第18話 3-7 風の渓谷にて
誰かに担がれている揺れからエクアが気が付いた光景は、“風の渓谷”ではなく森林地帯だった。
「私…生きてる?」
「気が付いた?エクア。よかった…」
「ラーニア。一体何が起こったの?ラーニア…!?」
エクアをここまで担いできた恩人・ラーニアは、エクアの無事を確認した途端、急に座り込んでは黙ってしまい、未だ事情が呑み込めていないエクアが続きを問い質そうとラーニアに声をかけたが、ラーニアの右腕の先が無くなっている光景を目の当たりにした。どうやら、あの「水」の龍の攻撃からエクア守る際に重傷を負ったであろうラーニアは、右腕がない状態でエクアをここまで運んできたのだ。
「私なんかの為に…。幸い“風の渓谷”から“黒族首都”は近い。死なないで、ラーニア」
右腕を犠牲にしてまで自分を命を救ってくれたラーニアを無下にはしまいと、エクアは意識を失ったラーニアを担ぎ、急ぎ“黒族首都”へと撤退した。
一体、どれぐらいの時間が経ったのか?
肌に水が当たる感触と泥臭い土の臭いで気が付いたカージナルが見た光景は、空が雲一つない青空にも関わらず、何故か“風の渓谷”のこの一帯だけ大雨の如く、さっきから雨が降り続いていたのだ。
「ん?…雨?…空は晴れているのに…!?そうだ!皆無事か?」
「ええ」
「大丈夫だ。“カージー”」
摩訶不思議な光景に脳が追い付かない中、カージナルは自分が知る直前の記憶から、まずはセージとジーンの安否を確かめるべく呼びかけると、岩の影からセージとジーンの二人がそれぞれ顔を出し、安堵した。
「この雨は一体何なんだ!“カージー”?」
「ところで、レインさんは?黒族は?」
「落ち着け、二人共。レインは無事だ。けど、黒族の二人がさっきから見当たらないのが不気味だけど…」
セージとジーンも、謎の雨や黒族―エクアとラーニアの二人が見当たらない事に混乱の中、この場にあと一人―フェルメールの存在に、まずカージナルが気付いた。
「そういや、“フェル”は?“フェル”!“フェル”!」
「フェルメールさん?あそこに立っているのは…」
ジーンが指さす方向を見ると、人が一人立っていた。水色の髪に長剣を下に降ろしたまま放心状態の後ろ姿から直ぐにフェルメールと把握したカージナルが、真っ先に彼女の元に駆け寄った。
「“フェル”!大丈夫か?一体、何が?」
トレードマークである左束ねのサイドポニーテールもほどけ、恐らくエクアの投げナイフによる傷も見受けられるフェルメールの変わり果てた姿だったが、カージナルに気付いたのか、掠れた声で答え始めた。
「やったよ…私、黒族を追い払ったよ…みんなを守った…よ…」
「おい、“フェル”!しっかりしろ。“フェル”!フェ…」
そう言い残した後、持っていた長剣を落とし、カージナルの元へ倒れかけるフェルメールを受け止めたカージナルが何度も呼びかけるが、フェルメールの鼻息を確認した途端、その呼びかけを中断した。
「スー…」
「こいつ。寝てやがる」
「でも、発言からして、恐らく黒族の二人はフェルメールさんが撃退したのでしょう。まさに奇跡の勝利です」
「戦闘経験皆無のアイツがねぇ…信じられんが、認めざるを得ないだろうな」
フェルメールの発言でようやくカージナルら三人は事態を把握した所で、降り続いていた雨はようやく止み、“風の渓谷”に小さな虹がかかり始めた。
「さて、謎の雨も止んで虹が出迎えた所で、どーするよ?来た道は塞がれてるままだし、怪我人も居る状態じゃ…」
「いや、来た時は行き止まりだった反対側が崩れて道が出来ていますね。確か、ここは昔行商人が使っていた近道だったし、抜けた先は“色族首都”だったはず」
「とはいえ、黒族の二人も行方が知れないし、動けない人が居る以上、今日はここで野営するしかないね」
