第22話 4-4 セージ=フォレスト

「うわぁ~綺麗~」


レインと共に一目散にエルム城から飛び出したフェルメールは、立ち寄った“色族首都”の装飾店で、“平原の村”では見た事ないばかりの様々な品物を物色していた。


「ほら、これ。レインに似合うんじゃない?」

「え?ええ…」


フェルメールがその中で選んだのは、とある髪飾りであった。中央に大きな宝石と周囲に赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の七色が囲む何の変哲もない髪飾りを見せるフェルメールに振り回されていたレインは、ふと肝心な事に気付いてフェルメールに一言告げた。


「あの、“フェル”。お金は?」

「あっ…」


そういえば、あの爆発からカージナルらそっち退けで無我夢中に現場に急行したばかりに、武器である長剣以外何も持ってきていない事に今になって気付いたフェルメールが周囲を見るや、装飾店の店員と思われる人からの冷たい視線を感じる中、この気まずい空気をどう乗り切るか考えようとした矢先だった。


「君。ひょっとして、無一文かい?良かったら、代わりにお支払いましょうか?」

「え?いえ、結構です。今、戻そうとした所ですし」

「良いんですよ。すみません。これをください」

「あいよ。毎度あり」


たまたま居合わせた一人の客が、無一文であるフェルメールの代わりにその髪飾りを購入しようとしたのだ。あまりの親切さに当初は断ろうとしたフェルメールだったが、客は髪飾りを手に取って流されるまま、髪飾りは無事にお買い上げされた。



「なんか…すいません!払った分のお金はいつか返しますから」

「いえいえ。困っている人を見過ごせなかったただの気まぐれだよ。お気になさらず」


店の外に出たフェルメールとレインは、薄暗かった店内では顔をよく把握できなかったが、橙色の目に腰に太刀を携えた髪飾りを買ってくれた人に深々と頭を下げ続け、橙色の目の人はそんなフェルメールに「気まぐれ」という言葉で返した。


「あの、宜しかったらお名前を」

「俺はリク=クレフォルト。君達、見た感じ“色族首都”の人ではないね」

「は、はい。“平原の村”から来ました、フェルメールです。こっちはレイン…レイン?」


リクと名乗る男に、フェルメールはレインと共に自己紹介で返したが、当のレインはさっきからフェルメールの後ろに隠れては顔を半分だけ見せての警戒状態となっていた。


「どうしたの、レイン?」

「ひょっとして、俺が怖いのかい?参ったなぁ」

「いえ、別にリクさんが悪いわけじゃ…」


レインを見て途方に暮れるリクにフェルメールは慌てて弁明する中、咄嗟に話題を変えようと街中の至る所にある絵を見て言葉が止まった。


「この絵…」


剣を天空に掲げる人の絵に、フェルメールは今日見るのが初めてのはずなのに、以前も見たような感覚でいつしか我を忘れて見惚れるばかりに、リクとは違う別の声の存在に全く気付かなかった。


「これは、あの“開戦しなかった戦争”で虹の精霊が放った光の所を絵にしたやつですよ。いわば“奇跡”の瞬間です」

「ひゃっ!」


リクとは違う思わぬ声にフェルメールは驚いた。最初カージナルが来たのかと思ったが、低温声からしてカージナルでもなく、恐る恐る後ろを振り返ると、そこにはフードを被った長身の男がいた。


「これは失礼。別に驚かすつもりはありませんが、基となった本物の絵がエルム城にもありますよ。こちらは縮小したレプリカですがね」

「びっくりした…へぇ、そうなんですか」

「さて。ここにいたか、リク…」

「…しました。ラズーリ隊長。では、お二方。また」

「あ…」


フェルメールに絵の説明をし終えたラズーリと名乗る長身の男は、リクを発見するや、フェルメール達には聞こえないよう小声で伝えた後、リクはフェルメール達に別れの挨拶をかけ、ラズーリと共にこの場を去った。


「行っちゃった」

「そろそろ戻ろう。“フェル”」

「そうね。日も暮れて来たし」


気が付けば夕方になっていた空に、レインの事を考え、フェルメールもこの街の目印でもあるエルム城に向けて帰り始めたのであった。



「…ったく、何処行ったんだアイツは」


その頃、カージナルはフェルメールとレインを追いかけていたが、人ごみに紛れた二人をいつしか見失っていた。


「ま、遠くから見てもデカいあの城を目印にしてれば迷わんだろ。しかし、改めて見るとやはりデカいな。“色族首都”は」


フェルメール追跡を諦め、カージナルも“色族首都”の街中を散策に切り替えては、“色族首都”の街並みに、改めて“平原の村”からやって来た自分が田舎者にも思えそうな感じで適当に散歩する中、ふとある所で足を止めた。


「?なんで、あそこだけ空き地なんだ?」


そこは如何にもな豪邸ばかりが連なる中、一件だけ雑草が多い茂る空き地の不自然な光景に不思議がるカージナルだったが、更に不自然な光景を目撃した。空き地内にある樹の下に、手を合わせて座っている人がいたのだ。見るからに老齢で女性と思われるが、あまりの不自然さにカージナルは疑心暗鬼になりながらも、女性に近づいて勇気を出して一言告げた。


「あのぉ~申し上げ難いのですが、ここ、お墓ですか?」

「え?ええ。お墓ですよ。昔、このスティルレント邸で人が亡くなる事件が起こってね」

「そうですか。あの、俺も合わせていいですか?」


緑目の老齢の女性は、カージナルの発言に怒る事もなく、この不自然な空き地が昔“スティルレント”という人が住んでいた家という説明をし、近くでよく見ると、お椀を御香代わりにした線香が数本と花が手向けられており、即席のお墓と把握したカージナルも、せっかくという事で手を合わせた。


「すみません、わざわざ。宜しかったら、お名前を」

「俺はカージナル=ブラウン。今日この街に来たばかりの田舎者です」

「カージナルさん、ありがとうございます。私はリーフ=フォレストです」


見ず知らずの人の介入に、老齢の女性から名前を聞かれた事で互いに自己紹介したカージナルだったが、ふとリーフと名乗った老齢の女性の名前が、自分の知る者と同じという事に気付いた。


「“フォレスト”?ひょっとして、セージのお母さんですか?」

「え?セージを知っているのですか?」

「はい。今日一緒に来ましたが」

「そうですか。やっぱり、見間違いではないのですね。よかった…」


セージの名前を聞くや、リーフの目に涙が溢れて始めた事に、カージナルは何か変な事でも言ったのかと思い、返す言葉に迷っていた。


「え?ちょっ、あの。俺、なんか変な事言ったのなら謝りますが…」

「いいですよ。あの子、“あの事件”を境に変わってしまって…6年ぶりに会ったというのに、人違いだとはぐらかされて…」


リーフの涙ながらの説明をカージナルは聞いていたが、“あの事件”の単語からこれまでの事を思い返していた。セージが“殺人鬼”と言っていたフロストの“婚約者を守れなかった人”、騎士団のメヴェウが言っていた“スティルレント家殺人犯”、そして今居るスティルレント邸の跡地…


(全てが繋がりかけている…?)


まさかと思いつつ、カージナルはリーフに意を決して問いかけた。


「すいません、リーフさん。その…ここで昔、スティルレントという人が亡くなったという事件、詳しく聞かせてくれませんか?」

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