レインボウ・アイ 絶望と希望の奇跡の物語
ヒロツダ カズマ
前編 フェルメール編
第1話 0-1 プロローグ
―そこに「希望」はない。
そこに「黒」以外の色もない。
見えるのは、「絶望」と「黒」だけの世界…。
打ち付ける雨音と何かに揺られている感覚の中、目を開けた光景は、周囲を天幕に囲まれた薄暗い場所で、少女はただ蹲る事しか出来なかった。天幕の外では、少女をここに至らしめた沢山の人が集団で歩いており、「逃げる」という選択肢は端から存在しなかったのだ。
ふと少女が視線を上げると、天幕の外から雨音に交じって外から何か話声が聞こえるも、「これから、自分はどうなるのだろう?」しか頭にない少女にとってはどうでもいい事だった。
何も考えたくない少女の視界は、再び「絶望」と「黒」だけの世界に戻っていった。
ここは、『色』によって創られた大陸、レイン・カラーズ。
遥か昔、何もなかった大陸に突如大陸の端から端までかかる程の大きな虹がかかり、そこから虹の色に合わせた七色の精霊達が、この何もない大陸に様々な『色』を与えたのが始まりと言われている。
やがて、大陸に『色』を与える役目を終えた精霊達は人間となり、この『色』を与えた大陸の先住民となった。彼らは目の瞳の色が様々な色から『色族』と呼んだ。
それから数百年。『色族』の人口は増え、一つの国・文明が出来るほどに発展していき、すべては順調で平和に思えた。
しかし、様々な『色』は、混ぜる事でやがて『黒』一色になるかの如く、ある一つの事件が起こる。
彼らは『黒』を知らなかった。
始まりは、目の瞳の色が黒の『色族』が、他の『色族』に殺されるという事件だった。
原因は、犯人である『色族』が目の瞳の色が黒の『色族』を嫌っていたという些細な事であったが、その事実に他の目の瞳の色が黒の『色族』がしきりにあることを言い出した。
―俺達は、もしかしたら『色族』の中で一番嫌われている存在なのかと…
その“思い込み”から始まる亀裂はやがて修復出来ない程に広がり、目の瞳の色が黒の『色族』は独立して自分達を『黒族』と名乗り、やがて恨む存在となった『色族』に宣戦布告をした。そう、戦争である。
『色族』対『黒族』の全面戦争。普段は争いを好まない『色族』は、決起により圧倒的士気の『黒族』の前に、まともに当たれば『色族』の壊滅は免れない中、誰もが絶望状態からの開戦を覚悟した。
だが、その戦争は結局開戦しなかった。
なぜなら、開戦寸前にあの『色』を与えた時と同じ大陸の端から端までかかるほどの大きな虹が突如出現し、そこから現れた不思議な光によって『色族』と『黒族』の両者の争いを鎮まらせたのだ。
予想外の事態が起こったとはいえ、両者はこの出来事を『奇跡』として受け止め、戦争は開戦することはなかった。
そして現在、Rc.329年。『色族』と『黒族』は時に小競り合いも起こしながらも、再び平和な世界へとなっていったが、再び『色』が『黒』に混ざり合いかねない一つの噂が、ある『黒族』から起こった。
―『色族』の中に、あの不思議な光と同じ力を持つ者がいるらしい。と…
「…それが、この少女と?」
「そうだ。この少女をフェイラン様の元まで連れて行くことが今回の任務だ」
「いかにも普通の色族の少女に見えるけどなぁ~。それに、可愛いし」
「私語は慎め。もうすぐフェイラン様がいる黒族の街に到着だ」
「はっ!」
「し、失礼しました!フロスト殿!」
一人の黒族によるレイン・カラーズの大陸の誕生から今に至る歴史話を、もう一人の黒族は引き連れている馬車の方に顔を向けてはその話を聞いていたが、フロストと名乗る人からその会話は止められた。
