第40話 7-2 涙雨

フロスト=クルセイドは、周囲を数人の騎士団達に囲まれて“色族首都”へ護送中の所だった。

容疑は六年前のスティルレント家殺人事件犯の実行犯。もう一人の実行犯であるソル=クロードと共に、たまたま居合わせたセージ=フォレストに罪を擦り付けていたが、事件の真実を追い続けた者達の執念と、事件の生き証人であり、行方不明だったスティルレント家の一人娘・リアティス=スティルレントの発見により遂に白日の元に晒され、今に至る。


「何だ、貴様?…ぐはぁっ!」

「こんな俺を助ける命知らずな希望も居るものだな。一体誰が…」


一人の騎士団が前方に人影を確認した事で歩みを止めたのと同時に、人影が突如黒き風となって、あっという間にフロスト以外の数人の騎士団達を屍へと変えてしまった事に、当のフロストは最初は何が起こったのか把握に時間がかかったが、フロストを助けに来たと思われる人影の姿を見るや、コートを着て二振りの剣を携えた短髪黒髪姿から、フロストにとって思い当たる人物が直ぐに割り出された。


「まさか…ラーニアか?無事に完治したのだな。だが、何しに来た?この俺を助けに…」

「「命令を無視し、色族に負けた者に用はない」というフェイラン様からの命を受けたまで。サヨナラ。フロスト=クルセイド」


助けに来たのか?と言い終える前に、フロストの台詞は、助けに来たと思われた人影―ラーニアからの予期せぬ…いや、予想は出来ていた不意打ちによって中断された。ラーニアはフロストの首に向けて剣を付きつけ、そこから血しぶきをあげて倒れたのだ。至近距離による赤い返り血を浴び、仲間だったはずのフロストまでも葬ったラーニアは小言を呟きながら、黒き風となってこの場を去った。



「“色族首都”。帰って来ましたね…」

「六年かかったけど、帰る場所に帰って来たね。リアティス」

「ですわね。でも、街に着いてからというもの、何か慌しくありませんか?」


その頃、六年ぶりに“色族首都”へと帰って来た事で感慨深いリアティスを加えたジーン部隊だったが、街に入ってからというもの、やけに騎士団の面々が多数確認される程何やら物々しい雰囲気の中でエルム城前に辿り着くや、たまらずリアティスが一人の騎士団に事情を問い質した。


「あの、すいません。今から何が行われるのでしょうか?」

「何だ。今忙し…あ、貴方はリアティスさん!?と言う事は、そこにいるのはジーン部隊ですか!任務、お疲れ様です!」


リアティスに振られた一人の騎士団が、リアティスの顔を見た途端に赤面しながら応対する中、ジーンが改めてこの物々しい雰囲気が漂う街の現状を改めて問い質した。


「今帰還したばかりで呑み込めてませんが、これはまさか…黒族との和平会談ですか?」

「ええ。この“色族首都”に、黒族国王であるブラック様がつい先ほど到着したばかりでありまして、警備の厳重でこんな状況であります」


騎士団の解説からして、色族の女王であるアザレアと黒族の国王であるブラックとの和平会談がまもなく始まろうかというタイミングでの帰還に、ジーンは途方に暮れていた。


「困りましたね。リアティス先輩の無事をアザレア女王様に報告しようにも…」

「あっ、君達には「確認次第、優先的に城内に通せ」というアザレア女王様からの伝言を頂いております。何ならご案内致しましょう」

「お言葉ですが、新米の自分達に人員を割くくらいなら…」

「おいおい。こんだけ騎士団がいるんだ。一人や二人割いたって影響はないだろ。ここは快く引き受けようぜ。ジーン」

「そうですね。では、お願いします」


途方に暮れたジーンを見て、先程の騎士団が先導を名乗り出た事に最初は断ろうとしたジーンだったが、カージナルの指摘で考えを改めて快く受諾し、騎士団の先導の元、ジーン部隊は和平会談前のエルム城へと入城を果たした。



「アザレア女王様。エルム城優先入城者であるジーン部隊が帰還致しました!」

「うむ。ご苦労である。下がってよいぞ」


騎士団の先導で、ジーン部隊の編成以来となる謁見の間にやって来たフェルメール一行を迎え入れたアザレアとジェードだったが、部隊長であるジーンは、最初にアザレアに非礼を詫びた。


「ジーン部隊、帰還致しました。しかし、黒族との和平会談前の時にお忙しい中、自分達を最優先で城内に入城させる配慮まで…」

「よい。主らの無事も、黒族との和平会談と同じ程に重要でな」

「それに、無事にスティルレント家の娘も見つけられたようで何よりだ。感謝する」

「お久しぶりです。アザレア女王様。ジェード騎士団長殿」


フロストの捕獲と共に、行方不明から発見したリアティスが、アザレアとジェードに向け一礼をして自ら無事を報告する一方で、フェルメールが当の和平会談についてアザレアに問いかけた。


