第6話 竜の道3、心の試練

 闘技場の裏手にある扉が開いた。その先は、トンネルのような空間がある。ゴールドムーンは、キンラマンの手を引っ張って中に入る。

「時間がどれぐらい必要かわからないね。急ごう。」

「そうだね。」キンラマンは、何かわからない圧力をトンネルの奥から感じていた。

 ここが第三の”心”の試練か。中はとても暗く一本道のようで、キンラマンは威圧感を感じた。ゴールドムーンは、剣を抜いて光輝ライトの呪文をかけた。白きパルサーはさらに白く輝き、周囲をを照らす。しかし、キンラマンの心にある、不安を打ち消すには、光が足りなかった。


 トンネル内部は岩場のようにごつごつして、奥が見えない。頭上からは、鍾乳石のようなものがとがって下にぶら下がっており、圧迫感を受ける。ゴールドムーンはそのまま先頭になり、二人は進み始めた。

 しばらく進むと、横が壁のようになっている場所があり、30㎝ぐらいの正方形の印が書かれていた。

「これは何なのだろう。」キンラマンはゴールドムーンに聞く。

「わからない。でも、なんだか寒気しない。」

「僕にはわからない。でも行くしかなかないか。」


 その領域を超えると、トンネルはさらに狭くなった。一列でないと進めず、天井も2mと低い。ジャンプができないほどの高さだ。歩く足音以外に、頭の底から何か湧き上がるような音が聞こえてくる。幻聴なのかわからないが、キンラマンは得体の知れない圧力を感じた。そして、耳を澄ませてそれが何かを考え始めていた。

 ふと、気が付くとゴールドムーンは見えなくなり、広大な闇の中に一人いる。何も見えない。立ち止まると、周囲から金属的な音が聞こえてきて、徐々に近くなってくるような気がする。


「ゴールドムーン。」と叫ぶが広大な空間に言葉は吸い込まれるように消えていった。反響もない。

 しばらくすると、少し目が慣れてきたのか、周囲に迫ってくる金属的なものが見え始めてきた。汎用型ロボット?ここになぜ。見ると複数がキンラマンを囲み始めていた。

 キンラマンはグラディウスに手を伸ばし、戦闘に備える。ロボットたちはいっせいにキンラマンに向けて突撃を開始する。ラボで見る時より早い。レギオン?それらは大勢だからか。まずは、前面のロボットを片付けようとグラディウスで一撃を浴びせる。想像以上にロボットの動きが速い。まずい・・・。キンラマンは恐れを感じた。


「はっ。」

「よかった。目を覚ましたね。」ゴールドムーンの顔が見える。

「キンラマン、歩きながら眠ってしまっていたの。さっきひっぱたいて、ようやく目が覚めたね。」

 キンラマンは気が付くと、トンネル内に座り込んでいたようだ。ゴールドムーンにさきほどの夢の話をした。そして湧き上がってくる恐れのことを教えた。


 ゴールドムーンはその話を聞くと、遠くを見るようにキンラマンに話しかける。

「ここの試練は”心”。おそらく、気持ちが強くないと足が止まるのではないかと思うの。」

「ゴールドムーンは、大丈夫なのか?」

「大丈夫。私には剣を手に入れたいという、強い意志があるから...。」

 ゴールドムーンの力強い声を聞いて、キンラマンは少し考えた。自分自身にはそういう強い気持ちがあるのだろうか。何が彼女をそうさせているのだろう。ただのゲームではないのか。


 そして、疑問を投げかけた。

「剣がどうして必要なのだろう。白きパルサーでも十分強いし。」

「魔剣アルマゲストの特性がないと、越えられない壁があるの。今は言えないけど。」

「しかし、このゲームでそこまで強い思いがあるというのは、なぜかわからない。」

「キンラマン。このEx-Lifeは、仮想現実ではないの。多分、多くの人は知らないと思うけど。人が寝ているときに見る夢の世界とリンクをしている...。」

「え。」キンラマンにとって、そのことは初耳だった。

「サイボーグが魂との接続技術で実現していることを、どこかで聞いたことがあるかもしれない。それと全く同じことを、地球グリッド上で実現して、参加者全員の夢の世界、あるいは魂とリンクを行っているシステムがEx-Life。だから、ここにいる私たちは真の魂の姿なの。」

