第27話 5-2 居場所

「ガーネット。いる?開けるわよ…って、うわっ。相変わらず汚いわね」


“彼女”は、“ガーネット”という人が住む家の玄関扉を開けた第一声に驚かざるを得なかった。室内のあっちこっちに物が散乱しており、足の踏み場もないに等しい状態だったのだ。しかし、“彼女”の目的は室内の惨状よりも、扉を開けても尚返答が来ない“ガーネット”の存在から、ある結論に至った。


「アイツ、片付けよりも、父親の墓参りが先とは。命日を覚えているのは何よりだけど、まったく…」


そう呟きつつ、“彼女”は“ガーネット”を探しに再び外へと戻って行った。



“活気ある港町”は“、レイン=カラーズの南部地域にある火山地帯・ファウンテン山の麓にある町であり、湾内に面した港エリアと、採石場を兼ねた山道エリアの二つに分類される。港エリアは新鮮な魚介類の殆どがここから出荷され、山道エリアは近くの鉱山から取れる鉱石から様々な武器等が作られ、町には工房の金槌の音が鳴り響く、まさにレイン=カラーズにおける交易の要所であるこの町に、五年ぶりに帰ってきたカージナルとジーンの二人は、“活気ある港町”の全体が見える少し離れた場所にいた。


「見えてきたな。あれが、俺の故郷である“活気ある港町”だ。しかし、五年ぶりか…」

「お言葉ですが、カージナルさん。久しぶりの故郷に感慨深さの気持ちは分からなくもないですが、自分達には任務がある事をお忘れなく」

「分かってる。セージの冤罪晴らしに繋がる情報収集目的だったな…さて、“フェル”。大丈夫か?」


六年前のスティルレント家殺人事件の犯人にされたセージの冤罪を晴らす真犯人・フロストとソルの逮捕と、行方不明のリアティス捜索の任務の部隊長である騎士団のジーンからの注意にカージナルは返答する一方で、二人に遅れてセージとレインと共に歩く一人の少女の状態を確認した。南部地域特有の熱帯気候の前に疲れているフェルメールのことである。


「“フェル”、大丈夫?」

「だ、大丈夫よ、レイン。これくらい…」

「おいおい。年下に介護されては形無しだぞ」

「う、うるさいわね!“カージー”!」


疲れていても尚強がるフェルメールだが、そもそも色族の民は目の色による気候の適応力が異なっており、一年中暑い気候の南部地域では赤目のカージナル程適応力は強く、一年中寒い北部地域ではその逆である。つまり、青目のフェルメールが南部地域の熱帯気候の前に疲れているのは至極当然の中、見かねたカージナルは、丁度目的地も見えてきたことで、一旦休憩を取る事にした。


「ふう~疲れたぁ~」

「本当は、わたしも疲れてるけどね」

「レイン君も水色目だったね。でも、“フェル”よりは疲れていないのは意外だね」


ようやくカージナル達に追い付いたフェルメールは、その場に座り込んでは束の間の休憩時間を堪能しつつも、ジーンがふとこの場所から目的地である“活気ある港町”からでも微かに聞こえる程の鳴り響く音に注目した。


「しかし、この場所からでも微かに聞こえる音…金槌の音でしょうか?」

「ああ。俺が住む山道エリアの家はほとんどが工房だからな。鳴り響く金槌の音はこの町の名物の一つといってもいいくらいだ。“フェル”とセージは知っているだろうが、俺の実家も工房なんだ。今は兄貴が一人で住んでいるはずだが…さて、そろそろ行くとするか。ここから下り坂だし」

「え~。もうちょっと休みましょうよ」

「駄目だ、“フェル”。置いてくぞ」


まだ休憩を要求するフェルメールを無視しつつ、カージナル達は再び歩き始めた。



「やっと着いたぁ~」

「“フェル”。着いたって言うけど、俺の家は港エリアの先にある山道エリアだ。もう少し歩く事になるぞ。さて、相変わらずの光景で何よりだ」


最早歩くのは限界と言わんばかりのフェルメールにカージナルは呆れつつも、一行は“活気ある港町”の港エリアの入口に到着し、到着したカージナルの顔を見付けた現地の人が最初に歓迎した。


