中編 セージ編

第19話 4-1 セージ=フォレスト

六年前。Rc.323年の“色族首都”

貴族街のとある豪邸に、今日が誕生日を迎えた人を祝う声が響いていた。


「もう。お母様も大袈裟ですわね。わたくし、二十になるのに」

「そんな事言わずに、誕生日は何歳でも子供のように祝うものよ。“リア”」

「そうですわね。ありがとうございます。お母様」


今日が誕生日の主役―“リア”ごとリアティスと名乗る女性は、今回の誕生日で二十歳になったにも関わらず、未だ子供扱いをするリアティスの母親に少々不満顔ではあったが、それも親からの優しさとして割り切る事にした。


「しかし、我が娘の誕生日パーティーに、“婚約者”が居ないとは。一緒に招待したと聞いたが?」

「セージちゃんは、騎士団の仕事が遅れて少し到着が遅れると聞いております。もうそろそろ来るはず…」


そうリアティスが言い終えた直後と同時に、一人のメイドがドアを開けて報告をしたのはその時だった。


「申し上げます。セージ=フォレストと名乗る男性が到着した模様です」

「やれやれ、ようやく来たか。通してやれ」

「かしこまりました」


“婚約者”―セージ=フォレストと名乗る客人のようやくの到着に、リアティスの父親が応対してきたメイドに客人への来訪許可を命じた直後から、急に周囲が慌しくなり始めた。


「騎士団へと羽ばたく我がスティルレント家の一人娘と、ジェードが騎士団の長であるフォレスト家の未来の騎士団長候補の一人息子が集うこの大事な日に、仕事の遅れで遅刻は減点モノだが、ともあれこれで役者は揃いそうだ」

「もう。お父様ったら」


リアティスの父親の厳しい評価にリアティスは多少笑いながらも、ようやくの客人であり婚約者であるセージの来訪を心待ちにしていた矢先、部屋の外から物音と悲鳴が聞こえたのはその時だった。


「何だ!一体何が!?」

「申し上げます!セージ=フォレストが、突然殺戮を…」


先程とは違い、ドアを勢いよく開け放って息を切らしたメイドが報告するも、途中で血しぶきを上げながら絶命していった姿を見てただごとではないと把握する中、今し方メイドを殺した黒いフードを目深に被り口しか見えないセージ=フォレストが、スティルレント一家が集う部屋に到達した。


「セージ=フォレスト、一体何の真似だ!気でも狂ったのか?」


リアティスの父親の檄に、フードを被ったセージは何も答えず、持っていた鉤爪で襲いかかった。

誕生日パーティーが一転、殺戮パーティーに変わった瞬間だった。



「やれやれ。やっと着いたよ。マズいな~リアティスの父親、こういうのにうるさかったはずだし…」


その頃、本物のセージ=フォレストは、騎士団の仕事で思わぬ時間がかかってしまい、白いタキシード姿でスティルレント邸へ今到着した所であったが、到着後やけに静かなスティルレント邸に疑問を感じて玄関のドアに手をかけると、簡単にドアが開いた。


「しかし、やけに静かだね…ってアレ?開いてる…!?」


何故か開いている玄関のドアを開けたセージが最初に見た光景は凄惨なものであった。メイドや執事といったスティルレント邸の使用人達が、何者かによって血まみれで倒れており、既に息絶えていたのだ。


「これは、一体?」

「きゃあああああ!」

「!?リアティス!」


凄惨な光景にセージが言葉を失う直後、誰かの悲鳴が廊下中に鳴り響いた。声からしてリアティスと判断したセージは嫌な予感を感じ、悲鳴の元へと急ぎ急行した。



「お父様!お母様!いやぁああああ!」


既にフードを被ったセージの手によって両親も殺されてしまった姿にリアティスは悲鳴を上げるも、尚もフードを被ったセージは、血に染まった鉤爪を持ち、リアティスを壁際までに追い詰めていた。


