第36話 6-5 リアティス=スティルレント

「離して下さい!わたくしを連れ去って何になるんですか!?」


リアは何故か雪山の開けた場所にいた。あの頭痛からの休憩後、買い物目的に再び歩き始めた所までは覚えていたが、突然後ろから来た謎の衝撃から意識が黒一色に塗り潰され、気が付いたら何故か雪山に居て、隣に知らない人が一緒にいる事を知り、今に至っている。


「ふふふ、まさかこんな所で会うとはな。しかも、記憶喪失とはおめでたい事だ。このまま、六年前に死んだ両親とまた会える事を感謝をするべきだな」

「六年前に死んだ両親?わたくしの両親は…!?」


(逃げろ…リア―――…)

(お願い、あなただけでも生き延びて…私たちの、分まで…)


「両親?わたくしの、両親…?」

「おや?勘が鋭いのか、どうやら禁句だったようですね」


リアを連れ去った人からの「六年前に死んだ両親」発言に、自分にとっては身に覚えのない両親の存在を否定しようとしたリアだったが、何かに引っ掛かったのかその先の言葉が止まって疑念が出始めた所で、雪山一体に声が響き渡ったのはその時だった。


「そこまでです!フロスト=クルセイド!」

「ようやく、おでましですか」

「無事か?リアティ…じゃなかった。リアさん!」


レノからの情報で雪山へとやって来たジーン部隊が、リアを連れ去った人の名を叫んだのだ。叫んだ当人であるジーンを先頭に、セージが危うくリアティスと呼びそうになる所で訂正し、フェルメール・カージナル・ガーネット・そしてレインの四人も続いた。


「皆さん。寒い中、わざわざご苦労様」

「やっぱり、フロストか。しかも、わざわざリアさんを連れ去ったという事は、リアさんの正体も知ってるはず。自ら証拠を曝け出したな」

「そうですね。ですが、今ここで六年前の出来事を何も知らないまま、彼女を君達の目の前で殺せば、証拠は完全に消滅しますが…」


カージナルの指摘にも動じず、フードを取り顔が露わになったリアを連れ去った人―フロストは、リアに向けて小さいナイフを首元に突き付け、それに対し迂闊に動けないジーン部隊だったが、ふとフロストは、ジーン部隊の一行にいるレインの存在に気付いた。


「“絶望の奇跡”がいるとは丁度いい。“絶望の奇跡”との交換なら、彼女は返してやろう」

「そんな!?あんな子供と交換要員にされるくらいなら…ああっ!」

「せっかく見逃してやろうというのに、黙ってくれませんかね」

「リアさん!こっちも、目的はレインね…」


突然のフロストからの要求に、人質にされているリアが真っ先に反応したが、フロストによって遮られてしまった。対するジーン部隊もリアを助けたいが、フロストに“絶望の奇跡”であるレインを、むざむざリアとの交換要員に差し出すわけにはいかない葛藤に悩む中、当のレインが一行の思いとは真逆の発言をしたのはその時だった。


「分かりました。わたしを差し出せばいいんですね」

「レイン!?」

「大丈夫よ、“フェル”。みんなを信じてるから」

「…分かったわ」


レインの覚悟に、フェルメールらは同意する中、レインが先頭に立ち、それを見たフロストは要求に応じたと思い、リアの首筋を突きつけていたナイフを離した。


「ほぉ。まさか、本当に応じるとは。なら、約束通り彼女を返してやろう。さあ、“絶望の奇跡”よ。こちらに来い!」


こちらもリアを先頭に立たせたフロストはリアを押し出し、押し出されたリアは仕方なくジーン部隊の元へと歩き始め、レインもフロストの元に向けて歩き始めた。万が一に備えてフロストに覚られないようジーン部隊は事態を見守る中、二人がすれ違う所で、突然場の均衡が破られた。


