第25話 4-7 セージ=フォレスト

ジーンに案内された宿は、あのアザレア女王様が手配してくれた宿だし、まさか高級…とはいかず、“平原の村”での自分達が住む家の部屋みたいな普通の宿であったが、せっかくアザレア女王様が手配してくれた宿に文句は言わず、フェルメールとカージナルはそのまま受け入れた。

当初、レインは騎士団の保護対象な為、エルム城に引き渡される予定だったが、「フェルメールと一緒に寝たい」というレインの我儘な要望も受け入れ、ジーンの護衛の元、フェルメールと三人部屋を用意してレインも宿に泊まることになった。

それから、一週間後。起床したフェルメールとレインが宿屋の階段を降りた先の入口にセージとジーンがいた。


「セージ、ジーンさんおはよう」

「ああ。おはよう、“フェル”。レイン君」

「おはようございます」


フェルメールの挨拶を返したセージの顔はいつもより晴れやかに見えた一方で、レインがジーンと共にいた複数の騎士団の存在に気付いた。


「騎士団さん…」

「お言葉ですが、レインさん。怖がらなくていいですよ。アザレア女王様からの命令で、自分と共にレインさん、フェルメールさん、カージナルさん、セージ先輩をエルム城への護衛で来ているだけですから」

「私達も?…って、その“カージー”は?」


色族を統べるアザレア女王様が、騎士団であるジーンや“絶望の奇跡”であるレインだけなく、一般市民であるフェルメール・カージナル・セージの三人までも呼ばれるという普通ならまず有り得ない事にフェルメールは驚くも、この場にまだ現れない一人の男の存在に直ぐに話を移したが、恐らく先に起こしに行ったであろうセージがお手上げ状態のポーズを見て察した。


「はぁ~まだ寝てるのね。女王様からの命令で遅刻なんて許されないのに…んじゃ」

「“フェル”?どこいくの?」


そう言い、フェルメールは再び二階へと階段を上がり、レインが後を追うも、セージがレインを引き止めた。


「心配はないよ、レイン君。これは所謂“朝の儀式”ですから」

「“朝の儀式”?」


その直後、二階の方から宿屋の入口まで響く程の凄い振動が来たのは言うまでもない。



「いたた…ふぁ~あ~」

「またあくび?頼むから、城内では勘弁してよね」


まだ眠い目をこすりつつ、後頭部を抑えながらあくびをするカージナルに、フェルメールからのダメ出しが飛び出した。先程のフェルメールがカージナルに仕掛けた起こし方は、アザレアの口真似でカージナルに寝坊罪で死刑という如何にもな大嘘に、カージナルは過敏に反応してベッドから転げ落ちた振動である。


「そういや、レイン。その髪飾り何処で手に入れたんだ?」

「これ?これはね…」

「アー!アー!ホント“カージー”ってデリカシーないわね!」

「いてっ!…ったくなんなんだ、一体?」


ふと、カージナルがレインの髪に付いている髪飾りに付いて問おうとした所、事情を知っているフェルメールに遮られた上、目覚めのトドメの一発を叩かれて会話が中断してしまったカージナルの不満の間に、一行は目的地であるエルム城に到着していた。


「お待ちしておりました。ジーン殿。アザレア女王様がお待ちの謁見の間にご案内致します」


エルム城門前にいた騎士団がジーン一行を見付けるや、彼らを謁見の間へと案内すべく、護衛と共に城内へと入城した。



「こちらでお待ちください」

「こんな凄い所に、私達が入っていいの?」

「まあ、普段ここに一般市民なんて入れませんしね。あ、アザレア女王様が来ました」

「待っておったぞ」


護衛の騎士団と共に辿り着いたエルム城の謁見の間に、初めて来た時は広間止まりだったフェルメールの言葉を失う程の驚きをよそに、今回の召集令を出した張本人であるアザレアとジェードが現れ、フェルメール達を歓迎した。


「あの。色族を統べる女王様や騎士団の団長様が、一般市民である私達まで召集させるという目的をお聞きしたいのですが」

「うむ。わざわざこの場所に主らを召集した目的の前に、貴殿らにはそこにいる我が息子、セージ=フォレストが犯人の六年前に解決済みとなったスティルレント家殺人事件はご存知か?」

