第17話 3-6 風の渓谷にて

「ちょっとやり過ぎたかしら?」

「勢い余って“絶望の奇跡”まで死なせたら、フェイラン様に顔向けできないよ。エクア」

「大丈夫よ。“絶望の奇跡”はこんな事では死なないわ。とはいえ、砂塵が治まるまでは動けないわね…」


カージナルが失敗した大技の礼を、主力属性である「雷」の力の魔法で返したエクアだったが、雷球の威力が大き過ぎたのか、カージナルら色族勢の始末の確認と“絶望の奇跡”であるレインの安否が雷球の爆発による吹き荒ぶ砂塵によって阻まれ、やむ無く“風の渓谷”から吹く風によって晴れるのを待っていた。



「う~ん…私?」


その頃、砂塵舞う中で気を失っていたのか、フェルメールは目覚めてから事態の把握に少し時間がかかるも、隣にレインの無事を確認した後、二人を守ってくれた覆いかぶさる人の存在に気付いた。


「“カージー”…?!しっかりして、“カージー”!“カージー”!カー…!?」


覆いかぶさる人―カージナルの存在を確認したフェルメールが、動かないカージナルの体に必死に呼びかけるも、右手にぬるっとした変な感触から呼びかけを中断せざるを得なかった。右手を見てみると、手の平にべったりと赤い液体の物が視界に飛び込んできたのだ。


「これは…血!?怪我してるなら、セージの回復で…セージ!セージ!セー…」


恐らくフェルメールとレインを守って負傷したカージナルの血を見た途端、咄嗟にセージの名前を叫ぶフェルメールだったが、周囲は砂塵舞う中で叫ぶフェルメール以外の声はおろか姿すら全く確認できず、段々一人しかいない恐怖から突然体が震え出し、脳内にまた彼女にとって身に覚えのない記憶がノイズ交じりで流れ込んできた。


(ねぇ。こんな所で寝てたら風邪ひいちゃうよ。だから、起きてよ。―――――。―――。みんな…起きてよ…起きて…)


“平原の村”の病室でレインと握手をしようとした時と同じ現象から流れ込んで来た新たな記憶は、「“人の手の部分だけ”を持ち泣き叫ぶ少女」だったが、今はそんな事よりも、徐々に襲いかかってくる死の「絶望」に怯えていた。


「レイン…“カージー”…セージ…ジーンさん…私のせいだ。戦闘経験もない私が、レインやジーンさんの救出に名乗らなければ、“カージー”は…セージは…嫌だ。お父さんに会えないまま、ここで死にたくない。死にたくない!死にたく…」


彼女以外健在者がいない一人の恐怖から、段々死の「絶望」に押し潰されそうになるフェルメールに、先程の記憶とは違う別の記憶がフェルメールの脳内に入ってきたのはその時だった。


(いったぁ~い!)

(また、俺の勝ちだな!)

(もう。兄さんったら、強いよぉ~)

(いやいや。手合わせ中のお前は油断ならないからなぁ~)

(なら、もう一回。今度は勝てる気がする!)

(いいぜ。そのお前の諦めない「――」。ホントお前は…)


「…の、奇跡…」


今度の記憶は、「誰かと手合わせしている」というまたも身に覚えがない記憶だったが、先程までの体の震えも止まり、不思議と落ち着きを取り戻していた。今この場を守ってくれている砂塵が晴れれば、間違いなく黒族の二人からトドメの一撃が来るだろう危機的状況で、フェルメールの体は無意識に立ち上がり、近くに落ちていた自分の武器である長剣を持っては、長剣を上に掲げて精神を集中し始めた。


「私が…やらなきゃ。私が…」



「ん?」

「どうした、エクア?」

「今、なんか青っぽい光が見えた気が…」

「気のせいじゃない?あの状況で無事な色族なんて」

「でも、あれで生きてたら厄介ね。まずは牽制で…」


その頃、以前吹き荒ぶ砂塵が風によって晴れるまで状況を見守る事しかできないエクアとラーニアだったが、エクアが一瞬とはいえ謎の青い光を確認しては、その謎の青い光が出た方向に隠し武器である投げナイフを投げ、砂塵が晴れるタイミングに向け、再び「雷」の魔法の詠唱を始めていた。



「つっ!…こんな痛み。私やレインを守って負傷した“カージー”よりは…」


いつの間にか周囲に青いオーラを放っていた事に気付かれたのか、砂塵の向こうから飛来してきた投げナイフがフェルメールの肩と足に命中し、痛みで上に掲げた長剣の重みでバランスを崩しかけるも、堪えて踏み止まり、長剣を再び上へと掲げ直して精神集中を再開した。長剣に付けられている青いアイ―“ブルー・アイ”の発光から刀身が青く光り始めては、そこから青目のフェルメールの主力属性である「水」が徐々に物質化しつつあった。


「そう。どんな事でも諦めない私を見て、誰かがよく言っていた。私は…」


フェルメールが何かを呟く間も、長剣から物質化した「水」を象った何かは段々と龍のような形へと変化していく中、一瞬ではあるが、もうすぐ晴れていく砂塵から、狙い元であるエクアとラーニアの二人の姿を捕えた。


『“希望の…奇跡”!』


フェルメールがエクアとラーニアが居る方向目がけて上に掲げていた長剣を振り下ろし、そこからまるで生きているかの如くな「水」の龍が砂塵を一気に吹き飛ばしてエクアとラーニアの眼前に現れた。突然の出来事に、エクアは詠唱途中だった「雷」の魔法を咄嗟に放つも、「水」の龍の威力によって不十分な「雷」の魔法を霧散させて止まる事はなく、回避に間に合わなかったエクア目がけて襲いかかる次の瞬間―

“風の渓谷”に、大きな水飛沫が舞い上がった。

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