第41話 7-3 涙雨

「とんだ誤算だよ。まさか、この場に“絶望の奇跡”と共に、“希望の奇跡”の“虹族”がいるとは」

「“希望の奇跡”だと?」

「おや。“絶望の奇跡”は知って“希望の奇跡”は知らない無知とは…いいでしょう」


フェイランが告げた“希望の奇跡”というカージナルらにとっては初耳な単語に、フェイランはとあるおとぎ話を語り始めた。


「今から二十九年前。我が黒族を嫌う色族の差別からの不満に端を発した“開戦しなかった戦争”。その名の通り、最終的には開戦しなかった為、公では犠牲者はゼロと言われていたが、実は一人犠牲者が存在していた」

「犠牲者?」


フェイランから語られるのは、レイン・カラーズで有名な二十九年前の“開戦しなかった戦争”の、これもカージナルらにとっては知らない話だったが、それは同時に、とある色族の少女の記憶を呼び覚ますものだった。


「その犠牲者は色族でありながら、本来は一つしか持たない主力属性を二つ持つ特異な存在だった。方や二度と解けない氷の「絶望」と、方や全てを潤す水の「希望」を持つ色族は、死の寸前最後の力を振り絞って二つの主力属性を分離させ、数年の時を経て二人の色族を新たに創り出した」


フェイランから語られる“開戦しなかった戦争”の真実に、カージナルらが聞き入る一方、段々と俯く色族の少女の存在には気付かなかった中、フェイランから次に語られるのは、核心を突く内容だった。


「そして五年前、我等反国王派は、まず所在が判明した“希望の奇跡”が住む隠れ家を襲撃したが、父親と思われる色族の抵抗に遭い、捕獲に失敗。その“希望の奇跡”の特徴は、“水色の髪に青色の目”をしていた」

「“水色の髪に青色の目”をしていた…!?」


“希望の奇跡”の特徴に、カージナルはすぐに察した。水色の髪に青色の目…これに該当する人物は、この場に一人しかいなかったからだ。


「ま、まさか!」

「そう、貴方の事ですよ。“虹族”・フェルメール=スカイ。いや、二十九年前の開戦しなかった戦争の唯一の犠牲者、“虹族”・ラピス=ラズーリの主力属性「水」の片割れこと“希望の奇跡”よ!」

「え?私が“虹族”?ラピス=ラズーリ?“希望の奇跡”?」


フェイランから“希望の奇跡”と告げられたフェルメールは、持っていた長剣を落としたのも気付ない程に呆然とした後、頭を抱えて座り込んだ。自分が二十九年前の開戦しなかった戦争の唯一の犠牲者・ラピス=ラズーリと名乗る虹族の主力属性の片割れという事実に、意識が付いていけなかったのだ。


「知らないのも無理はないだろう。ラピス=ラズーリとしての最期の記憶は、「絶望」が多く「希望」は極微小と聞く。不完全な記憶喪失に近い状態で「希望」が創られた存在なのだからな。だが、十分な記憶と力を持つ“絶望の奇跡”。もう一方の“虹族”・ラピス=ラズーリの「氷」の片割れがいる今、もう“希望の奇跡”は必要ない。さあ、お喋りはここまで。このまま“絶望の奇跡”を差し出さないのなら、最悪“希望の奇跡”までも巻き込んだ力尽くとなりますが…」

「野郎…デタラメ言うんじゃねぇ!」

「兄貴、待て!」


フェルメールの正体を告げたフェイランのおとぎ話が終わった所で、たまらずガーネットがカージナルの静止を振り切り、フェイランに自慢の拳で殴りかかろうとするも、振り上げた所で突然ガーネットの体が動かなくなった。


「な、なんじゃ?体が…動かん!?」

「やれやれ。ホントの事を言っただけで、そこまで熱くなるんですかねぇ」

「兄貴!アレ、足が動かない!?」

「恐らく、奴の主力属性は「地」だね…」


兄の窮地にカージナル達も続こうとしたが、近くに居たセージ達同様、まるで足が石像にでもなったかのようにこの場から動けずにいた。


「ほお。察しがいいですね。そうです。我の主力属性「地」の力である束縛術にかかっている以上、無駄な足掻きはしない方がいいですよ。このまま“絶望の奇跡”を差し出さないのなら、まずはそこの猪武者から…」

「やめてー!」


ガーネットを助けに行きたいのに、足が全く動かないカージナル達の目の前で、このままフェイランによってガーネットが最初の犠牲者になろうかというその時だった。アザレアと共にいたレインが、この窮地を打破しようと叫んだのだ。


「これ以上、みんなを傷付けないで。わたしを差し出せば、いいんでしょ?」

「馬鹿野郎!ボウ!おめぇを差し出したら…」

「“絶望の奇跡”が聞き分けが良い子で助かります。が、このまま“絶望の奇跡”を差し出してこの会談を終わらせるつもりはありません。我にとっては必要ない“希望の奇跡”、フェルメール=スカイの命を奪って、この会談は終わりとしましょうか」