「じゃ、決まりだな」
フェルメールによってエクアとラーニアの二人を追い払ったとはいえ、フェルメールとレインは動けず、カージナル・セージ・ジーンの三人も疲労困憊の中、今日はここで野営という方針が決まり、各自野営への作業をしていくうちに夜へと迎えていった。
「う、う~ん…はっ、黒族は?レインは?みんなは?」
「黒族ならお前が追っ払ったし、レインや俺達は全員無事だ。夜だけど、おはようさん」
夜。あれ以降寝ていたフェルメールが寝言からようやく目覚めては、まずは周囲の確認から騒ぎ立てるが、最初に反応したカージナルが焚き火を見ながら経緯を説明させてフェルメールを落ち着かせようとするも、彼女にとっては逆効果だったようだ。
「“カージー”…!?“カージー”!大丈夫なの?怪我してない?」
「うおっ、いきなり何だ!」
突然フェルメールがカージナルに駆け寄り、服を脱がしてまでカージナルの体を触り立てるが、何処も傷一つない肌にフェルメールは不思議がった。
「アレ?何処も怪我してない。セージに回復してもらったの?」
「いや、あいつの回復術は軽傷程度だし、回復させた覚えもないが…ってか、そんなに近寄ると恥かしいんだが」
「え?…キャッ、私ったら」
「うおっ、一体何なんだよ。ったく…」
半裸状態のカージナルを見て我に返ったフェルメールがカージナルを突き飛ばして距離を離し、服を着直したカージナルと暫くは無言の状態が続く中、開口一番はフェルメールからだった。
「私、自惚れていたかも。庭で素振りしてた程度で黒族と戦う時点で無茶だったのに、レインを助ける事しか頭になくて、結果的にみんなを危険に晒して…」
「そうだな。ぶっちゃけお前は足手纏いだが、あの時“平原の村”に連れ戻す時間も惜しかったし、足手纏いを承知で連れて来た俺やセージにも責任はある。が、さっきも言ったが、黒族の二人を最終的に追っ払ったのはお前だし、結果的にレインや俺達を守ったんだ。誇れ」
今回の自分の不甲斐なさを嘆くフェルメールに、カージナルが批評も交えつつ、最終的に手柄となったフェルメールを励ますも、フェルメールは涙目になりつつも自分の思いを語った。
「でも、今回のような出来事ばかりではダメだと思う。だから、“カージー”。私に剣術を教えて!私も“カージー”やセージ、ジーンさんのように強くなって、一緒にレインを守りたいの!」
フェルメールの突然の要求にカージナルは驚いた。強くなってレインを守るというフェルメールの覚悟に、一拍の間を挟んだ後にこう答えた。
「お前は一度決めた事はやり遂げるまで諦めない性格なのは知ってるし、いいぜ」
「“カージー”…」
「でも、今はレインを“色族首都”に届けるのが先だ。その後みっちり教えてやるから、今は休め」
「分かったわ。でも…」
カージナルの許可にフェルメールはほっと胸を撫で下ろした後、そのまま寝るのかと思いきや、カージナルの隣へと寄り添うように移動した。
「ちょっ、今度は何だ?」
「今は、一人になりたくないから…」
またもフェルメールの予想外の行動にカージナルは頬を赤らめるも、あの戦闘で余程怖い思いをしたのだろうなと思いつつ、隣に寄り添って寝ているフェルメールに焚き火が当たらないよう気を付けながら、夜が更けていった。
白い空間の中に、金髪の女性はいた。
「「希望」が目覚め始めたか。だが、その「希望」は、まだこの「白」の世界に「色」を加える程ではない。「絶望」と並び立つ時はまだ先…。“この姿”で会う時が楽しみだ。“「初めまして」はおかしいか?”フェルメール=スカイ…“「希望」の、私”」
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