第31話 5-6 居場所

ラーニアは夢を見ていた。

お父さんとお母さんと暮らしていた昔懐かし記憶…

だが、突然現れた紅蓮の炎が壁になって、徐々にお父さんとお母さんとの距離が離れて行き、やがて見えなくなってしまった。

居場所を失い、一人になってしまったラーニアに、新たな人が現れた。エクアだ。

新たな居場所を与えてくれたエクアとの日々を過ごしていたラーニアだったが、今度は何もない所で突然ラーニアが転び、見かねたエクアが手を差し出すのかと思われた。

だが、エクアは何故か歩みは止めず、徐々にラーニアとの距離が離れて行く。ラーニアは「待って」と声を出そうにも声が出ず、手を伸ばそうにもいつの間にか右腕が無くなっている焦りを他所に、エクアもまた見えなくなってしまった。

居場所をまた失ったラーニアの視界は、ここで黒一色に塗り潰されていった。



「う。ココは…」


ゆっくりと目を開けたラーニアが最初に見た光景は、見知らぬ天井だった。一定のリズム音が鳴っているのは心電図からだろうか。まだ意識が朦朧としている中、視線を前に見て見ると、左腕はある一方で右腕は肩から先が無くなっていた。恐らくこれが原因だろう。そして首をゆっくり傾けると、そこには誰かが座っていた。


「目覚めたか。ラーニア」

「フェイラン、様…」

「ここは病室だ。主はエクアとの“風の渓谷”で、敵の攻撃からエクアを身を挺して守った代償に右腕を失う重傷を負い、ここに入院してからかれこれ一週間くらいか。その間、エクアは主が目覚めるのをずっと介護していたそうだ」

「エクアが、あたしを…」


ラーニアの横に座っていた人―フェイランは、今目覚めたばかりのラーニアに、“風の渓谷”での戦闘から今に至るまでの間、エクアがずっとラーニアを病室に居てくれた事を告げたが、ラーニアはフェイランに先程見た夢を呟き始めていた。


「夢を見ていた。お父さんとお母さん、エクアまで突然あたしの前から先を行って、声をかけようとしても、差は広がったまま、やがて見えなく…フェイラン様、エクアは?」


あの夢を見てからというもの、モヤモヤしている何かを拭いきれず、ラーニアはフェイランにエクアは今何をしているのかを問おうとしたが、フェイランは暫くの間の後、ラーニアに向けて重い口を開いた。


「ラーニア。お前には辛い報告になるが、エクアはソルとの“絶望の奇跡”奪還に失敗し、色族の元に…我らから裏切った」

「え?」


フェイランから告げられた報告に、ラーニアは最初訳が分からなかった。ラーニアとの相棒悪いソルがエクアと組んだ任務に失敗し、しかもエクアが、敵である色族から裏切った?あの出会いからあたしを可愛がってくれたエクアが、色族に?理解に頭が付いていけない中、ラーニアは左腕のみで支えながら起き上がり、尚もフェイランに向けて問い詰めていた。


「フェイラン様、ご冗談を。エクアが、エクアが裏切ったなんて…」

「残念ながら、本当だ。主が負傷しているにも関わらず、功を焦って、普段とは違う人選にした我のミスだ。すまない…」

「そんな。エクアが…嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ…うわぁあああああ!!!!!」


そうフェイランは涙ぐみながら、ラーニアに向けて非礼を詫び、ラーニアは現実から逃避する呟きを繰り返しては、最後に病室内に響く程の大声を出し、やがて無口になったと思うと、まるで魂を失った抜け殻のようにフェイランに向けて喋り始めた。


「フェイラン様は何も悪くナイヨ。悪いのは、あたしから居場所を奪ったエクアダカラ…」

「ラーニア…そうか。今、主の失った右腕の義手を準備している。意識は回復したが、完治はまだ先だ。今は休んでおれ」

「分かりました。フェイラン様…」


先程とは態度が違うラーニアに、フェイランは一拍の間の後に把握し、意識が回復したラーニアを再び横に休ませた後、病室から退出したが、廊下を数歩歩いた後に立ち止まり、とある呟きを始めていた。


「ふむ。あの人選でソルが反逆すると思っていたが、まさかエクアが色族の元に付くという予想外の事態があったとはいえ、我の思惑どおりとなったな。ラーニアが持つ納刀状態のままの剣。アレは…」


病室のラーニアには聞こえない程の声で何かを呟き、フェイランの姿は黒き闇へと消えて行った。



―あたしは、色族が嫌いだ。

色族はあたしの居場所、お父さんとお母さんを奪っていった。

色族によって全てを失ったあたしに、新たな居場所をくれた―エクアだ。

エクアはあたしを可愛がり、共に過ごした日々がいつしか幸せにも感じた。

だが、そんなエクアも色族によって裏切られた。

裏切るわけはないと思っていたエクアとの日々が、色族によって全て偽善となった瞬間だった。

あたしは、皆が普通に暮らせる平和な世界が欲しかっただけなのに、色族はそれを妨げる。

もう、色族を許せない。

だが、その前に…


「エクア=セフィーロ…あたしを裏切った以上、許さナイ!だから…殺してヤル!フフフフフ…ハハハハハ!」


病室のベッドで不吉な笑みを浮かべながら、ラーニアにとっての今のエクアは、可愛がってくれた姉のような存在から、敵である色族から寝返った裏切り者へと変わっていった。

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