第14話 3-3 風の渓谷にて
“風の渓谷”という名は、いつどこで誰が最初に名付けたのかは知られていない。
細い道幅から切り立つ断崖が両側にあり、そこから一年中強い風が吹いているという事から、誰かが名無しの渓谷を“風の渓谷”と名付けたのだろう。昔は渓谷を抜けた先が“色族首都”から、よく行商人の近道に使われていたらしいが、ある日崖崩れが起こって道が塞がれてからは復旧される事なく、いつしか使われる事はなくなったと言われている。
その“風の渓谷”に入ったカージナル・フェルメール・セージの三人は、“色族首都”帰還中に黒族の奇襲に遭い、恐らくここに身を隠して救助を待っていると思われるレインとジーンの二人を求めて探していた。
「おーい。レイン!ジーン!どこだー!」
先頭で歩くカージナルの反響する声に続き、間にフェルメール、後ろにセージという順で一列になって歩いているのは、崖崩れで使われなくなった事による風化なのか、ただでさえ細い道幅に所々に点在する大岩の所為で更に狭く、大人でも二人分ぐらいの横幅しかない為である。地の利があるカージナルとセージは普通に歩く一方、フェルメールはさっきから辺りを見回している中、一陣の風がこの渓谷を駆け抜けたのはその時だった。
ヒュオオオオオ!
「キャっ!」
「大丈夫だよ、“フェル”。風が吹いた音だ」
「あ、ありがとう。セージ…」
「おーい、置いてくぞー!」
「わ、わかってるわよ。“カージー”」
たかが風ごときに驚いていられないと、いつもの強気を見せつつ、強風で立ち止まっていたフェルメールとセージは先を歩くカージナルに続いた。
“風の渓谷”に入ってから大分進んで来たが、ここまでレインとジーンの姿はない中、前方にて大きく開けた所に辿り着いた。先への道は大岩で塞がれており、どうやらこの“風の渓谷”の崖崩れの現場で終点のようだ。
「ふう。ここまで狭い所を歩いてきたが、どうやらここが、昔使われなくなった原因の崖崩れの現場か。とはいえ、一応警戒を…」
「レインー!ジーンさーん!どこなのー!」
「って、おいおい。警戒心ゼロだな。自分の身よりそんなに二人が心配のようだが…」
「そりゃ心配するだろ、“カージー”。レイン君の見送りに間に合わなかったんだし」
「ったく、護衛の身にもなれっての…」
二人の無事にしか眼中にないフェルメールの警戒心のない動きに気を付けながら、カージナルとセージは来た道を監視しつつ、無数の大岩が点在する“風の渓谷”の開けた場所で二人の名前を呼び続ける中、ある大岩からその声に反応した誰かが顔を出した。レインだ。フェルメールらの姿を確認した途端パッと表情を輝かせ、救助を待つ間怖かったのか涙目になりながらも、一目散にフェルメールの元に駆け寄った。
「“フェル”!“カージー”!セージ!怖かった。怖かったよぉ」
「レイン。無事でよかった。一体、何があったの?ジーンさんは?」
「皆さん。助けに来てくれたのですね」
レインが出てきた大岩から、もう一人ジーンも顔を出した。黒族の奇襲で多少傷付いている姿を見て、セージが真っ先に彼女の元へ駆け寄り、自身の回復術で治療を始める。
「ジーン!無事でよかった。今、治すから」
「ありがとうございます。先輩」
「で、早速で悪いが、ここまでに至った経緯を知りたいんだが」
「“色族首都”帰還中に突然爆発音がして、二人の黒族が奇襲して来たんです。目的は恐らくレインさんでしょう。自分も交戦しましたが、隊長が身を挺して私を護って…」
「成程ね」
これではっきりした。予感的中、あの爆発音は黒族の仕業で間違いないだろう。メヴェウ率いる騎士団はその二人の黒族と交戦するも敵わず、護衛対象のレインと隊では新人であるジーンを逃がす事に成功するも部隊は壊滅し、二人はこの“風の渓谷”に逃げ込んだ…カージナルが冷静にここまでの経緯を整理し始めたその時だった。来た道が突然爆発し、無数の崩れてきた岩で通路をふさいでしまったのだ。
「道が!」
「え?これ、閉じ込められたの?」
「くそっ、やられた!退路を塞がれたとは…随分な徹底ぶりだな。騎士団を壊滅させた黒族さんよ!」
そうカージナルが叫んだ方向は、今来た道である通路を塞がれた岩々群からだった。砂煙の中、二人の人影が現れたのだ。
「やはり、爆発音で気付いた殺気から、後を付けて来たのは正解ね」
「でも、ここでお前たちには死んでもらうわ。“絶望の奇跡”は除くけど」
瞳の色は黒色の二人の女性は、フェルメール一行にも奇襲によって葬ったメヴェウら騎士団と同じ末路を予告したのであった。
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