第8話 2-2 初めて目撃する奇跡
まったく、今日は朝の見回りでレインと名乗る光の繭から出てきた謎の少女を河原で保護し、フロストとソルと名乗る黒族の二人がレインを狙って襲い掛かって来たりと、「いつもと変わらない一日」とは程遠い、まさに非日常な一日だった。
あの後、高熱のレインを病室のベッドに寝かせた後、一応病人のフェルメールと黒族との交戦で落ち着かせようとセージを病室に残し、俺―カージナルが一人黒族の襲撃で村に被害がないか確認に奔走し、日が暮れ始めた頃に病室に戻って今に至るわけだが…
「“フェル”、レインはどうだ?」
「熱はある程度は下がったみたい」
「そうか。しかし、俺達を心配する気持ちもわかるが、お守り対象を見逃したら何にもならんぞ!」
「ご、ごめん…」
「セージもセージだ。一体どうしたんだ?あの黒族相手に、顔が分かった途端突然激昂して」
「すまない…」
「ま、こうしてレインが無事だったのは不幸中の幸いだが」
そう二人を説教し終えたカージナルがぼやいた直後だった。ドアは閉めていたはずの病室からでも聞こえる程の物凄い大きな声が外から響き渡ったのだ。
「たのもー!“絶望の奇跡”を保護したという者がここにいると聞いた!是非、お目にかかりたい!」
「うるさっ、ドア閉め切っているのに。というか、ここ病院…」
「応対した方がいいんじゃない?このままじゃ、鼓膜破れそう…」
「そうだね。行こう、“カージー”」
「しょうがねぇなぁ…はいはい。その“絶望の奇跡”とやらを保護した者ですけど…」
尚も外から響き渡る大声に耐え切れず、カージナルとセージが応対しに病院の入口までやって来た所で二人の足が止まった。大声の主の正体がこの村に似つかわしくない、先程の黒族とは真逆の白が基調の正装服の集団が確認出来たからだ。
「おいおい。今度は“色族首都”からの騎士団様かよ」
「おお!君達か。我々は“色族首都”から“絶望の奇跡”保護の命でこの村にやって来た治安守護の騎士団・メヴェウ部隊隊長、メヴェウ=アルダッツォだ。ん?そこにいるのは、セージ=フォレストか?スティルレント家殺害犯が、こんな村で落ちぶれたものだな」
大声の主―騎士団の部隊長と名乗る色族の男・メヴェウが、自己紹介と共にカージナルと一緒にいたセージを見て皮肉めいた一言を追加するも、彼の横に居た部下と思われる人が、まるで秘書のような口調で会話を挟んだ。
「メヴェウ隊長。お言葉ですが、私情が混じってます。応対している人が不快になりますよ」
「う、うむ。失礼した。こちらは新米騎士のジーン=スパイラルだ。今回が彼女の初任務という事で、経験も兼ねて同伴しておる」
「ジーン=スパイラルです。お久しぶりです。セージ…先輩」
メヴェウの会話を挟んだ黄色目の色族の女性―ジーン=スパイラルが、セージに対して最後小声にも思える声で返すも、セージはそれに反応せず、カージナルはメヴェウからの要件に応える。
「しかし、治安守護で戦う騎士団様が、“色族首都”からこの辺鄙な村にお出ましとは。とはいえ、ここは病院だ。話の続きは、俺達の拠点であるセージの家で続けるという事でいいか?」
「セージ…コホン、分かり申した。あと黒族からの奇襲に備え、この村は暫くの間、我等メヴェウ隊の保護下に置く」
「ま、これには俺達に拒否権はないし、むしろ有難いな。セージも異論ないな」
「ああ…」
セージが妙に俯き加減の中、騎士団であるメヴェウからの要件が纏まり、カージナルとセージの二人が代表として病院からカージナル達の住み家であるセージの家に場所を移し、カージナルがここまで起こった出来事をメヴェウとジーンに説明するや、メヴェウの顔が険しくなった。
「ふむ。黒族の民は、普段“黒族首都”から外へはあまり動かぬらしいが、“絶望の奇跡”を求めてこの村まで来たと…」
「なら、あの黒族は一体何なんだ?」
「恐らく、今の黒族を統べるブラック様が、近々我が色族のアザレア女王様との和平会談を良しとしない、一部の黒族が中心とされる反国王派の面々であろう」
「確か、黒族の王様は争いを好まない人と聞くが、そんな人がレイン…“絶望の奇跡”とやらを欲してるのは妙だな」
「という事は、黒族の王様すら知らない陰謀に、レイン君が巻き込まれてると」
「黒族も案外一枚岩じゃねぇんだな」
フロストとソルら黒族が“平原の村”を襲撃した理由がまず分かった所で、今度はセージが次の質問に入った。
「そもそも“絶望の奇跡”であるレイン君が、どうしでこの村に流れ着いた上に、黒族に狙われていたのか?」
「昨夜、“黒族首都”にて謎の発光があったそうです。それに関係しているのかは分かりませんが、流れ着いたというのは、恐らく“黒族首都”から流れる川がこの“平原の村”に続いていたと…」
「ジーン!新米風情が、こんな犯罪者相手に口が過ぎるぞ!」
「し、失礼しました。メヴェウ隊長」
セージからの問いに答えたのはメヴェウではなくジーンだったが、メヴェウが再びセージに対する皮肉も交えた注意でジーンの会話を止められた光景を見て、病院での件から疑問に思ったカージナルが、無礼を承知で口を挟んだ。
「何かさっきからセージを嫌ってるようだけど、治安守護で戦う騎士団様は、偉ければ威勢も平民よりも大きくなるものなのか?」
「うぐっ!し、失礼した。その…」
「カージナル=ブラウンだ。そういや、俺の自己紹介がまだだったな」
痛い所を突かれたであろうメヴェウに、カージナルは名乗ってなかった事への自己紹介と、平民からの物言いには素直に謝るメヴェウに、あんな大声を出しながら人は見た目ではない寛容さに感心しつつ、黒族のフロストとソルとの戦闘で起こったある出来事を質問した。
「で、黒族との戦闘中に、その“絶望の奇跡”とやらのレインの体が突然光り出したのは?」
「それこそが“絶望の奇跡”、または“レインボウ・アイ”と呼ぶ力であろう。その名の通り、絶望的な状態になればなる程、“レインボウ・アイ”の力が増すらしい」
「“レインボウ・アイ”?」
「それに関しては、こちらも詳しく分かりません。普通の“アイ”と違って実物を見た人はいない代物ですし」
「“絶望の奇跡”、“レインボウ・アイ”…なるほどねぇ」
“レインボウ・アイ”という謎の単語が出てきたとはいえ、あの眩しくない不思議な光の正体を知った所で、最後にメヴェウが今回の本題への話に入った。
「さて。本題だが、“絶望の奇跡”。君達でいうレイン=ボウの容態が治り次第、我が本拠地である“色族首都”に送り届けなければならない。早急な引き渡しを求める」
「確かに。このままこの村に置いておくわけにはいかなくなったし、女王様がいる“色族首都”に置いておくのが安全だろう」
「そうだな。ん?」
レインの“色族首都”への引き渡しが決まるのと同時に聞こえた外からの物音に、カージナルは物音がした窓の方へ目を向くや、考えられるのは一つだけだった。
「アイツ、聞いてたな」
“アイツ”―ここまでの話を外から盗み聞きしていたらしいフェルメールにも、後で事情を説明しないといけない気まずい場面を担当しなければならないというカージナルの心境は複雑だった。
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