第2話 0-2 プロローグ

「ハァ、ハァ、ハァ…」


降りしきる雨の中、黒に染まる闇夜に包まれた街の路地裏で少女は走っていた。

こんな時間に、ただ意味もなく走っているわけではない。何故なら―


「いたか?」

「いや、見当たらん」

「路地裏に逃げたとはいえ、子供の足ではまだそう遠くには…隈なく探せ!」


少女の遙か後方から、少女を捕まえようとする黒族達の声が複数も聞こえる事から、少女はその黒族達から逃げているのだ。


「ハァ、ハァ…逃げなきゃ。逃げなきゃ…」


暗く雨で視界も路面も悪い路地裏に所々点在する木箱や樽に時折体をぶつけたり、雨で濡れている路面に足を滑らせて転びながらも、とにかく少女は、あの奇襲一団の人達に助けてくれたチャンスを逃さぬよう、この「絶望」から振り払おうと逃げ続けた。

やがて遥か前方に、路地裏の終点だろう開けた箇所が見えてきた。


「やった…出口だ!」


微かな「希望」を見つけ、最後の力を振り絞らんとばかりに、少女はその開けた箇所を目指して走ったが、到着後に少女が見た光景は思っていたのとは違った。その先には雨で増水している川で行き止まりだったからだ。


「ああ、そんな…」


思っていた景色と違った事で、再びの「絶望」に座り込む少女だったが、そんな暇は無かった。直後―


「いたぞー!」

「逃がすなー!」

「囲めー!」


少女を捕まえようとする黒族達が、少女を見つけてはその場所に集結し始め、やがて退路を塞ぐほどの人垣の前にとうとう追い付かれてしまったのだ。


「よくやく見つけたか。さあ、鬼ごっこの時間は終わりです。あの奇襲一団の人達ではなくて残念でしたね。“絶望の奇せ…」

「来ないで!」


無数の黒族の人垣の中から、フロストが前に出て少女へ向かって歩み寄るが、手を伸ばす所でその手を一旦引っ込みざるをえなかった。少女があの時奇襲一団のリーダーから授け、左手に持っていたナイフがフロストの手に当たったのだ。


「っ!まさか抵抗するとは。あの奇襲一団め、余計な事を。「殺さぬよう、保護せよ」というフェイラン様からの命令とはいえ、手荒な真似はしたくはなかったのですが…」


少女からの予想外の攻撃に、怪我した手を抑えつつ数歩後ずさりながらも、何事もなかったかのようにフロストは背中にある鞘から大剣を引き抜き、再度少女に近づいていく。迫るフロストに少女は後ずさりしながら、左手に先程攻撃したナイフを闇雲に振り回すも、フロストはたった一振りで少女が持っていたナイフだけを的確に当て、空を回るナイフは無情にも増水している川へと落ちてしまった。


「いや…来ないで…」

「さあ、覚悟してください。“絶望の奇跡”よ」


反撃手段を失い、気がつけばあと一歩後ろに下がれば増水している川に足を踏み外す位置までにいた少女は、フロストの最期通告に死を覚悟した。

フロストが大剣を振り上げ、今まさに少女の頭上に向け降り下ろそうとした。その時だった。

少女の体が突然光り始め、瞬く間に辺り一面が真っ白な光―白一色に包まれたのだ。


「くそっ、こんな時に“例の力”が発動するとは!」


奇襲一団にやられた閃光弾とは比べ物にならない光のあまりの眩しさに、フロストを含めその場にいた黒族達全員が怯んでいる姿に少女は驚きながらも、少女はこの一瞬の隙を逃さず、覚悟を決めて増水した川へと飛び込んだ。

その直後に光が収まり、再び元の黒き闇夜へと戻ったが、ただ違うのは先程までにいた少女がそこにはいなかった。


「いない!?」

「くそっ、どこにいった!」

「路地裏は子供が通れないほどに塞いでいたはず…まさか、川に!?」

「馬鹿な!この大雨で増水している。普通なら助からないぞ!」

「落ち着け!奴は“色族の中でも特別な存在”だ。そのくらいのことでは死なん!」


よもやの事態に騒ぎ出す黒族達の混乱を、フロストの一言で静止し、持っていた大剣を鞘に戻しながらも、その視線は少女が飛び込んだのであろう増水した川に向けられていた。


「確かこの川は“平原の村”付近に続いているはず…全員、急ぎこの川の先にある“平原の村”へと向かう!」


そう呟きながら、フロストはまだ先程の事態に驚いている黒族達に向けて今後の方針を告げ、把握した黒族から順次路地裏へと戻っていった。ただ一人を除いて。


「どうした、ソル?」

「手の怪我は大丈夫か?フロストリーダー」

「何、心配ない。かすり傷だ」


暗闇の為素顔は見えないが、ソルと名乗るその人は、先程少女が抵抗した際に負った手の怪我を心配していたようだが、フロストは心配無用の如く受け流した。


「逃げられちゃいましたねぇ。フェイラン様には、どー報告します?」

「むざむざ城に戻って「奇襲一団に邪魔され、逃がしました」なんて言えるわけがない。何としても捕まえてフェイラン様の元へ送り届けるまでが任務だ」

「そーですか」

「戻るぞ。もうこの場所に用はない」

「りょーかい」


そう言い、二人も路地裏へと戻っていった。



その頃、少女を護送していた黒族を襲撃した奇襲一団は、少女救出ではなく何故か街の外へと退避していたが、すぐ近くの川から七色の光の繭らしき球体が流れていたことに、あのリーダー格の男だけが気付いていた。


「これでいい。「絶望」の色と「希望」の色が混ざる時、奇跡の物語が動き出す…」

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