第4話 竜の道1 イニシアティブ

 モモコは、水原美月の話を朱雀に話し始めると、これまで気のいい好青年だった朱雀は、神妙になって窓の外の景色を見ながら低い声で話す。

「僕がサイボーグになった直接の原因が水原美月です。そして、Ex-Lifeではゴールドムーンと名乗っていることも知っています・・・。ここに送り込まれた意味が分かりました。」

 モモコは朱雀が、遠く目を合わさないように窓の外を眺めて、歯を食いしばり握りこぶしを強く握り、怒りに震えていることに気が付いた。

「水原美月が原因でサイボーグになった?それは・・・」とモモコが返す。

「奴は僕のかたきです。僕の前任者とキンラマンとはどんな関係があったのでしょう!」

「落ち着いてね、朱雀君。」激高する朱雀の反応にモモコは驚きながらも、水原美月のことを話し始めた。


 2037年7月24日金曜日、東京21時。キンラマンはEx-Lifeにインし、ゴールドムーンから待ち合わせに指定された場所に向かう。ゼノンの酒場という場所だ。

「はーい!、キンラマン」

 お店に入り、キョロキョロ見回していると後ろから声をかけられた。

「これから向かう竜の道は、時間との戦いよ。その格好で大丈夫?」

 仮想空間の中で、ひと際目立つ存在はゴールドムーンだった。先程とは違い、腰までの金髪は後ろで束ねられて、装備はむしろ白いテニスウェアのような軽装だった。ラケットの代わりに、細身の短剣を装備しているような印象だ。その剣、白きパルサーか、長さが変わる特性のはず、相手にすると厄介な武器を持っているなとキンラマンは思った。それにしても、ゴールドムーンは見た目がまぶしい。キンラマンは少し押し込まれ気味だった。

「ちょっと、聞こえている? キンラマン、重そうな盾まで背負って、黒い塊みたいね。」ゴールドムーンはキンラマンを軽く叩いて笑った。

「はっ。ごめん。ちょっとぼうっとしてた。」

「ふふふ」キンラマンも釣られて笑う。

「なんだか自然な話し方でいいね、キンラマン。ここでは、普通に呼び捨てでいいよ。」

「そうするよ。」

「ところで時間との戦いってどういうことかな?」

「うーん。これから行く竜の道は、心技体の三つの試練があり、90分以内すべてを突破しないと、山の頂上の竜まで行けないの。なので、イベントのゲートが開いたら、みんな一斉にダッシュで走る。だから軽装がいい。その重装備で私についてこれるかな?」

「なるほど、なるほど。まあ、サイボーグは身体能力高いので、多分、大丈夫と思うけど。」

「まあいいわ。足手まといになったら、その鎧と盾捨てるからよろしくね。第一の“体”の試練はひたすら走る、飛行モードは使用不能。早くつくほど第二の“技”の試練は有利になると考えているのでお願い。」


 その時、怖い印象の男が突っかかってきた。「ゴールドムーン、今回はパーティーを組むのかい? 隣は見かけない顔だな〜。ゴールドムーンは俺たちのパーティーに入ったほうが絶対良いって!」とキンラマンを手でどつく。乱暴で悪名高いギルド”ビースト”の紋章が見えた。いつも慎重なキンラマンは少し狼狽した。

「ここで、この男の力を試してやろうか?」と悪相の男は、背中の斧に手をかけてキンラマンを軽く押し飛ばした。キンラマンはムッとして、体勢を立て直し、腰のグラディウスの柄に手をかける。

「お前には勝てないだろう。そいつは俺たちと同じサイボーグだからだ。」

 様子を見ていた二人の戦士が寄ってくる。

「ユーパインとザッキーか!久しぶり。大学出て以来かな。」キンラマンはサイバーブリッジ大時代のに知り合ったサイボーグ達を見てびっくりした。

「キンラマン、久しぶりだね。」とユーパイン。

「ふんっ」とサイボーグに囲まれて、ビーストの男は去っていった。


「ところで、いつもソロのゴールドムーンさん。パーティー組むことあるのだね。前回、俺に倒された教訓活かすのかな?」とユーパインはゴールドムーンを見て話しかける。

「まあ、そう言う事にしておくわ。」とゴールドムーンは少しムッとした表情になった。

「こちらも、サイボーグ・ザッキーを加えて、後衛にランカープレイヤー連れてきた。前回は時間切れだったが、今回こそドラゴンまで行って、魔剣アルマゲストをもらうよ。」とユーパインは余裕の雰囲気だ。

「竜の道は、力だけで超えられる試練ではない。ご存知と思うけど。」とゴールドムーンは返す。その言葉にキンラマンは、どういうことだろうと疑問に思った。少なくとも、タフなゲームである事は間違いないだろう。


「まあいい、あと5分でゲートオープンだね、門まで行こうか。」そう言うとユーパインは彼のパーティーを連れて、颯爽と酒場から出て行った。誰もが道を開ける。噂に聞く強豪ギルド”AOWアート・オブ・ウォー”の精鋭部隊か、キンラマンからも余裕の気待ちが失われた。彼らの雄姿を見て、いくつかのパーティーも竜の道は諦めたようだった。


 キンラマンとゴールドムーンの二人のパーティーも、門に向けて、酒場を出た。すでに、腕に覚えのありそうな強い装備を持ったパーティーが続々と門に向かって歩みを進めているところだった。その道の途中で、ゴールドムーンはキンラマンにイベントの説明をした。

