後編 絶望と希望編

第39話 7-1 涙雨

「では、余は色族女王との和平会談へ向けて“色族首都”へ発つ。留守を頼んだぞ」

「はっ。道中お気を付けて下され、ブラック様!」


薄曇りな夜明け前の“黒族首都”・クロム城の城門前では、若き黒族国王・ブラックが、数人の護衛と共に、色族女王・アザレアとの和平会談に“色族首都”へと出発しようとしていた所だった。色族との和平を良しとしない反国王派に覚られぬよう極秘の出発ではあるが、見送りに来ている数名の黒族のクロム城兵士達から、本来この場に居るべき人物が何故か居ない事に、ブラックは先程から気が気ではなかった。


「しかし、城の留守の間を任せたフェイランは何をしておるのだ?」

「はっ。聞けば、取り込み中らしく、見送りに遅れるとの事ですがっ…」

「!?どうし…ぐわぁっ!」

「何事だ!?」


ブラックはこの場にいない人物―フェイランがいない理由を、一人の黒族が説明をし終えた所だった。突然説明をし終えた黒族の背中から血しぶきを上げては地面に倒れたのだ。隣にいた黒族も何事かと後ろを振り返った所で、どこからともなく現れた、まるで蛇がうねるような動きをする剣が胸へと命中し、そこから血しぶきを上げて倒れるという突然の事態に混乱するブラックに、たった今、二人の黒族を葬り、ブラックが和平会談で“色族首都”へと発つ間のクロム城の留守を任されていたはずの張本人・フェイランが、黒族二人の命を奪った血まみれの一振りの剣を携えながら、ブラックの元へと現れたのだ。


「いやいや。その取り込みに時間をかけましてね。お待たせして申し訳ありません。ブラック様」

「フェイラン…一体、何の真似だ?」

「ここまで相当我の事を信頼し、我に留守を任されたそうですが、その我が色族との和平を良しとしない反国王派のリーダーとは知らず、お人よしが仇となりましたな」

「何だと!?だが、たった一人だけの謀反で何が出来る!」

「“たった一人”?ご自身の今の置かれている状況を知っても、同じ事が言えますかね?」


そうフェイランは指を鳴らすと、それが合図の如く、先程まで馬車の周囲にいた護衛が、一斉にブラックがいる馬車の天幕へ向けて、各々持っていた剣や槍を構え始めたのだ。


「これは、一体?余の護衛では無かったのか!?」

「既に、この場は我等反国王派が抑えましてね。貴方が本来思い込んでいた護衛達は、今ここに屍になっている二名を除いて既に葬らせておきました」

「ぐぅ…フェイラン、貴様!?体が!動かぬ…」


四面楚歌な状況に陥り、最早吼える事しか出来なくなったブラックが動こうとするも、まるで体が石にでもなったかのように動けずにいた。


「駄目ですよ、ブラック様。狙い元を狂わせる気ですか?」

「目的は何だ…!?まさか、あの二十九年前の…」

「…殺れ」


ブラックがフェイランの目的に気付いたのと同時に、フェイランの合図から、反国王派の黒族達が一斉にブラックがいる天幕に向けて剣や槍を突き刺した。ブラックがいた馬車の真っ白な天幕が、突き刺した槍の穴と共に赤く塗り替えられていく。


「やれやれ。貴方との善政ごっこ、楽しかったですよ。ブラック様…しかし、フロストめ。我の目的を察した勘の鋭さから余計な事を…まあ、色族の騎士団に捕まるようでは最早用はない。今頃、義手で腕が完治したラーニアによって…」


黒族国王・ブラックを暗殺したフェイランは、今までブラックと共に過ごした演技と、騎士団によって捕まったフロストへの嘆きを呟く中、先程までブラックの配下を演じていた反国王派の黒族の一人が、新たな馬車を用意し終えた報告にやって来たのはその時だった。


「フェイラン様。新しい馬車の準備が整いました」

「うむ。いざ“色族首都”に赴きましょうか。この使い物にならなくなった馬車の方の処分は頼みましたよ」

「了解しました。では、我が黒族…いや、レイン・カラーズの王よ。お気を付けて」


天幕が血まみれの馬車の処分を、報告に来た反国王派の黒族に任せたフェイランが新たに用意した馬車に乗り込み、反国王派の見送りによって何事も無かったかのように“色族首都”へと出発した。



「くくくっ…ようやくだ。ようやく、“あの続き”が出来る…」


天幕の中でフェイランは思い出し笑いを始めた。あの全ての始まりだった雨の夜、奇襲一団によって逃がした“アレ”が手に入れられるという事を思うと、笑いがこみ上げてくるのだ。

“アレ”とは、“レインボウ・アイ”。色族の中から特殊な力を持つ虹族に宿している「虹の眼」の名の如く七色に光る球体。

その“レインボウ・アイ”は「絶望」と「希望」の二つが存在する事を、“あの続き”である二十九年前の開戦しなかった戦争を知る人物でもあるフェイランだが、彼にとって必要なのは「絶望」のみであり、「希望」は不要。黒族国王であるブラックを暗殺した今、あとは和平会談と称し、恐らく“色族首都”に居るだろう“絶望の奇跡”を我が物にするだけ…準備は整った。


「二十九年前の“開戦しなかった戦争”で勝ったと思い込む忌々しい色族よ。我等黒族が、止まった時を再び動き始めてみせようぞ!フフフフフ…ハハハハハ!」


馬車から響き渡るフェイランの高笑いと、いつしか稲光が鳴り始めている空の厚い雲と共に、レイン・カラーズの災厄へのカウントダウンが、ゆっくりと始まっていくのであった。

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