 サイボーグのキンラマンには、驚きながらも、そのことがわかる気がした。現実よりも、この空間のほうが自然に動けるし、機械ではない体が与えられているからだ。


「私には、ここで越えなくてはならない壁があり、そのためにはここにある魔剣が必要なの。」

 ゴールドムーンは、金色の瞳で深くキンラマンを見つめて、ゆっくりと話す。

「今は何のことかわからないかもしれない。でも命が絡むの、信じてほしい。」

 キンラマンは、ゴールドムーンの真剣なまなざしを受け止めて、心の中が熱くなる気がした。サイボーグが生きる目的って何だろう。

 そして、ゴールドムーンは瞳をうるませながら、キンラマンに訴える。

「お願い。ヒーローになって!あなたの力が必要なの。」

 キンラマンにも目的が必要だった。心の奥底から湧き上がるような力強いものが。そして、なぜか、遠い昔に忘れていたものが、キンラマンの頬を伝わる。涙...。

 ゴールドムーンは、キンラマンの前に右手を差し出した。キンラマンも右手を差し出して、二人はしっかり握りあった。

「ありがとう。キンラマン。立ち上がって!」

 そのまま、ゴールドムーンはキンラマンを引っ張って立ち上げた。


「時間が少なくなってきているね。急ぎましょう。」

 再び二人は歩き出す。しばらく行くと、横壁にまた四角い印が書かれている場所に出た。その先からトンネルはさらに低くて狭くなり、頭を下げないと前に進めないほどの高さになった。物理的にも圧迫感が強い。閉所恐怖症の人間は、進むことが厳しいのではないだろうか。

「今度は、キンラマンが前行って。さっきみたいに後ろで寝てしまっても困るから。」とゴールドムーンは軽く笑う。キンラマンもその通りだと思い、うなずいた。

 ゴールドムーンがキンラマンの後ろから前を照らす。

「トンネルがカーブしていることが分かるようになってきたね。多分、私たちはらせん状に緩やかに山を登ってきたのだと思う。ならば、きっともう少しでゴールよ。しっかりして。」

 ゴールドムーンは、冷静でかつ、強い気持ちを失っていないようだった。キンラマンもそのつもりだったが、どうしても眠気が襲ってくる。


 少し進んだ場所にしゃがまなくてはならない鍾乳石のような突起が頭上にあり、そこで膝をつく。その時、キンラマンの感覚は、先ほどの広大な暗闇空間に戻っていた。またここか、とキンラマンは思った。明晰夢みたいに、夢の中で夢であることに気づいたような感覚だった。

 前回との違いはゴールドムーンが後ろにいることだった。

「キンラマン、寝落ちしたね。さっきの夢の場所でしょ。ここは。」

「ゴールドムーン!この空間に来たってことは。」

「そう、うかつにも私も眠らされたってことかな。」

 ゴールドムーンは輝く剣を振りかざし、周囲を眺めまわしていた。


「向こうから、何かこちらに歩いてくる。」とゴールドムーン。

「ロボットではないかな。」キンラマンは先ほどの包囲を思い出していた。

「いや、ひとつだけのようだけど。」

 ゴールドムーンの見ている先を、キンラマンも見た。

 その先には、モモコが立っていた。会社で見る普段とは違う、ピンク色の魔法使いのようなドレスを着ている。

「モモコ隊長?」キンラマンは聞く。

「キンラマン、お疲れ様。その子をこちらに連れてきて。」

 モモコは淡々とそう言うと、右手に持っている杖を振りかざす。ゴールドムーンは素早く、白きパルサーを振りぬいて、モモコを遠距離攻撃で狙う。しかし、伸びた白きパルサーの刃は虚空を斬るのみだった。そこにいたはずのモモコが消えていない。


