第15話 3-4 風の渓谷にて

「お前ら、黒族だな?」

「いかにも。私はエクア=セフィーロ」

「あたしの名はゼルフィスよ。ラーニア=ゼルフィス」


現れた二人の女性は一方は短めの紅色の髪、もう一方はコートを着ており男と間違えられるほどに短い髪であったが、どちらも目の瞳の色は黒から黒族だけでなく、カージナルはその二人の通り名も知っていた。


「しかも、今度は「お面の雷紅」と「漆黒の風」が揃ってお出ましとは。退路を塞いで口封じに俺達を始末する徹底ぶりだが、生憎「はいそうですか」とむざむざやられる気はないんでね!」


黒族の予告から抗うべく、カージナルは自身の武器である腰に備え付けられている二振りの剣を抜き放つ中、この一対二の対決にもう一人の人物が名乗りを上げた。フェルメールだ。


「私も行くわ、“カージー”。これで二対二になるでしょ」

「おいおい。相手は騎士団を壊滅させた相当の手練れの黒族だぞ。お前には到底…」

「でも、ジーンさんはセージの回復術で治療中だし、セージも直ぐには動けない。私だけレインと共にじっとなんて出来ない!」

「確かにそうだが…って、黒族側は待つ気は更々ないか」


この中で明らかに非戦闘員であるレインを除いて次に戦闘経験がないフェルメールがどうこう言っている間に、黒族の二人は既に武器を構えていた。ラーニアと名乗る女性の武器は、腰に掛けてある二振りの刀から片方の刀だけを抜き放ち、エクアと名乗る女性は目元を隠すお面を付けただけであとは手ぶらだが、恐らく魔術師だろう。


「なら、“フェル”。お前は“お面の雷紅”の方を狙え。見た感じ恐らく魔術師だろうし、奴の詠唱を阻止する時間稼ぎぐらいは出来るだろ」

「何か癪だけど…わかったわ」

「覚悟はいいかしら?」

「ゆっくり殺してやるよ」


先に黒族の二人が動いた。予想通りエクアが魔術師らしく紫色の魔法陣を展開させて詠唱を開始し、ラーニアが黒き風の如くの速さで二人に近づくも、カージナルがラーニアと応戦し、フェルメールが身の丈以上の長剣を引きずりながらも、詠唱中のエクアに攻撃を仕掛けて彼女の詠唱を止める事に成功と、カージナルの思惑通りの展開でそれぞれ交戦を開始した。


「あなた、レインをどうするつもり?」

「ここで死ぬ貴方達が知ってどうするのかしら?」


エクアと交戦するフェルメールだが、闇雲に長剣を振り回すフェルメールに対し、エクアは余裕ある顔で攻撃をかわしながら、同時に冷静に分析もこなしていた。


「あ、アレ?何で当たんないの?この!このっ!」

「剣の振りが全然なってない…成程、私の詠唱を阻止する時間稼ぎ要員といった所か。だが、甘いわ。色族には“お面の雷紅”と呼ばれている私が、「雷」の魔術で戦う人と思ったら大間違いよ!」

「え?キャっ!」


突然エクアは袖の中から仕込んだ小さな投げナイフをフェルメールに向けて投擲し、予想外の攻撃にフェルメールは回避には成功したものの、長剣の重みで足元が踏ん張れず、体勢が崩れて尻もちをついてしまった。


「しまっ!」

「まずは一人」

「“フェル”!」


遠くでラーニアと交戦しているカージナルの声が聞こえた気がした中、フェルメールは慌てて立ち上がろうと試みるも、エクアが放った投げナイフに対し、直感的に目を閉じた。


―やられる!


だが、襲いかかる痛みはいつまでもやってくることはなかった。おそるおそるフェルメールが目を開けると、前方に見慣れた白いワンピース姿が視界に飛び込んできたのだ。


「レイン!?」

「くっ、よりによって“絶望の奇跡”に当たるとは」

「エクア!一旦仕切り直してやる。色族!」

「レインのおかげなのか、黒族の方から解いてくれるとは…とはいえ、これで完全にこっちが不利になったが」


フェルメールは自分を守ってくれた人の名を叫んだ。先程のエクアの攻撃は、黒族にとっては捕獲対象のはずのレインが身代わりとなって受けたのだ。エクアのよもやの失態に、ラーニアはカージナルとの交戦を自ら解いた事で双方交戦前の状況へと戻ったが、交戦前との違いはカージナル側の不利とレインの呼吸が乱れ始めていた事か。


「ううっ…ハア、ハア…」

「レイン、しっかりして!えっと、今ナイフを…」

「“フェル”、そのナイフに触るな!セージ!」

「分かった。丁度ジーンの治療が終わった所だ」


エクアの投げナイフを受けたレインはその場に崩れ落ちるや、目の前にいたフェルメールが受け止めては、腹部に刺さったナイフに触ろうとするも、カージナルが万が一を考えて役目をセージに任せ、代わりにセージが慎重にナイフを引き抜き、毒とかの罠はない事を確認して遠くに投げ捨ててすぐに回復術をかけ始めると、徐々にレインの呼吸が落ち着いていった。

これで、フェルメールの戦闘経験の無さは完全にエクアとラーニアに看破されただろう。そしてレインの身を挺しての負傷と追い打ちがかかってしまい、このままでは黒族の予告通り、レインを残してメヴェウら騎士団同様の末路から何とか打破するべく、カージナルが重い口を開いた。


「セージ。“アレ”を使う」

「“カージー”、本気か!?」

「だが、このままじゃレイン残しての全滅は必至だ」

「なら、自分が囮を引き受けます。何をするかは分かりませんが、今この窮地を脱せれるのなら、自分も手伝いましょう」

「ジーン…分かった。僕も行こう」

「セージ、ジーン…よし!」


作戦会議を終え、今度はセージとジーンが前線に、後ろにカージナル、更にその後ろにレインを抱えるフェルメールの配置の中で、カージナルがエクアとラーニアに向けて一言叫んだ。


「よく見とけ、黒族共!今から凄い物を見せてやるぞ!」

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