「アレ?“泣き虫カー坊”じゃないか?元気そうだな!」

「ちょ、こんな所でそのあだ名は…ちと訳あっての故郷凱旋だが…」


現地の人との再会にカージナルは早速目的をこなそうとしたその時、ふと背後に何かの殺気を感じ、それは近くにいたセージやジーンも同様だった。


「“カージー”、危ない!」

「え?おっと!」


セージの忠告に、カージナルは間一髪敵の拳による不意打ちを防ぐことに成功した。もし数秒遅れていたら間違いなく敵の拳がカージナルに当たっていただろう。しかし防いだ後、突然カージナルに襲いかかった人の顔を見てカージナルは驚愕した。


「兄貴!」

『兄貴!?』


カージナルが叫んだ「兄貴」発言にフェルメール達も驚愕した。最初は黒族の奇襲かと思い、セージとジーンは咄嗟に武器を構えたが、カージナルの迎撃後に改めて見ると、目の色は橙色から色族と判明し、武器の構えを解いた。


「五年間ずっと遊んでいたわけではないようじゃな。いやぁ、兄貴明利に尽きるわ!」

「お前、再会早々何だが、もし殴りかかった相手が俺じゃなかったら、大事だぞ」

「五年も顔を合わせてないからって、実の兄が我が弟の顔を忘れるかっての!久しぶりじゃな、“カー坊”」


カージナルを“カー坊”と呼ぶ橙目の色族の男に、ジーンは一言問いかけた。


「お言葉ですが、すいません。貴方はカージナルさんのお兄さんですか?」

「ワシか?ワシはガーネット=ブラウン。そこにいる“カー坊”ことカージナルの兄じゃ。以後よろし…」


グワァアアアアアン!


ジーンの問いかけに答えた橙目の色族の男、ガーネットと名乗る男が自己紹介を終えようとしたその時だった。突然後ろから現れた人影から放つ拳骨にガーネットが頭を押えながら悶絶したのだ。次々に襲い掛かる突然の事態に、人影の正体を知るカージナル以外の一行は唖然とした。


「やっと見つけたわよ、ガーネット!家の片付けを無視した上に、墓地にも来てないようだし、どこをほっつき歩いているのよ!」

「いってぇな、スカーレッド小母さん!」

「“小母さん”じゃなくて、“お姉さん”と…って、カージナル!?」


先程のガーネット以上に殺気もなく現れたスカーレッドと名乗る朱色目の色族の女性は、探し人をようやく見付けてはいつもの説教をかますも、久しぶりに見る顔が視界に入った途端、我に返って赤面した。


「お久しぶりです、スカーレッドさん。しかし、相変わらずの拳骨ですな」

「あらヤダ、久しぶり。丁度良かったわ。今日はお父さんの命日だし、ガーネットと一緒に墓参りに行ってきなさい。この残りの人達は私の家に案内するから」

「父さんの命日?…ああ、今日なのか。分かった」

「え?ちょっと、カージナルさん」

「悪いな。ちと都合が出来た。大丈夫、スカーレッドさんは信頼できる人だから心配はないよ。兄貴、大丈夫か?」

「お、おお…」


“残りの人達”ことフェルメールらそっちのけで繰り広げられるカージナルらのやり取りに呆気に取られながらも、カージナルとまだ頭を押えるガーネットの二人は先に行ってしまい、この場にはフェルメール・レイン・セージ・ジーンとスカーレッドの五人が残った。


「さて、貴方達。カージナルの連れ?」

「え、ええ…」

「初めまして。私はスカーレッド。今日は父親の命日でたった今墓地に向かっているブラウン兄弟の義母でもあるわ。見た所、この町に着いたばかりのようね。なら、私の家に着なさい。カージナルの連れなら歓迎しないとね」

「あ、ありがとうございます。あの、“カージー”は?」

「カージナルなら心配しなくていいわ。五年ぶりとはいえ、港エリアにある私の家くらいは覚えてるはずよ」


スカーレッドはそう告げた後、町に着いたばかりのフェルメールらをスカーレッドの家に案内したのであった。

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