「あの、女王様。その和平会談はいつ始まるのですか?もう黒族の王様が街に着いていると聞きますが?」

「それだが、予定の刻はとうに過ぎているのに、いつまで経っても始まる気配がないのだ」

「え…?」


アザレアからの予想外の返しに、フェルメールが不思議がるその時だった。突然フロストがエルム城に襲撃を仕掛けた時と同じ状況で、城内に謎の爆発音と振動が襲ったのだ。


「何事だ!?」

「恐らく広間からか?」

「なら、行ってみれば分かるじゃろ!」

「おい、兄貴!無闇に行くな!罠かもしれないぞ!」


ジェードが謎の爆発音の原因を確かめようと謁見の間を出るや、ガーネット・カージナル・セージ・ジーン・リアティスが続く中、残るフェルメールもカージナル達に続こうとしたが、この場から動かないレインの姿を見て立ち止まった。


「どうしたの、レイン?」

「駄目…行っちゃ駄目…」

「レイン?何て…」

「フェルメールよ。レイン―“絶望の奇跡”は童に任せよ。主も彼らと共に行くがいい」

「え?あ、はい」


フェルメールの問いかけにも小声で返すレインを見かねて、アザレアがレインの守りを名乗り出た事に、レインをアザレアに託したフェルメールもカージナル達に続いた。



「扉が、開かないだと!?」

「“カー坊”!もっと、押さんかい!ぬぉおおおおお!」


レインの件で遅れて広間にやって来たフェルメールが見た光景は、謎の爆発音の原因であるエルム城から外へと続く広間の扉が僅かながらに歪んでいるのか、カージナル・ガーネット・セージ・ジェードの男性陣と城内にいた騎士団達がその扉と格闘するも、押しても引いても全くびくともしないという状況だった。


「まさか、私達は閉じ込められたという事?」

「黒族との和平会談前に、誰がこんな手の込んだ事を…」

「!?アザレア様、危ない!」


レインと共に広間にやって来たアザレアが、爆発の意図を冷静に分析しようとしたその時だった。突然何処からともなく現れたまるで蛇のように蠢く剣舞がアザレアに狙いを定めて襲い掛かるも、真っ先に気付いたジーンが迎撃に成功したのだ。


「ジーン、すまぬ。助かった」

「いいえ。新米とはいえ、女王様を護る騎士団の身ですから。貴方ですか?この爆発騒ぎの正体は?」


ジーンが先程アザレアを狙っていた広間にある支柱に向けて武器である双短刀を構える中、広間に響き渡る程の手を叩く音と共に、長身の人影が支柱から現れたのはその時だった。


「流石、我が部下“だった”黒族達を倒しただけはありますね。これはアザレア女王様、長らくお待たせしました。これより、色族降伏会談を始めましょうか」

「色族降伏会談?お言葉ですが、争いを好まない黒族国王らしくない発言ですね。貴方は一体誰ですか!」

「これは失礼。我の名はフェイラン=イルトリート=マーダラー。見ての通り、目の色が黒の黒族です。和平会談に赴くはずだったブラック国王様は、今頃あの世から名を偽られて何も出来ずに悔しがっているでしょうねぇ」

「!?なんてことだ。ブラック国王様が死んだのでは、もう和平会談は…」

「落ち着け、我が騎士団達よ。今ここで士気を低下させる台詞を言ってどうする!」


長身の人影こと、自ら黒族と名乗ったフェイランのただならぬ雰囲気に、フェルメール達も武器を構える中、フェイランによる本来“色族首都”に来るはずだったブラックがもうこの世に居ないという発言に、歪んだ扉と格闘していた騎士団達が動揺し始めるも、団長であるジェードが一喝した。


「セージのお父さんの言う通りだ。しかし、黒族の王様を殺したって事は、クーデターでも起こそうってか?」

「クーデター?ある意味そうでしょうね。そこのアザレア女王様と共にいる“絶望の奇跡”を我に差し出せば、この会談は即時終了となりますが」

「そういう事か。でも、「はいそうですか」と答える人達じゃないはずだが?」


フェイランからの予想通りといえる“絶望の奇跡”―レインの引き渡し要求に、レインと共にいるアザレアの周囲に、フェルメールらのジーン部隊や、歪んだ扉との格闘を急遽断念したジェード率いる騎士団が守るように囲む中、要求通りにはいかないとみたフェイランはため息をつきながら、迎撃体制のフェルメール達に向けてある事を言い始めた。


「やれやれ。早く“絶望の奇跡”と共に“黒族首都”に戻って、“あの続き”の準備を始めたいのですが…なら、これからブラック様と共に冥土へいく者にいい土産をやろう。とんだ誤算だよ。まさか、この場に“絶望の奇跡”と共に“希望の奇跡の虹族”がいるとは…」

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