「何?“フェル”!逃げろ!」


そうフェイランは持っていた剣を構えると、まるで鞭のように剣が伸び始め、自分の正体を未だ受け入れられずに床に座り込んだままのフェルメールに向けて放ち、このままカージナル達は何も出来ずにフェルメールがやられる瞬間を見つめる…はずだった。寸前の所でフェルメールの所へと急行したレインが、身を挺してフェルメールを護ったのだ。


「かはっ…」

「え…?」

「くっ、まさか我の束縛術から外した“絶望の奇跡”が、“希望の奇跡”を護るとは!」


飛んできた血が顔にかかった事に気付いたフェルメールが見た光景は、まるで“風の渓谷”での初戦闘でエクアの攻撃を身を挺して護ってくれたレインと同じような光景だったが、レインの口から吐く血から、あの時とは違う只ならぬ事態の把握にはそう時間がかからなかった。


「レイン…レイン!?」

「くそっ、こうなっては仕方あるまい!」


レインの背中に命中したフェイランの蛇剣が、更に蛇のようにうねり出しては、レインに更なる致命傷を与える中、やがて引き抜かれた蛇剣と共に、虹色に光る小さな球が零れ落ちた。


「アレは、まさか…」

「“レインボウ・アイ”…」


以前、アザレアの話であった“虹族”にしか宿らないという“レインボウ・アイ”。それが床に転がっては、フェイランの手前で止まった所で拾い上げる一方、レインは糸の切れた操り人形の如く、放心状態のフェルメールの隣に倒れた。


「レイン!しっかりして、レイン!」

「我の予想外の事が起こったが、“絶望の奇跡”が持つ“レインボウ・アイ”を手に入れた事で手間が省けた。これで、あの“開戦しなかった戦争”の続きの準備は整った…これにて、色族降伏会談を終了する。色族よ、我等黒族からの鉄槌を受けるがいい!」


そう言いながら、フェイランの姿が闇に包まれながらかき消えた。恐らく黒族しか持たない「闇」の主力属性に“レインボウ・アイ”の力を合わせた効果だろう。そしてフェイランが最初に使った“絶望の奇跡”は、“色族首都”の上空から、徐々に大きくなりつつある黒い黒球が出来上がりつつあった。


「何だよ…あれ?」

「まさか…フェイランは手に入れた“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”の力で、手始めに“色族首都”を消滅させる気だ!」

「そんな。今から避難とかは…」

「あれでは、到底間に合いません!」

「くそっ、どうすればいいんじゃ!」


フェイランが居なくなったと同時にフェイランにかけられていた束縛術から解かれたカージナル達だったが、皆“色族首都”上空に突如現れた黒球の対処に成すすべがなかった。あと数分もしないうちに、この黒球が“色族首都”全体を覆い尽くすのは目に見えていたからだ。

絶望が迫り来る中、微かな希望を求めて立ち上がる人がいた。レインだ。フェイランにやられて致命傷であろう体を起こし、血が床に滴り落ちる中、ゆっくりと歩み始めていた。


―わたしは、“絶望の奇跡”。

「希望」を知らず、「絶望」のみの存在だが、あの雨の夜に、“黒族首都”から流れ着いた“平原の村”で、“希望の奇跡”―“もう一人のわたし”である“フェル”と出会った。

「希望」のわたしは、「絶望」のわたしを接して親密を築き、「絶望」のわたしに「希望」を与えてくれた日々は楽しかった。

でも、もうこれ以上一緒に居られなくてゴメンね。

平和になったら、“平原の村”で一緒に暮らす約束、果たせなくなりそうでゴメンね。

フェイランは、“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”を手に入れて上機嫌だろう。でも、“希望の奇跡”の“レインボウ・アイ”を持つ“フェル”を殺せなかった事が、フェイランの最大の失敗。

どんな事があろうと、「希望」が「絶望」に負ける事は有り得ない。

この黒球なぞ、“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”がなくても、わたしの「氷」の主力属性の力を全て使えばいい。

今なら信じる。“フェル”がわたしの死を乗り越え、“希望の奇跡”に目覚めてくれる事を。

“絶望の奇跡”の“レインボウ・アイ”を手に入れたフェイランを倒してくれる事を。

だから…


黒球はやがて“色族首都”を覆いつくす程の大きさになった所で落下を始めるが、覚悟を決めたレインの心は乱れなかった。


「“フェル”!」


レインは精一杯の声を振り絞り、放心状態のフェルメールに向けて呼びかけた。それに反応したフェルメールはレインの方を見る。その顔を見ただけでよかった。朦朧する意識の中、レインは精一杯の笑顔で応え、そして―


全てが真っ白な世界に覆われた。

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