「は、はい。“色族首都”に初めて来た夜にセージから…」

「ほお、セージが…貴殿らが“平原の村”で“絶望の奇跡”であるレイン=ボウを守った際に交戦した黒族、フロスト=クルセイドとソル=クロードがその事件の真犯人らしいというジーンからの報告があった」


ジェードが今回の召集目的の前に告げられた六年前のスティルレント家殺人事件の話を、一週間前にセージから聞いていたフェルメールの反応にジェードが一瞬驚くも、顔つきは変わらないまま、その続きをアザレアが担当した。


「しかし、希望はある。そのスティルレント家の一人娘であるリアティス=スティルレント。公では行方不明ではあるが、今も何処かで生存しているという情報もある。ここで本題に入るが、主らにはセージ=フォレストの冤罪を晴らす事件の真犯人であるフロスト=クルセイドとソル=クロードの逮捕と、行方不明であるリアティス=スティルレントの捜索をお願いしたい」

「成程ね。事件解決から六年経っての再捜査を俺達に託すという事か」


アザレアからの信憑性がない情報から告げた本題に、フェルメール一行はようやく今回の召集理由を把握した。


「うむ。事件自体は解決済み故、我が騎士団は使えない。我やアザレア女王様の六年の疑念を晴らすには、“絶望の奇跡”とジーンを救い、セージを知る貴殿ら“命の恩人達”に託すしかないのだ。分かっているとは思うが、片方では意味を成さん。尚、“絶望の奇跡”の護衛も兼ねたこの任務の部隊長はジーン、貴殿に任せる」

「ジェード団長!?」


ジェードからの思わぬ人事に当のジーンは驚いた。つい最近までは新米兵士だった者が、上の私情とはいえ、一般市民を率いる部隊長へと託されただけに無理もなかったが、考えれば“風の渓谷”で彼らにいろいろと助けられた以上、今度はこちらがその恩を返す番と思い、覚悟を決めた。


「分かりました。このジーン=スパイラル、団長のご期待に応えてみせます。改めて皆さん。宜しくお願いします」

「ああ。女王様や騎士団長様からの直々の任である以上、流石に断る権利もないしな。宜しくな、ジーン」

「ええ。宜しくね。ジーンさ…この場合は“隊長”なのかな?」

「ジーンさん。おめでとうございます」

「おめでとう。ジーン」

「これまで通り、さん付けや呼び捨てで構いませんよ。皆さん。そして先輩」


思わぬ形で部隊長に昇進したジーンに、フェルメール・カージナル・レイン・セージの四人はそれぞれのお祝いの言葉でジーンを歓迎し、その光景をアザレアとジェードは彼等に聞こえない声で呟いていた。


「これで、六年前の疑念を解決出来れば…」

「ああ。しかし、彼等を見ていると、昔を思い出す。特に“絶望の奇跡”と仲が良いフェルメールという少女は…」



アザレアとジェードからの任務後、エルム城の外に戻ったジーン部隊は、まず今後の方針への会議に入っていた。


「で、まずどこへ行くの?」

「まず、六年前の事件で手がかりがあるかは分かりませんが、一にも二にも情報集めですね」

「じゃあ、まず俺の故郷である“活気ある町”から攻めるか?顔馴染が何人もいるし」

「そういえば、“カージー”は南部地域出身だったね」

「里帰りの気もするけど、闇雲に歩き回るよりかはいいか」

「分かりました。まずは南部地域の“活気ある港町”から行きましょう」


会議の結果、まずはカージナルの故郷である南部地域の“活気ある港町”を目指す事に決め、いざ出発しようとした所で、とある声に呼び止められた。


「セージ!」

「母さん。見送りに来てくれたんだね」

「ええ。また行ってしまうようだけど、良い仲間がいて私はホッとしているわ」


声の主―リーフにまず反応したのは、セージ本人だった。この一週間、宿泊まりのフェルメール達とは別に帰るべき場所であった実家で六年ぶりの親子の再会から再び出発してしまう別れも、六年前とは違う何かを感じた実の母親であるリーフに、息子であるセージは、精一杯の言葉でリーフに告げた。


「行ってきます。母さん」

「行ってらっしゃい。セージ」


六年前から止まった時計が再び動き始めた瞬間であった。

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