ここは、レイン・カラーズの黒族が住む街の近くの街道。フロスト率いる黒族達は、その黒族の話にあった「開戦せず戦争を止めた不思議な光と同じ力を持つ者」を捕える事に成功し、降りしきる雨の中、その少女を乗せた馬車を引き連れながらの護送任務の最中であった。
やがて、一団は目的地である黒族が住む街へと入った所で、一時足を止めざるを得ない出来事が起こった。
「あだっ!」
「おいおい、大丈夫か?ここ石畳だからなぁ。ほら、手を貸してや…ぐわぁ!」
石畳の路面に足を取られて倒れた人を、近くの黒族が見かねて手を貸そうと倒れた元に歩み出ようしたその時、手を貸そうとした黒族が悲鳴と共に斬られ、それが合図となった。
街の路地裏から建物のドアや窓、更に建物の屋上から無数の人、人、人が、馬車を引き連れた黒族一団目がけて襲いかかって来たのだ。突然の奇襲で混乱する黒族達に乗じ、一人の男が馬車の中にいた少女の元に無事に到達した。
「大丈夫か?」
「あの、何が起こって…?」
「説明したい所だが、まずはここから逃げ出し…!?」
突然何が起こっているのか混乱している少女が言い終わるが早く、男は少女に万が一の為であろう護身用のナイフを授けた後、少女と共に馬車から出た矢先、馬車から出た男に気付いたフロストが、男に向けて大剣で攻撃を仕掛け、男は咄嗟に腰の剣を抜き放って迎撃に成功するも、手練れ同士による剣劇からの鍔迫り合いが、両者を膠着状態へと導いていく。
「貴様がこの奇襲一団のリーダーか。小癪な真似を!」
「あの。わたし…」
「走れ!後から追いかける!」
「は、はい!」
未だ状況を把握していない少女に向け、奇襲一団のリーダー格の男は、少女にこの場から逃げるよう伝えた。自分を助けてくれた事から、悪い人ではないという認識を得た後、少女はまだ混乱が続くその場から逃げ出し、路地裏へと消えて行った。
「無事に逃げてくれ…“絶望の奇跡”」
「くっ、少女が逃げるぞ!手の空いている者は急ぎ追撃を…」
「させません!」
路地裏に消えて行った少女を、奇襲一団のリーダー格の男は小声で見届ける一方、少女の逃走に焦るフロストを、横からの風切り音が遮った。奪った馬車の馬から、太刀を構えた男の攻撃から鍔迫り合い状態の二人を解き放ち、奇襲一団のリーダー格の男の前に立ちはだかったのだ。これにより怯んだフロストの一瞬の隙を見逃さず、奇襲一団のリーダー格の男は隠し持っていた小さめの銃のような物を躊躇いもなくフロスト目がけて数発発砲し、そこから真っ白な光が発しては、たちまち交戦中の地域を白一色に塗り潰していった。
「!?閃光弾…“イエロー・アイ”の力か!」
「任は果たした。皆、この隙にこの場から撤収せよ!」
レイン・カラーズに漂う「色」が結晶化されたビー玉状の“アイ”の力による閃光弾により、双方の攻撃の手が止まる程に周囲が白一色しか見えない中で、奇襲一団のリーダー格の男の檄で奇襲一団は素早くこの場から撤収していった。暫くして白一色の閃光は元の黒へと塗り直されたが、そこに残るは黒族のみと、奇襲一団によって馬も取られ、もぬけの殻と化した荷車のみとなった。
「逃げられたか…」
「フロスト殿、お怪我は?」
「大事ない。まさか、黒族の中に色族の奇襲一団が混ざっていたとは…閃光弾で不覚を取ったが、今はあの少女だ。まだそう遠くへは行ってはいまい。動ける者から急ぎ探し出せ!」
「はっ!」
突然の奇襲からここまでいいようにされ続けてきたフロストの檄で、黒族達も落ち着きを取り戻しては、動ける黒族から少女が消えて行った路地裏へと向かって行った。
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