第35話 6-4 リアティス=スティルレント

「ご無事でしたか。リアティス先輩。自分…私です。ジーン=スパイラルです。私や貴方の婚約者であるセージ=フォレスト先輩が、六年間ずっと貴方の生存で心配しておりました」

「え?一体どうしたんだ、ジーン…ってか、ひょっとして!」

「あの人が、リアティスさん!?」

「何じゃ!?こうもあっさりと探し人が見つかったのか!」


“リア”と名乗ろうとした紫目の色族の女性を“リアティス”と呼んでは、セージと共に彼女に詰め寄るジーンの突然の豹変ぶりに、リアの近くにいたカージナルは圧倒され、フェルメールやガーネットが驚く中、リアからの返答は、一行の予想から外れるものだった。


「えっと…すみません。貴方達とは、“たった今、初めてお会いしました”が…」

「!?ですが…」

「ジーン。もういい…すいませんでした、リアさん。買い物途中の邪魔をしてしまって」

「いいえ。貴方達この町は初めて?宿なら、そこにありますよ。それでは」


まるで…というか、本当に初対面ともとれるリアの発言に一行は驚いては、それでもジーンは諦めずに食い下がろうとするも、察したセージが止めてリアに非礼を詫び、買い物途中だったリアと別れた。


「いいんですか、セージ先輩!彼女は…」

「待て待て、ジーン。俺や“フェル”にレインや兄貴からにしてみては、何が何だかサッパリだ。一応、宿を紹介してくれたし、そこで続きといこう」

「…そうですね」


未だセージに不満なジーンだったが、これ以上寒い場所での立ち話は、北部地域の気候に参っている南部地域出身のカージナルとガーネットに迷惑と思い、ジーン部隊は一旦リアから紹介してくれた近くの宿を目指すのであった。



「しかし、先程のおかしな人達。わたくしの事を“リアティス”と呼んでいましたが…」


自分には“リア”という名前があるのに、“リアティス”という知らない名前で呼ぶおかしな人達と別れ、レノも見失った事で当初の目的だった買い物を続行していたリアだったが、同時に先程の自分の発言に疑問を持ち始めていた。


「でも、「初めて会った」なんて言いましたけど、何かあのおかしな人達とは初めてではない気がする…」


その時、急に襲ってきた頭痛にリアの体がよろめいたが、今度は倒れる事なく踏み止まった。


「やだ。頭痛…?最近、パービュアさんの所で働きすぎたのかしら?なら、買い物を早く済まさないと…」


頭痛による小休憩をした後、早く買い物を済まそうとリアは再び歩み始めたが、その後ろで彼女の後を付けていた人物の存在まで気付く事はなかった。



「…で、どうだ?落ち着いたか?」

「すいません、皆さん。先程は取り乱してしまって…」


その頃、宿屋の暖かい室内に場所を移したジーン部隊は、先程までの豹変ぶりから落ち着いてきたジーンに、カージナルは先程の話の内容を詳しく聞くことにした。


「早速だが、あの長いエメラルドグリーン髪で紫目の色族はまさか…」

「ええ、間違いありません。リアティス=スティルレントその人です」


そう言うや、ジーンはとある写真をフェルメール一行に見せた。そこには、学生服姿の昔のジーンとセージにエメラルドグリーンの短髪で紫目の色族の女性の三人が映っており、確かに特徴がリアと名乗る女性と似ていたが、ふとフェルメールが、リアの発言からおかしな所を思い返していた。


「でも、ジーンさん。あの人がリアティスさんなら、「初めて会った」なんて言ってたのがおかしくなるけど」

「恐らく、記憶が欠落してるんでしょう。六年前のあの事件が、リアティス先輩に記憶を欠落させる程のショックまでに追い込んだとしか…」

「確か、自分以外全員死亡だったはず。無理もないな」

「酷い…」

「くそっ、フロストとかの野郎!」


改めて、セージを冤罪に追い込んだフロストとソルが真犯人の六年前のスティルレント家殺害事件の恐ろしさを認識する一方で、ジーンの隣でさっきから黙り続けていたセージが、一行に向けて重い口を開いた。


「皆、リアティスの件はこれで打ち切ろう」

「!?セージ先輩、何を?」


セージの突然の発言にまず驚いたのはジーンだった。


「彼女が本当にリアティスだとしても、今は“リア”という新たな名前で幸せに過ごしている。それだけでもう十分だ。これ以上、彼女に迷惑をかけたくない。だから…」


そんなセージの訴えは途中で遮られた。ジーンが突然セージに向けて一発ビンタをかましたのだ。一気に場の空気が重くなり始める中、ビンタの反動で床に倒れたセージに、ジーンが涙目になりながら必死に訴え返した。


「六年前、両親を殺され、見知らぬ場所に放浪し、挙句ショックで記憶喪失となった今が幸せなんですか?真実を知る事が迷惑なんですか?違う。セージ先輩だけじゃない。自分やリーフお母様同様、リアティス先輩だって六年間内心は苦しんでいるんです。そんな苦しみから解放され、やっと見つけた希望を簡単に捨てるんですか?自分がかつて憧れていた先輩は、簡単に諦める人じゃなかったのに…」

「ジーン…」


涙目から最終的に泣き始めるジーンの訴えにセージは黙り、フェルメールらは二人に何を言ったらいいのか分からない程の無言に重くなる場の空気だったが、そんな空気を吹き飛ばすかの如く、宿屋のドアが開け放たれたのはその時だった。


「おにいちゃん達。いる?」

「なんだなんだ?って、あの時の子供か。今、お兄ちゃん達は凄い気まずい空気内にいるから、また今度…たっ!またアイツか…」


宿屋にやって来たのは、つい先程までカージナルと雪玉遊びをしていた子供達に、応対したカージナルは門前払いをしようとしたが、そこに飛んで来た雪玉がカージナルの顔に当たり、見ると散々カージナルに雪玉をぶつけてきたレノと名乗るリーダー格の悪ガキが、一行に向けて門前払い所ではない発言をした。


「また今度なんて言ってる場合かよ!リアお姉ちゃんが攫われたってのに!」

「え?それって本当なの!?」

「まさか、フロストが?奴も“雪国の町”に居たとしても、リアさんがここに居た事なんて…」

「分析しとる場合か、“カー坊”!とにかく、今は救出じゃ。もし野郎の仕業なら、せっかく見つけた希望とフォレストの居場所を潰えさせる気じゃ。そんな事はさせん!」

「そうだな、兄貴。で、その攫われたリアさんは何処に?」

「町外れにある雪山の方に行った」

「雪山じゃな。おい、隊長さん。泣いとる場合か?行くぞ!」

「…分かりました」


レノから告げられた緊急事態に、先程までの気まずい空気は吹き飛び、一行が慌しくなる中、一人まだ床に倒れたままのセージを見て、カージナルが見かねて彼に向けて呼びかけようとする。


「セージ。お前の願いとやらは、仇敵には聞く耳持たずのようだな」

「“カージー”に殴られるだけでなく、ジーンまでもビンタされるとは、形無しだな。それに、リアティ…リアさんを攫った犯人がフロストなら、フロストによって記憶喪失のまま殺される所は見たくないな」

「ああ。何が何でも絶対に阻止するんだ。ほら、起きな。ジーンにかつてのお前の良い所だった諦めない所を見せるんだろ?」


“色族首都”同様、再びカージナルから差し出した手を掴んで立ち上がったセージに、ジーン部隊はリア誘拐事件の第一発見者であるレノの案内の元、一路彼女が攫われた先と思われる町外れの雪山を目指すのであった。

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