「うぉおおおおお!!!!!」

「ちょっ、兄貴!何を…アレは!?」

「オラー!リアお姉ちゃんを返せー!」

「くっ!子供風情が小癪な真似を…!?」


ガーネットが突然叫び始めたのかと思いきや、何処からか現れたレノら子供達からの雪玉が飛来してきたのだ。突然のガーネットの叫びに反応が遅れたフロストに向けられた雪玉の何個かは、フロストが背中に背負っていた大剣で迎撃に成功するも、子供相手に一瞬の油断を突かれ、気が付くと眼前に“絶望の奇跡”ことレインではなく、ガーネットが一気にフロストの元へと走り寄って来た。


「喰らいやがれぇえええええ!」

「何!?ぐわぁっ!」


一気にフロストの元に近付いたガーネットが、フロストの頬目がけて右手からの鉄拳を叩きこんだのだ。突然飛来してきた雪玉には迎撃できても、これには迎撃できなかったフロストの体は後方へと吹っ跳び、ここまで数秒の出来事に他の皆は唖然とする中、この一連の出来事の口火を切ったガーネットが、唖然する一行に向けて何食わぬ顔で喋り始めた。


「ふー、体が暖まったぜ」

「暖まったって、兄貴。レノら子供達は、雪山の麓で別れたんじゃ…」

「ワシは待つのは性に合わん。隙あらば、こっちから先手必勝じゃ!…ま、今回はこのガキンチョ達との作戦成功でもあるがな」

「せっかく案内させといて、俺達にも活躍させろってんだ!」

「合図は、この橙目のお兄ちゃんの大声が来たら突撃だって聞いてたから」

「成程。そういう事か…って、今のうちにレインとリアさんを」


どうやら、ガーネットにしか知らないレノら子供達とのやり取りがあったらしく、ようやく把握した所で、ジーン部隊すら予想していなかったガーネットの不意打ちによって目論見が崩れたフロストが倒れている間に、急いでレインとリアの保護に入った。


「リアさん、大丈夫ですか?」

「え、ええ。何とか」

「“カージー”、フロストが起き上がったわよ!」

「ああ。リアさん。レインと子供達と一緒にセージの後ろへ」

「わ、分かりました」


カージナルがレインとリアを保護したのと同時に、フェルメールがフロストが起き上がったのを確認するや、急いでリアとレインを先に避難させたレノら子供達が居るセージの元へと避難させては、双剣を抜いて戦闘態勢へと入った。


「まさか、こちらから仕掛けるとは…いいでしょう。ここが、皆さんの墓場になるのは当初の計画通りですから!」


完全な不意打ちでこちらの思惑を崩されたフロストは、今にも襲い掛からんばかりに大剣を抜き放ち、戦闘は完全に避けられない状況の中、カージナルはセージにある役割を与えた。


「セージ。お前は、六年分の鬱憤を晴らす思いで術の詠唱に入れ。俺達は、奴の動きを止めて時間を稼ぐ。トドメはお前が決めるんだ。外すなよ」

「とびっきりの「風」の魔法で決めちゃいなさい!」

「先輩なら信じてます」

「“カージー”、“フェル”、ジーン…ああ、頼んだ!」


カージナルからの指示にセージは従っては、早速「風」の魔術の詠唱に入り、それを確認した後、カージナルは残るフェルメール・ジーン・ガーネットに対し、指示を出した。


「いいか。セージが詠唱を完了するまでの間、俺達が時間を稼ぐぞ」

「ええ!」

「お言葉ですが、カージナルさん。隊長は自分ですが、了解しました」

「おうよ、“カー坊”!」


カージナルらの指示にフェルメール達の士気は上がり、セージは後方から「風」の魔術の詠唱を続ける一方で、レインやレノら子供達と共に戦況を見守るリアの心の中に、自分の知らない記憶が見え隠れし始めていた。


「知っている。こんな光景、見た事ある。わたくしは…」

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