第42話 7-4 涙雨

―レインは真っ白な空間に居た。

まるで、一枚の白い紙の中にでもいるかのように。


わたしは、真っ白い空間の正体を知っている。

あれは、「絶望」のわたしが作り出した「色」無き世界。

その空間に「色」を描けれるのは…



「…ン、…イン、…レイン!」


誰かがレインを叫ぶ声が聞こえる中、レインが重い瞼をゆっくりと開けると、眼前には今にも泣きそうな顔のフェルメールがいた。


「“フェル”…」

「レイン…良かった。今、セージが治してあげるから」


どうやらずっと意識がなかったレインをフェルメールがずっと叫んでいたらしく、ようやく目を開けたレインにフェルメールはホッと胸を撫で下ろしながら、直ぐ様セージに治療を要請したのだが―


「もう、いいよ。“フェル”…わたしは、助からない…」

「そんな事言わないでよ、レイン。諦めないで。“平原の村”で、一緒に暮らす約束でしょ?」


フェイランの蛇腹剣に背中から刺された傷口による致命傷で、もう永くはないと悟ったレインは治療を拒否するも、フェルメールは諦めまいとレインを励ますが、アザレアがそんなフェルメールに更なる一打を与えた。


「フェルメールよ。“絶望の奇跡”…レインの言う通り、もう…助からない」

「女王様までそんな事を言わないで!レインは、レインは…」


アザレアからの言葉にも耳を貸さない程に現実から逃避するフェルメールを見かねて、カージナルが今のエルム城の現状をフェルメールに伝えるべく、重い口を開けた。


「“フェル”。お前も見ただろ。あの“色族首都”を覆い尽くす程の黒球を相殺したのは…」


カージナルの言葉にフェルメールが周囲を見渡した光景は、瓦礫がいくつも散乱しているエルム城の広間だが、建物としてはほぼ無傷に近い状態だった。レインの体内にあった“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”を奪ったフェイランによって、“色族首都”上空から黒い黒球を見た所までは覚えている。黒球によって街一つ消滅していた運命を、騎士団の面々が事後の処理で辺りを走り回っていた現在に書き換えられたのは、やはり―


「まさか、これを…レインが?」

「ああ。恐らく、“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”がフェイランによって奪われ、その代わりに自身の主力属性の力を全解放したのだろう。瀕死の重傷の中、命を賭して“色族首都”の民達を救ったのだ」

「そんな…レイン。どうして…」


アザレアから告げられたあの“色族首都”を覆い尽くす程だった黒球が無くなっている原因が、レインの捨て身の「奇跡」という事を知ったフェルメールは愕然とした。あのままでは黒球によって“色族首都”が無くなっていたのは確実だっただけに、阻止するには誰かによる犠牲が必要という事実も、今のフェルメールにとっては到底受け入れられない現実だった。


「だって、“フェル”は…“もう一人のわたし”…“希望の奇跡”だから…」

「レイン…もう、喋らないで…」


今にも息絶えそうな弱々しいレインに、フェルメールもまた涙目になる中、レインはフェルメールに最後のお願いで残された力を振り絞り、右手で力強くフェルメールの左腕を握りながら、精一杯の声で告げた。


「“フェル”…いや、“もう一人のわたし”…わたしがいなくなっても、「絶望」に浸らないで…わたしは信じてる…“フェル”が…“希望の奇跡”が…フェイランの“絶望の奇跡”に勝つ所を…だから…“フェル”の諦めない「希望」で、勝っ…て…」

「レイン…?」


告げる事を告げ終えた後、フェルメールの左腕を握っていたレインの右手が糸が切れたかの如く床にゆっくりと崩れ落ち、何も言わない人形と化したレインに、フェルメールは最早無意味な呼びかけを何度も何度も試みたが、レインへの反応はもう二度と起こらなかった。


「レイン。起きてよ、レイン。レイン…嘘でしょ。こんなのって…平和になったら一緒に“平原の村”で暮らそうと約束したのに…約束…したのに…う…ああ…うわぁあああああ~!」

「同じだ…あの頃と、同じ…」


フェルメールの嗚咽からの絶叫に、ここまでの事態を見守っていたリアティスやジーンは泣き崩れ、セージとガーネットは即座に顔を背けるしか出来なかった。アザレアもまた過去に同じ事があったかのような小言を呟きつつ、カージナルもレインの死に悲しむフェルメールを見て何も出来ず、叫ぶ事しか出来なかった。


「ぐ、ぐうう…ちくしょぉおおおおおー!」


それは非情な絶叫だった。

その日、レイン・カラーズの“色族首都”に涙雨が降った。



レインは、再びの真っ白な空間に居た。

彼女の対面には、金髪で右掛けのサイドポニーテール姿の人が居た。


わたしは、その人の正体を知っている。

あれは、「絶望」のわたしと「希望」の“フェル”と同じ、“かつてのわたし”…。


“かつてのわたし”は言った。「「希望」に伝える事は伝えたのか?」と。

わたしは首を縦に振って返した。「わたしは、“フェル”を信じる」と。


それが、“絶望の奇跡”のレインが最後に見た夢だった。


「さあ、フェルメール=スカイ。「希望」の私よ。「絶望」の私を超える「希望」なのか、レイン・カラーズの未来を賭けようぞ」

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