第33話 6-2 リアティス=スティルレント
「…以上が、南部地域の“火山地帯”で起こった出来事です」
「そうか。報告大義であったジーン=スパイラルよ」
エルム城に謎の爆発が起こる数分前。ジーンは謁見の間で、アザレアとジェードに南部地域の“火山地帯”で起こった出来事の報告を済ませていた所だった。
「して、ジーンよ。“絶望の奇跡”含めた貴殿の仲間達は今?」
「今、他の人達はこれから北部地域にある“雪国の町”に向けた補給をしている所です。“絶望の奇跡”であるレインさんは、自分との同伴を要請しましたが…」
と、ジーンが“絶望の奇跡”ことレインが、フェルメール達と一緒に居たいという理由で、ジーンとのエルム城への同伴を拒まれた所をアザレアとジェードに報告しようとしたその時だった。突然の爆発音と共に、まるで地震が来たかのような揺れが城内を襲ったのだ。
「何だ?」
「地震?いや、違うな…」
揺れは直ぐに治まった爆発音から暫くして、城内がにわかに慌しくなり始めたのと同時に、一人の騎士団が、息を切らしながらアザレア・ジェード・ジーンがいる謁見の間にやって来た。
「何事だ!」
「報告します。城内に侵入者です!単騎でエルム城に奇襲を仕掛けた模様!」
「侵入者ですって!」
「恐らく黒族だろう。しかし、単騎で奇襲とは、黒族も思い切った事をする。今すぐ守りを固めよ! ジーン、貴殿も続け!」
「分かりました!」
ジェードの騎士団長らしい的確な指示により、ジーンも迎撃すべく報告に来た騎士団らに続いた。
「くっ、城内に奇襲を仕掛けたにはいいが、予想以上に騎士団の動きが早い。これ程とは…」
その頃、爆発音と共にエルム城に奇襲を仕掛けた犯人は、自分が思っていたのとは想定外の騎士団からの抵抗に悩まされていた。何人かは倒しても直ぐに増援が来てしまう現状に、このままではこちらの身が持たないと察し始めていた。
「このままでは、俺が持たん。奴の思惑を少しでも狂わせれば…ちっ、また増援か…ん?」
焦り始める犯人を他所に、また新たな騎士団の増援がやって来たが、増援の一団に金髪の姿を一瞬だけ確認し、まるで探し物でも見つかったかのように不敵な笑みを浮かび始めた。
「ふふふ…まさか、こちらからやって来るとは。覚悟しろ、“絶望の奇跡”!」
そう犯人が言うや、新たにやって来た増援部隊に向けて持っていた大剣で襲いかかるも、狙い元であった金髪の姿は装備していた双短剣で迎撃し、犯人に向けてこう告げた。
「まさか、自分が“絶望の奇跡”―レインさんと間違えるとは。目の色をよく見たらどうですか?黒族さん。いや、セージ先輩の仇。フロスト=クルセイド!」
「くっ、この俺が人違いをするとは…不覚!」
迎撃した双短剣使いの金髪の色族は、目の色が黄色のジーンだった。“絶望の奇跡”を護衛していた一団が来たのかと勘違いしたエルム城に奇襲をかけた犯人ことフロストは、直ぐ様剣劇を解いて後方に回避した所で、今度は騎士団ではない服装の新たな増援がやって来た。
「大丈夫か?ジーン」
「ええ、先輩。それにカージナルさんやガーネットさんも」
城の爆発から居てもたってもいられずに駆け付けたセージとカージナル、ガーネットの三人が到着し、ジーンの無事にセージが安堵した後、対面の敵を見て顔色が変わった。
「フロスト…」
「おや、“平原の村”以来ですね。恋人を護れない負け犬のセージ=フォレスト」
「野郎!」
フロストの挑発に喧嘩早いガーネットが真っ先に反応するも、セージが静止をかけては、カージナルが双剣を引き抜き、他の健在な騎士団と共に徐々にフロストとの間合いを詰めていく。
「どうやら、わざわざ襲撃しといてジーンを同じ金髪のレインと間違える失態から段々劣勢になっていく状況で、セージを挑発する余裕はまだあるんだな」
「そうですね。せっかくの襲撃もどうやら失敗である以上、この続きは北部地域の“雪国の町”で…」
「何?しまっ!?」
奇襲失敗を完全に悟ったフロストは、隠し持っていた煙幕弾をばら撒き、そこから立ち上る黒い煙で怯んだカージナル達の隙を突いてまたもこの場から逃げ出し、黒一色の周囲が晴れた時には、もうフロストの姿は無かった。
「くそっ、また逃がした!」
「でも、フロストは“雪国の町”と言いました。丁度自分達が向かう所です」
「えーと…つまり、アレが“カー坊”らが狙っているフロストという奴じゃな?」
“平原の村”に続き、同じ手でフロストを逃がした事に悔しがるカージナルだったが、セージと共にフロストによって負傷した騎士団の治癒に当たっているジーンが襲撃犯であるフロストの言動から冷静に分析し、事情を知らないガーネットはフロストの特徴を把握した所で、ジーンがこの場にいないあと二人の女性の存在に気付いた。
「そういえば、フェルメールさんと自分と間違われたレインさんはどうしたんですか?」
「あっ…」
「そんな事が…私達も爆発音に気付いて向かおうとしたけど、レインが急に行くのを止めようと言ったから…」
「ま、まあ。結果的にレインと勘違いしたジーンの思わぬ影武者策でオーライってか?」
エルム城内にある広間に場所を移しては、ようやくカージナル達と合流したフェルメールとレインが、駆けつけれなかった理由をジーンに説明した所だった。
「つまり、セージを犯人に仕立て上げたフロストが、エルム城に奇襲したという事?」
「ええ。目的はどうやら“絶望の奇跡”のレインさんでしたが、フェルメールさんと同伴を選んだ事が結果的に吉と出たようですね」
「ボウ。ひょっとして、未来予知でも身に付けたのか?」
「んなわけねぇだろ。兄貴」
「わたしは…べ、別に、そんなんじゃ…」
当初はジーンと共にエルム城に同伴するはずが、本人の意向でフェルメールと一緒に居たいというレインの選択が、結果的に黒族の思惑を挫いた事に、ガーネットは未来予知と驚くもカージナルが否定し、当のレインが恥ずかしがる中、ジーンが纏めに入った。
「フロストは「この続きは北部地域の“雪国の町”で」と言いました。丁度自分達が向かう所を指定したという事は、恐らく南部地域での件は黒族側にも伝わっているでしょう」
「“火山地帯”で交戦したソルは騎士団に捕まり、エクアは戦意喪失で降伏した。フロストのみで“風の渓谷”以来遭遇していないラーニアだけは気になるが、黒族側にしてみては背水の陣という事か」
「喧嘩の舞台が変わろうと、今度こそ奴をとっ捕まえるまでじゃ!な、フォレスト!」
「え?あ、ああ。そうだね」
例えどんな罠が待ち構えていようと、今度こそ六年前のスティルレント家殺人事件の真犯人であるフロストを捕まえる想いを一層強くしたジーン部隊は、一路フロストが待つ北部地域にある“雪国の町”へと向うのであった。
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