「いや、来ないで…誰か、助けて!」


リアティスは助けを呼ぶも、自分以外は皆殺されているのか最早誰にも届かず、フードを被ったセージは鉤爪を構え、最後の犠牲者に狙いを定めようとしたその時だった。


「リアティス!」


本物のセージが、先程までリアティスの誕生日パーティーをやっていた部屋にようやく到着し、部屋に飾ってあった模造剣でフードを被ったセージとの交戦に持ち込んだ。


「セージちゃん…なの?」

「ああ、僕だ。何が起きたのかは聞きたいけど、今は逃げろ、リアティス!」

「え、ええ…」


剣劇の中、セージはリアティスに逃走を薦め、フードを被ったセージに殺されかけていたリアティスは、恐怖で尚も震える足でよろめきながら、この場から離れる事に成功した。


「お前は一体誰だ?何故僕の名前を語ってこんな事をした!僕に恨みでもあるのか!」


リアティスの無事を見届けた所で、フードを被ったセージとの剣劇に打ち勝って距離を離す事に成功したセージは、自分の名前を語る偽物と問いかけるも、フードを被ったセージ人は、少しの無言の後にセージに向け、初めて口を開いた。


「恨み?違うねぇ。フロストリーダーの命令で、オメーの人生を壊しに来ただけだよ。“騎士団”セージ=フォレスト」

「何?」


そう言うや、フードを被ったセージは、ポケットから光る赤いビー玉を数個手に取るや、セージに向けてある事を告げ始めた。


「さて、セージ=フォレスト。今にも爆発しそうな「火」の“レッド・アイ”を、この部屋の床に落とすとどうなるでしょうか?」

「クイズ?何の真似…!?」


敵の突然の行為に不思議がるセージだったが、ふと床を見ると、いつの間にか床一体に謎の液体が撒かれており、液体による妙な臭いに気付いた時にはもう遅かった。


「発火性の液体…まさか!?」


セージの言葉よりも早く、フードを被ったセージは、既に手に持っていた数個の“レッド・アイ”を離していた。まるでスローモーションのように落ちていく“レッド・アイ”が謎の液体が撒かれている床に付いた直後―

爆発音と共に、誕生日パーティーが行われていた部屋一帯が劫火に包まれた。



「ぐっ、ううっ…」

「驚いたぜ。あの爆発から逃げ出すとはなぁ~」

「ソル、口は慎め。娘を逃がした誤算もあったが、もうセージ=フォレストが犯人と知れ渡っている。撤退するぞ」

「りょーかい、フロストリーダー。じゃあな。“ただの色族平民”ことセージ=フォレストさんよぉ」

「ま、待て…」


爆発からの劫火の中、命からがらスティルレント邸から逃げ出したセージだったが、爆発の影響で白いタキシードも所々黒く焼けただれて最早動けず、耳からは恐らく二人の男の声が聞こえるも、セージの意識は段々黒の世界へと塗り潰されていった。



「うわあああああっ!」


まるで悪夢からうなされていたかの如く、大声を出しながらセージは飛び起きた。

所変わって、六年後のRc.329年。ここは、朝靄が残る“風の渓谷”の中間部。セージ、フェルメール=スカイ、カージナル=ブラウンの三人は、“絶望の奇跡”のレイン=ボウと彼女と共にいた騎士団の新米騎士・ジーン=スパイラルの救助と、彼等を始末しようと襲い掛かった黒族のエクア=セフィーロとラーニア=ゼルフィスとの戦闘の末、フェルメールによって何とか撃退に成功も、戦闘による疲労困憊から野営する事に決め、一晩ここで過ごしていた所であった。


「夢か…夢でも、これ程までに鮮明に覚えていたとはね…」


夢とはいえ、鮮明に記憶に残っている六年前の出来事を思い返しながら、セージは自分の人生を狂わせた人の名前を反芻した。


「忘れない。いや、忘れるものか。あの劫火の中、命からがらスティルレント邸から逃げだした僕をあざ笑いながら、僕の目の前から逃げられた二人の名前を聞いた…“フロスト=クルセイド”、“ソル=クロード”という名を!」

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