第9話 2-3 初めて目撃する奇跡

“黒族首都”

初めは自分達を邪魔者扱いした色族を葬るべく、“開戦しなかった戦争”で“色族首都”侵攻目的に作られた小さな野営所だったが、“開戦しなかった戦争”後から色族と同じ王制を導入し、黒族を統べる若き国王・ブラックらの手腕から、数年で色族を統べる女王・アザレアの“色族首都”と遜色ない程の街並みへと急速に発展していき、レイン・カラーズの「色」と「黒」の二つの勢力の象徴へとなっていった。

その中で一際そびえ立つ建物。クロム城にあるブラックの私室に、その夜、一人の黒族が訪れた。


「フェイラン=イルトリート=マーダラー、参陣しました。して、ブラック様。お話とは?」

「フェイランか。昨夜にて、居住区で謎の発光騒ぎがあったようでな。聞けば、其方の部隊である黒族と色族との小競り合いとの噂が」

「大方、未だ我が黒族を嫌う色族から発した騒ぎでしょう。わざわざ我等黒族の住む街に襲撃とは…」

「そうか。色族のアザレア女王との和平会談を控えている時に、困ったものだ。夜分遅くに迷惑をかけたな。用件は以上だ。下がってよいぞ」

「いえいえ。では、ブラック様。おやすみなさいませ」


ブラックから呼び出された黒族で高齢の参謀・フェイラン=イルトリート=マーダラーは、ブラックからの用件を巧みな話術で切り替えし、ものの数分で終わった用件でブラックの私室から退出した。



「昨夜の発光から何かあったのは確かだが、どうやら我等の極秘任務には気付いてはいないようだな…」


ブラックからの用件を終え、自分の私室に戻ったフェイランがそう呟いた直後、男性の声と共にドアからノックする音が聞こえた。


「失礼します。フロスト=クルセイド、ソル=クロード、戻りました」

「うむ。入ってよい」


信号弾の正体であるフェイランからの撤退命令を受け、“平原の村”から帰還したフロストとソルの二人がフェイランの私室に入ってくるや、フェイランがフロストに帰還への異常な遅さとなった経緯を問い質した。


「撤退命令を出す程の遅さからして、どうやら“絶望の奇跡”捕獲の極秘任務は失敗したようだが…一体何が起こったのか、説明して貰おうか」

「申し訳ございません。“絶望の奇跡”捕獲任務の部隊の中に色族が混じっていたようです。交戦した色族の奇襲一団に、極秘任務の情報が筒抜けだった可能性が」

「ふむ。やはり読まれたか…アザレアめ」


フェイランがフロスト達の“絶望の奇跡”―レイン捕獲の極秘任務が失敗した経緯を把握した所で、ソルが本題である今回の目的を切り出した。


「そんで、フェイラン様。極秘任務大失敗のオレ達をここに帰還させた目的って?」

「うむ。お前達には暫く休ませておく。言うなれば、“絶望の奇跡”を逃がした失態による連帯責任だ」

「ま、待ってください。確かに色族の邪魔に遭って“絶望の奇跡”の脱走は許してしまいましたが、その後の行方を確認し、あと一歩の所までいきました。引き続き我々にお任せを…」

「そういう所は強情だね。ほんとこれだから大人は」

「まったくだ。憎き色族にバレてる時点で、もう極秘でも何でもないのにね」


フロストがフェイランに“絶望の奇跡”捕獲の極秘任務続投の要請を途中で割り込むかのように、新たに黒族の女性の声の二人がフェイランの私室にやってきたのはその時だった。


「エクア、ラーニア…」

「なんだなんだ?オメーらもフェイラン様からの召集がかかってたのか?」

「憎き色族に、“絶望の奇跡”の脱走を許したアンタ達と一緒にしないで!」

「私とラーニアは、不甲斐ない貴方達の帰還が遅いという事で、貴方達と入れ替わる形で“絶望の奇跡”がいる“平原の村”の偵察から戻った所よ」


フロストが黒族の女性の二人―エクア=セフィーロとラーニア=セルヴィスの名前を言い、ソルはラーニアが反応した挑発じみた会話を挟んだ後、フェイランは先程のフロストとソルの時とは別人のような口調で二人を出迎えた。


「おお。エクア、ラーニア戻ったか」

「フェイラン様。ラーニア=セルヴィス及びエクア=セフィーロ、“絶望の奇跡”がいる“平原の村”の偵察から戻りました」

「報告します。“絶望の奇跡”が流れ着いたとされる“平原の村”ですが、現在は色族の騎士団の支配下に置かれているようです」

「そうか。エクアとラーニアは引き続き偵察を任せる。動きがあれば、昨夜の仕返しの奇襲も構わぬ。目的は“絶望の奇跡”の再捕獲だ。よいな」

「仰せにままに」

「了解しました」


フェイランからの命を受け、エクアとラーニアは再びフェイランの私室から退出しようとしたが、ソルからの睨む視線に気付いたラーニアが釣られて睨み返して一触即発になるも、エクアが彼女を宥めて落ち着かせた後、私室から退出した。


「というわけだ。フロスト、ソル。お前達は暫く休んでおれ。以上だ」

「くっ…分かりました」


フェイランからの通達に納得が出来ないという心情を堪えて、残ったフロストとソルも退出し、私室には再びフェイラン一人のみとなった。しかし、その顔は先程までとは違う野心の顔が溢れていた。


「ブラックめ。“開戦しなかった戦争”を知らぬ身が、アザレアとの和平なぞさせぬ。“開戦しなかった戦争”の続きを果たす為にも、何としても“絶望の奇跡”を、我が物に!」

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