第30話 5-5 居場所

「“フェル”!セージ!レイン!」


その頃、こちらもソルが仕向けた黒族の手下達を、カージナル・ジーン・ガーネットの三人で迎撃し終えたばかりのカージナル達が、決着を確認したセージ達の元へと駆け寄った。


「やったな。セージ!」

「ああ、“カージー”。何とか二人を守り切れたようだ」

「守り切れたようだじゃなくて、守り切れたでしょ?もっと誇りなさいよ」


六年前、婚約者であるリアティスを守れずに濡れ衣を着せられたセージが、六年の歳月を経て、仲間であるフェルメールとレインを守り切る事が出来た自信と成長を感じさせる勝利に湧く一方で、ジーンがもう一人の勝利の立役者にも注目していた。


「しかし、フェルメールさんの成長は凄いですね。カージナルさんの指導で“活気ある港町”到着までの短期間でここまでとは」

「ああ。意外にも結構飲み込みが早かったんだよな。流石の黒族も誤算だったろう」

「意外はちょっと心外だけど、“カージー”の指南の甲斐あって、私も戦えるようになったんだから。レインを守る為にね」

「うん。“フェル”、カッコよかった。すごくカッコよかったよ。あっ、セージさんもね」

「ハハハ、勝負を決めた僕はオマケですか」

「しかし、あの泣き虫小僧が、ここまで立派になるとは。兄としては誇らしい姿じゃな!」

「兄貴まで…!?危ない!」


“風の渓谷”での戦闘では足手纏いだった状況からのフェルメールの成長ぶりに、レインも当初の目論見が崩れて自暴自棄になったソルにトドメを刺して決着を付けたセージよりも褒め称え、その輪にガーネットも加わったその時だった。突然投げナイフが一行に向けて飛来し、一早く気付いたカージナルが剣で迎撃に成功したのだ。


「“カー坊”!」

「大丈夫だ。そういや、すっかり忘れてたな。そもそも、墓場からの殺気と矢文を出した張本人さんよ!」


カージナルの激に一行が見る視線の先、エクアは生きていた。突然反逆したソルに斬られたかと思われたが、どうやら致命傷には至っていなかったようだ。地面に血を数滴垂らしながらエクアはヨロヨロと立ち上がっては、勝利に湧いていた中からの突然の不意打ちで再戦闘態勢のフェルメール一行に向けて、武器である投げナイフを尚も構えていた。


「やっぱり、気付いてたのか…」

「まだ戦うの?そんな体じゃ、もう…」

「ふ、ふふふ…色族に心配されるなんて、落ちぶれたものね。私も…そうね。もう私の負けは確定ね。なら…」


そう言いながら、エクアは右手で投げナイフを構えながら徐々に後ろへと後ずさっていったが、その先は―


「おい。後ろはマグマじゃぞ!」

「まさか、死ぬ気ですか!?」

「反逆者が出た上に、“絶望の奇跡”捕獲への好機を逃した今、任務失敗に変わりないわ。もう“黒族首都”に戻っても、私の居場所なんて…」


エクアがあとずさった先―そこは所々ある穴の中から煮えたぎるマグマの火口だった。任務失敗や居場所発言からして、今から彼女が行う行為は容易に想像つき始めるフェルメール一行を他所に、エクアはラーニア宛ての遺言を呟いていた。


「ラーニア、貴方の目覚めを見届けなくてごめんなさい。私が死んでも、貴方は強く生きなさい…」


言い終えた遺言を最後に、目を瞑ったエクアの体は火口に向けてバランスを崩し始め、このままマグマに体が燃え尽きるのかと思われたが、いつまで経ってもその瞬間は訪れる事が無かった。閉じていた目を開けると、エクアの手が誰かに握られていたのだ。


「離して…これ以上色族に情けをかけたくない!」

「離さん!絶対に離さん!」


今まさにマグマに落ちようかというエクアを、ガーネットがエクアの手を寸前の所で間に合い掴んでいたのだ。


「ワシはもう目の前で誰かが死ぬ所は見たくないんじゃ!誰かが死ぬ事で別の誰かの居場所を失う所は見たくないんじゃ!例えそれが黒族だろうが関係ねぇ!そのラーニアとかいう奴の居場所をこれからも守ればいいじゃろ!だから離さん!死んでも離さん!」


自分の身にも危険が及ぶ中でのガーネットの必死の説得に、マグマに身を落とそうと思っていたエクアの心が少しずつ揺れ動いていた。私が死んだら、まだ意識不明で目覚めないラーニアはどうなる?あの出会いからフェイランの任務でずっと共にいたラーニアとの一時は、自分の新たな居場所では無かったのか?エクアに唯一心を開いていたラーニアの笑顔を思い出しては、いつしかエクアの目に涙が溢れ始めていた。


「ラーニア…私は…」


ラーニアの事で泣き始めるエクアを見て、ガーネットは渾身の力でエクアを引き上げ、無事にエクアの救出が完了した。



エクアと共にスカーレッドの家に帰還した一行を待ち受けていたのは、ガーネットへのスカーレッドからのビンタだった。


「ガーネット!自分が何をしたか分かってるの!危うくカージナルの居場所がまた無くなる所だったのよ!アンタは、昔からそういう無茶するから…」

「ま、まあまあスカーレッドさん。こうして皆帰って来たんだし」

「よくないわよ!カージナル!ああ、イライラする。もう一度ビンタ…エクアさん!?」

「やめて。色族は悪くない…命の恩人を、虐めないで…」

「エクアさんが言うなら…」


あの後、火山地帯から再び“活気ある港町”のスカーレットの家に戻って来たフェルメール一行の話題は、ガーネットによるエクアの命がけの救出劇で持ちきりだった。一歩間違えればガーネットも危なかった事を思えば、スカーレッドが心配するのも無理はなかったが、追撃のビンタは、この状況を至らしめた張本人であるエクアに止められ、彼女のか細い説得に、スカーレッドはようやく観念した。


「ま、スカーレッド小母さんの気持ちは分からんでもないが…ところで、“カー坊”。これからどうするんじゃ?」

「ソルの件はアザレア女王様から応援呼んだ騎士団に任せてるし、もうこれ以上の情報はないっぽいし、一旦“色族首都”に戻ってから、今度は北部地域に行こうかと」

「そうか。なら、ワシも一緒に行くぞ!」

「ちょっ、兄貴。俺達はアザレア女王様の命令で、その任の部隊長である騎士団のジーンと共に来ただけで、ただの一般人のお前には。第一、スカーレッドさんが許可するかどうかは…」


カージナルによる今後の方針から、突然のガーネットの同行宣言に一同驚いてはカージナルが慌てる中、当のスカーレットからの予想外の返答に言葉が止まった。


「…いいわよ」

「え?スカーレッドさん。今、なんて?」

「無茶もあったけど、無事に帰って来たからもう心配なさそうだし、許すわ。大丈夫よ。黒族の子は任せなさい。父親を亡くして身寄りのないアンタ達を育て上げた私を何だと思っているの?」

「スカーレッド小母さん…」

「ただし、やる事が終わったら、実家の後片付けを忘れないでよね!」

「うぐっ!」

「ハハハ。なら、尚更リアティスさんを見つけ出さないとな」


同行を許したスカーレッドからの釘刺しでガーネットが黙る姿にカージナルらは笑う中、新たな仲間であるガーネットも加わった騎士団・ジーン部隊は、“活気ある港町”から補給の為に一旦“色族首都”に戻るのであった。

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