「策はあるの、そのためにも、1番早く第二の試練である技の闘技場に行く必要がある。」

「なぜ。」と聞きながら、キンラマンは不安だった。

「第一の試練は30分以内に闘技場に行くことのみが条件だけど、その先の戦いのために先制権イニシアティブを得たいから。第二の試練は間に合ったパーティー同士でバトルロイヤルが始まるので...。その中で生き残ったパーティーが次の第三の”心”の試練に向かうことができるのだけど、そこから先のことは私も知らないの。」とゴールドムーンは返す。

「なるほど、なるほど。」

「いずれにせよ試練を乗り越えて頂上まで行き、竜との戦って報酬を得るというイベント。その報酬が魔剣アルマゲストってこと。わかった?」ゴールドムーンは、イベントゲート前に向かって歩きながらキンラマンに説明をした。

「大体わかったよ。ありがとう。」と答えるキンラマンの前に、どこからか、跳ね飛ばされた腕と斧が飛んで来た。身をかわそうと動くよりも先に、白い閃光が一瞬目の前を走った。気が付くと斧は向きを変えて、向こうに飛んで行く。

「門の前ですでに始まっているね。戦いが。今回はビーストがいるから荒れそう。」とゴールドムーンは、抜身の剣を持って立っていた。キンラマンはゴールドムーンの抜刀の速さに驚いていた。サイボーグ並みの反応速度ではないだろうか・・・。


「それにしても剣装備はいいね~。前回は僧侶で臨んだので剣は使えなかったの。だけど、今は上級職の聖騎士パラディン。魔法含めていろいろ使えるの。準備体操で、私たちもすこしライバル片付けようか。キンラマン。」

 その話を聞いて、キンラマンも、腰にぶら下げているグラディウス・マキシムスを抜いた。背中にある主装備の”霊剣ノートゥング”にはまだ手をかけない、背負っている大盾でほとんどの部分が隠れているいるのが幸いだ。最初に奥の手を見せるのは、得策でないだろうと考えていた。


「でも、そろそろ開門ね。一気にダッシュするので、遅れないように。」という言葉を聞いている最中に、大きな音を立てて、ゆっくりとイベントゲートが開かれた。すでに前方の乱戦は止まっており、マラソンが始まった時のように、全員が一斉に走り出した。

 ゴールドムーンの動きは、早くて軽く、それ自体が白い風のようだった。後ろなど見向きもせず、わき目も降らずにどんどんと前に進んでいく。キンラマンも、必死で重い体を動かし、遅れないように、時には10m近くジャンプすることがあった。重量があるので、そのたびに岩が砕け飛び、山道の悪路をさらに破壊した。

 途中、前をふさぐパーティーがいるときは、何の挨拶もなしにゴールドムーンが剣で片付けていった。早い剣さばきにキンラマンは何度か驚かされることになった。そして、気が付くと、周りには誰も走っていない。断トツの一位ではないだろうかとキンラマンは思った。よく考えてみるとそれは当たり前で、ほかのパーティーがこんなに懸命に走っていないからだった。

「さすがね、キンラマン。疲れてない?」

「大丈夫。疲れはそれほどでもないけど、少し集中力が落ちてきたかな。」

「OK! ほら、あの門が第二の試練の闘技場よ。一番ね。元気出して、キンラマン。」


 門をくぐると半径100mはある円形闘技場があった。石畳が広がり、遮蔽物は一切ない。ここに多くの戦士が集まって戦いを繰り広げるのだろうかと、キンラマンは思いながらただ立っていた。気が付くと、ゴールドムーンはそのまま足早につかつかと一番奥まで歩いて行った。入り口から一番遠い位置に、何やら魔方陣を組みながらクリスタルを置いて結界を作り始めた。

「これは絶対魔法防御アンチ・マジック・シェルの結界。敵が隕石メテオ・ストライクとか強力な魔法使ってきたら、この輪に逃げてね。つまり本陣ってこと。加えてトラップを用意するよ。さしあたり、この赤い宝石を5mぐらいの等間隔であちこちにおいて。」とゴールドムーンは1cm大の赤い宝石を数十個キンラマンに渡した。

「この赤い宝石は?」

遅延型爆烈火炎球ディレイド・ブラスト・ファイアボールよ。遠隔操作で爆発できる。」

「なるほど。」と言っているそばから、今度はゴールドムーンの呪文の詠唱が聞こえてきた。気がつくと槍持ちの光る女戦士、弓持ちの天使、黒い忍者の3人が彼女の周りを固めている。召喚か。相当な手練れであることがキンラマンには分かった。

「私がソロでも強いのは、このスキルがあるからよ。つまり、5人のパーティー空きの分にNPCノー・プレイヤー・キャラクターとしてレジェンド・ヒーローで固めることができるの。キンラマンは、そこの槍持ったバルキリーと前衛お願い。私は本陣で全体の指示を出す。テレパシー回線を接続しておいてね。」

「了解。それにしても、NPCを複数操作なんてできるんだ。知らなかった...。」

「ふふふ、ちょっとした裏技よ。」

「ところでアイデアだけど、障害物作って置いとこうか。敵を邪魔するために。」

「Good!それ良いね。相手が固まって入るように、ブロックを配置しましょう。各個撃破は、少数勢力が大軍撃つ時の基本だからね。なんだか、勝てる気がしてきたでしょ。」とゴールドムーンは笑った。確かにキンラマンにも余裕が生まれてきた。


 物質組成クリエイト・オブジェクトは、特にこの仮想空間では普通にできる操作だ。キンラマンとゴールドムーンは、簡単な立方体をいくつか作って相手が一列にならないと入って来れないスペースを用意し始めた。システム構築と要塞の構築はそれなりに似ているなとキンラマンは思った。

 壁を張り巡らしたその時、遠くから人の気配がした。どうやら、後続のパーティーが門から入ってきたようだ。第二の試練、”バトルロイヤル”の始りだ。

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