「キンラマン、その子の武器を奪って。」後ろからモモコがキンラマンに指示を出す。いつの間に回り込んだのだろう。

「キンラマン、惑わされないで。これは、心の試練が見せている虚像よ。」ゴールドムーンも振り返ると、少し間合いを取って呪文の詠唱をする。絶対魔法防御アンチ・マジック・シェル、相手を魔導士と見ての対応だった。

 モモコは同じタイミングで対人束縛ホールド・パーソンの呪文を唱えていた。魔法のロープがゴールドムーンを襲う。スピードの勝負だった。ロープはゴールドムーンを捉えるかに見えたが、その途中で消滅した。

 キンラマンはどうしていいのかわからず、立ち止まって迷う。

「キンラマン。剣を抜いて戦って、目の前の魔女と。あれは敵よ。」ゴールドムーンはキンラマンに声をかける。


 モモコは慎重に間合いを取りながら、杖をかざして凛とした声を出す。

「その子は人間ではない。おそらく、先日のロボット騒動とも関係があると読んでいる。事実関係の調査のために、捕まえて尋問する必要がある。キンラマンのお遊びゲームもここまで。理解して。」

「しかし、そんなこと、いきなり理解できません。」キンラマンはさらに迷いを深める。


「その魔女は人間を超越した存在よ。本当は私たちを消そうと考えている。それが真実よ。」ゴールドムーンは剣を構えながら、モモコをにらむ。

「そして壁...、克服しなければならないもの。」ゴールドムーンはつぶやきながら、モモコに向かい、白きパルサーを繰り出す。しかし、今度も虚空を斬るのみ。また、背後の空間に移動している。一体どういう術を駆使しているのだろうか。モモコが仮想空間に入ってくることは稀なので、このような姿をキンラマンは見たことがなかった。


「キンラマン。あなたの任務を遂行して。彼女をとらえることが最優先。」モモコは続けて杖を向けながら、超重力場ハイパー・グラヴィティ・フィールドの呪文を放つ。絶対魔法防御をも重力は透過し、ゴールドムーンは立つのが精一杯のようだ。

 モモコは、バックの中から手錠のようなものを取り出して、キンラマンに差し出す。

「これを使って捕まえて。キンラマン。」冷ややかに淡々と話すモモコには、その容姿とは裏腹に恐れを感じた。


 キンラマンは、ゴールドムーンを見た。

「キンラマン。あ、あなたがそうするというのなら、私は従うしかない。」ゴールドムーンは、重力なのか恐怖なのか、震えながら話して、剣の構えを下げる。

 そして、先ほどと同じように、キンラマンを潤んだ瞳で見つめながら静かにささやく。「あなたに命を預けるよ...。キンラマン。」

「わかった。」

 しばらく間があり。キンラマンは、そう返すと。モモコの方を見る。

 そして、何も言わずに背中の霊剣ノートゥングの柄を握りしめて、モモコに向かって突撃を開始した。

「愚かな・・・。」モモコがつぶやく。


 キンラマンは、頭上にある鍾乳石に頭をぶつけた。どうやら、試練のトンネルに戻ったようだった。頭をさすっていると、ゴールドムーンがキンラマンに後ろから盾越しに抱きついて、嗚咽していることに気が付いた。

「ありがとう、本当にありがとう。」

 キンラマンが起きたことを認めると、ゴールドムーンは、片手で目をぬぐいながら、キンラマンの背中を押して、せかした。「時間がないから、早く奥に行きましょう。」

 出口はそのすぐ先にあった。残り時間はあと1分、ぎりぎりで全部の試練を通り抜けたようだった。

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