアに謝るも、フィアからの問いにはどう返していいのか言葉に詰まるカージナルの一方で、ジーンはセージとリアティスの二人に残念な報告を告げた。


「セージ先輩、リアティス先輩。申し訳ありません。ジェード団長から聞きましたが、フロスト=クルセイドが護送中の騎士団諸共何者かに殺されたようです。ソル=クロードも同じく…」

「何!?フロストとソルが…」

「そんな。これではセージちゃんの冤罪が…」

「フロストやソルの件はもうどうでもいい!今はフェイランじゃ。フェイランの野郎を倒せば全て解決するんじゃろ?」


ジーンからのフロストとソルの死亡報告に、無罪放免への希望が経たれたセージとリアティスは動揺するも、ガーネットがフェイランを倒すべく士気を上げようかという所でカージナルが口を挟んだ。


「でも、兄貴。奴のあの束縛術のせいで何も出来なかったんだが、そこをどうするんだ?」

「ぐっ、それは…気合いで何とかするんじゃ!気合いで!」


カージナル達が全く動けず何も出来なかったフェイランの束縛術の打開策をガーネットに説いたが、ガーネットもそこまでは考えていなかったらしく、その場凌ぎの答えしか出来ず、その姿にカージナルはため息をつきながら、次の話題へと切り替えた。


「しかし、フェイランの目的である“開戦しなかった戦争”の続きや、“フェル”の正体の“希望の奇跡”に、ラピス=ラズーリ…知りたい事が多過ぎる」

「だーから、気合いでフェイランを倒せば、全て解決するんじゃ!」


ガーネットの言葉なぞ聞く耳持たず、フェイランの目的やフェルメールの正体といった謎の解明に入ろうかという所で、宿屋に新たな客が現れたのはその時だった。


「気合いだけで、“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”を手に入れたフェイランに勝てるとでも?」

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