第20話 4-2 セージ=フォレスト

昔は行商人の近道だった“風の渓谷”は確かに出口まで続いており、抜けた先には、“平原の村”とは比べ物にならない程の大きな街並みが目の前に広がっていた。


「見えました。皆さん、あれが“色族首都”です」

「うわぁ~大きい~!」


“色族首都”の絶景にフェルメールは歓喜した。“平原の村”で過ごし、外の世界を知らない彼女にとっては何を見ても新鮮だろう。それはカージナルも同じだった。


「俺は旅で一度訪れたけど、ホント大きいな。な、セージ。セージ?」

「え?あ、ああ。そうだね」

「どうしたの?セージ。さっきからボーっとして。らしくない」


“風の渓谷”から出発してからというもの、終始俯き加減のセージにフェルメールとカージナルは不思議がるも、彼を知るジーンが咄嗟に話題を切り替えた。


「さて、そろそろ行きましょう。一日経っても戻らない部隊に心配しているはずです。レインさん。もう少しの辛抱ですから」

「うん。大丈夫。“フェル”やみんなと一緒なら平気だよ」

「だな。行くか」


ジーンの先導でフェルメール、カージナル、レインの三人は“色族首都”へ向け歩き出したが、一人セージだけは尚も何処か明後日の方向を見ているのかボーっと立っていたままだった。


「“色族首都”…六年ぶりの里帰りか」

「セージ!いつまでもボーっとつっ立ってると置いてくぞ」

「え?あ、ああ。今行くよ」


セージが何かを呟くも、カージナルの呼びかける声から我に返っては、先を行くジーン達に続いた。



“色族首都”は、流石レイン=カラーズの色族の本拠地だけあって建物が多く、一軒屋が所々に点在する程度の“平原の村”とは比べるまでもない大規模な街である。その中でも、街の中央には一際大きい建造物があり―


「あれが、最終目的地であるエルム城です」

「城ってことは、あのアザレア女王様がいるの!」

「え、ええ。おりますけど…」

「まったく、“フェル”はウキウキだな。なあ、セージ」

「え?う、うん。そうだね」


人混み溢れる“色族首都”の街中に入ってからというもの、見る物が新鮮で高揚が止まらないフェルメールに振り回されているジーンを見て、カージナルは少々ウンザリしながらセージにも振った中、人混みからセージが誰かとぶつかったのはその時だった。


「おっと、すいません。大丈夫で…」

「セージ?」


ぶつかった人に謝ろうとしたセージだったが、その相手である年老いた女性がまるでセージを知っているかのような口調に、セージの言葉が止まった。


「セージ?セージなの?」

「いや…すいません。人違いです」


セージを知る者からの問いに、セージはこの場から居ても立ってもいられず、人違いと返して人混みの中へと消えて行った。カージナル達と合流したセージの目には、人知れず涙が溢れていた。


(最低だ。六年ぶりに再会した“母さん”に「人違い」と言ってしまった僕が不甲斐ない…)



やがて、目的地であるエルム城前に到着した一行だったが、何故か門番に止められていた。


「そこの者、止まれ!“絶望の奇跡”保護の命を受けた我が騎士団部隊が、昨日帰還のはずが未だ帰還しておらぬ。お前達、何か知ってるか?」

「えっと…私達は、その…」


門番の対応にフェルメールらは四苦八苦する中、“絶望の奇跡”保護の部隊の一人であるジーンが前に出ては門番に事情を説明した。


「申し訳ありません。その命を受けたメヴェウ隊の者ですが、帰還中に黒族との奇襲に遭い、自分を残して全滅してしまいました。彼らは自分と“絶望の奇跡”を助けてくださった命の恩人達です」

「成程。そういう事情でしたか。そこの者達も“絶望の奇跡”保護の協力、感謝する!」


ジーンの報告から事情を理解した門番は、協力してくれたフェルメール達を労った後、エルム城への入城を許可した。最初は呆気に取られるフェルメール達だったが、事情を説明し終えたジーンの表情は暗かった。


「流石に遅過ぎる帰還から厳重態勢でしたね」

「そのようだね。でも、こうして“色族首都”に無事に帰ってこれただけでも、志半ばで散った君の部隊の頑張りが無駄ではなかったという事だ」

「そうですね、先輩。さあ、入りましょう」


セージの励ましに、最初は暗かったジーンの表情は戻り、五人は城内へと入っていった。



その頃、“彼女”は玉座から報告を聞いていた。


「申し上げます、アザレア様。“絶望の奇跡”保護の命に当たっていたメヴェウ隊所属・ジーン=スパイラルが“色族首都”に戻りました」

「一人?他は?」

「何でも、聞けば帰還中に黒族との奇襲に遭い、メヴェウ=アルダッツォ隊長率いる部隊は彼女を残して全滅したとの事。しかし、“命の恩人達”によって命は無事に成功したようです」

「“命の恩人達”?…そうですか。報告、大義であった」


“彼女”―アザレアと呼ばれる女性は、“絶望の奇跡”保護を任せたメヴェウ隊が黒族によって全滅と、“命の恩人達”によって“絶望の奇跡”と共に唯一生き残った一人の騎士団の生存の報告を聞き終えるや、とある単語に注目していた。


「しかし、仕掛けたのはこちらとはいえ、もう黒族も動き出しているとは」

「嘆くな、ジェード。しかし、我が騎士団を救い、黒族を退けた“命の恩人達”…ふふふ、会ってみたいものよ」


そうアザレアは玉座から立ち上がり、ジェードと名乗る男と共に玉座の間から退出した。



「うわぁ~すごぉ~い!」


エルム城の中に入ったフェルメールの第一声はこれだった。見るもの初めてばかりの“色族首都”の街並みに続き、エルム城で高揚さに更なる拍車がかかるフェルメールに、カージナルは最早呆れかえっていた。


「まったく、“フェル”はまた…もう城内だし、お偉いさんとかが…って、うわっ!」


今度はカージナルが誰かとぶつかった感触から台詞を中断せざるを得ず、ぶつかった方を見るや、黒のショートヘアーに赤目と青目のオッドアイの赤い和服の少年が倒れていた。


「おいおい、大丈夫か?ほれ」

「う、うん。ありがとう。あなたたち、なにしにきたの?かんこー?」」

「え?えっとね…」


カージナルが倒れていた和服の少年を起こした一方、当の少年はカージナルとフェルメールに興味津々の中、フェルメールが事情を言おうとしたのと、奥から誰かの声がしたのはほぼ同時だった。


「フィア。後先考えずに走り回っては危ないと…そうか。彼等がその“命の恩人達”かな?」

「アザレアお母様!」

「へ?アザレアって、ここの女王様がまさか…」


フィアと名乗る少年が色族を統べる女王様の名前を言った直後、明らかに一般人が着るようなものではない豪華なドレスに身を包んだ女性の登場に、フェルメールとカージナルは突然緊張したかのように固まり、色族を統べる女王様直々の登場に対し、ぎこちない口調で自己紹介を始めた。


「うわっ、本物!あっ、失礼しました。あの、は、初めまして!俺はカージナル=ブラウンといいます!」

「わ、私は、フェルメール=スカイです!」

「ふふふ。よい。“絶望の奇跡”保護と我が騎士団の未来を担う者を救ってくれたことは感謝する。緊張なぞせず普通でよいぞ。ようこそ、エルム城へ。童が色族女王・アザレア=ブルーシードルよ」


アザレアはレインとジーンを救った“命の恩人達”であるフェルメールらの緊張を解し、歓迎した。

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