第3話 金色の瞳

 初めてのオフィスの椅子に腰を掛けて、朱雀はモモコと隣り合わせに座り、キンラマンの最初の戦闘の話を聞いた。しばらく、考え込み、そして尋ねる。

「人工知能コアに、霊体の憑依が可能ということですかね。」

「そう・・・思う。憑依した霊体は、人工知能コアから接続することでEx-Lifeにも介入が可能になると思うの。あるいは逆にEx-Lifeを経由して憑依する可能性もある。君が来る前にいろいろな事があったので、今はそう思う。」とモモコが答える。

「僕がこの場所にいるということは、その憑依と関係があると考えてよいのでしょうか。しかし、これまで亡き父の手伝いでそういった除霊の仕事を多くこなしましたが、キンラマンのいた時と同じことが繰り返されるということは、何かもっと大きな意図があったのではと思います。この件は単発で終わっていないようなので・・・。」

「その通り。君は若いのに賢いね。キンラマンの戦ったロボに憑依したものには明確な意図があった。しかし、君が戦ったロボに憑依した霊体に意図があったかはわからない。」とモモコがつぶやく。

「キンラマンと僕の相手に何が違うのでしょう。そして、誰が何のために行っているのでしょうか。」

「キンラマンの時のことは、理由がわかっているの。それは、これまた会社からいなくなった女性のようなモノが絡んでいた。その女性は水原美月と呼ばれていたけどね。」

 朱雀はその名前を聞いて茫然とする。まるで、雨を受けても動かない彫像のようにしばらく固まった。そして、意識を回復したかのように朱雀は言葉を発する。

「その名前・・・。僕のかたきです。詳しく話を聞かせてください。」


 2037年7月1日水曜日。キンラマンの戦ったロボット暴走事件から3週間は、何事もなく過ぎていた。会社は事態を収束と判断。費用対効果の観点から、いつまでもロボットを眠らせておくわけにも行かないため、業務の自動化を推進する必要があった。キンラマンは、モモコに連れられて新しいロボット用プログラムの要件を聞くために、クラアントとなる部署を訪れていた。その事務作業の担当が、水原美月であり、彼女が事務処理のロボット化を提案したために、この打ち合わせが設定されたのだった。


As-Isアズイズって、どういう意味ですか?」キンラマンの話を受けて、入社したばかりで若手女子事務職である水原美月は質問をした。ショートな飾り気のない黒髪を見て、まだまだ真面目な大学生みたいな人だなと、キンラマンは思っていた。

As-Isアズイズとは、いま行っている事務作業の現状分析を意味します。実際の作業を流れでこのフォーマットに書いてもらって、それを情報を元に、あるべき姿であるTo-Beトゥービーを考えます。これを元にロボットのプログラミング要件を作って行きます。」とキンラマンが説明をする。

「ふーん。面倒そう・・・ですね。」と水原は首を傾げてキンラマンに答えた。不満そうながらも、キンラマンを茶色いぱっちりとした目で興味ありげにのぞき込んでいる。キンラマンは、何かやわらかい光に包まれた気がして少し動揺した。そんな二人の姿を見ながら、モモコは少し思案して、キンラマンに指示をする。

「キンラマン、この案件は少してこずりそうなので、スピードアップのために、ミーティングの後でAs-Is作成作業を手伝ってあげて。水原さんもよい?」

「はい、わかりました。」と二人。


 ミーティングが終わり、キンラマンとモモコは自席に戻りながら話をした。

「あの水原さんの印象、違和感なかった? キンラマン。」とモモコ。

「サイボーグが珍しかったのですかね。なんだか、深く観察されているような感じを受けました。」

「確かに観察しているようだった。そして、あの子、少しリズムが違うの、人間のものと。それが気になる。なので、なるべく仕事を手伝いながら彼女のことをチェックしてほしい。できれば、仮想空間に一緒に入ってみるといいと思う。」とモモコは鋭い目線をキンラマンに送った。

「それは、どういう意味ですか?」とキンラマンはモモコの不思議な注文に首をかしげる。


「回答をする前に、キンラマンの知識を確かめさせて。まず、人間を動かす主要な三種類の時間を知っている?」

「いえ、知りません。」

「なるほど。その知識はサイボーグ技術の根幹に関するものなので知っておくと良いから教えるね。まず、三つの時間の一つ目は太陽の時間、一般的なカレンダーを刻むもの。二つ目は月の時間、日本では過去に使うことを止めてしまった太陰暦もその流れで、バイオリズムも刻むもの。三つ目は魂の時間、人間は楽しいときは短く感じ、つらいときは長く感じると思うけど、そういった類のもの。サイボーグ開発で問題になったのはこの三つ目。」

「三つ目がどうして、サイボーグで問題になるのでしょう?」

「サイボーグ技術は魂を機械とつなぎとめることでようやく実現したの。いまでも教科書では魂を科学として扱っていないけど、現実は違う。いくら機械を作っても人間の中枢神経の接続はできず、義足とか義手がせいぜいだった。」

「そうなのですか。」とキンラマンはいままで全く知らずにサイボーグである自分を考えた。

「そこで、ヘルメスという天才科学者が東洋の医学を取り入れて、ヨガの言うチャクラと同じ構造を作り上げたの。その科学者は後にEx-Lifeの基礎も作った人。それを駆動するためには脳以外のチャクラに相当する部分にはクリスタルを組み込んで、その振動を利用して疑似的に三つ目の時間を作り出した・・・ちょうど、時計が水晶の振動を利用しているのと同じ。」


「チャクラとはどういう意味ですか。」

「諸説があるけど、体内または、体外までにある特別なエネルギーポイントを意味している。人がある特定のチャクラに意識を集中すると、その人はそのチャクラのエネルギーに意味付けされる。基本的には8つのチャクラシステムで構成されていて、7音階と1オクターブ上の音で構成されている。まあ、詳しくは専門書を見れば書いてあるので、それを読むといいよ。」

「わかりました。いつか、ヨガか何かの専門書を読んでみます。」

「そうね。よく読むといいと思う。この古代の知識と、最新の科学技術を融合して、ようやく魂の定着に成功したからね。簡単にいうと、サイボーグ化で死ななくなったってこと。しかし、疑似的なためにどうしても普通の人間とは違う人工的な波長パターンが残ってしまう。キンラマンからもたまにそう感じるけどね。」

「それで、水原さんからもそういうサイボーグ的な違和感を感じるということですか。」とキンラマンは少し納得言った感覚を受けた。

「ご名答。で、その推測が正しいならば、なぜ事務職に彼女がいるのかが、気になる点なの。」キンラマンの理解に満足げにモモコは笑みを返した。

「確かに、サイボーグは政府の保証が成り立って実現している最高技術であり、普通に事務職に就くことはないですからね。少し、様子を見てみます。加えて、母校のサイバーブリッジ大学の卒業生か調べてみます。サイボーグならば、ほとんどがわが母校出身なので。」とキンラマンは乗り気になった。


 それからキンラマンと水原の共同作業が始まった。現行の事務作業を一つ一つ書き留めてAs-Isを作り上げていく、キンラマンは丁寧な指導をしたつもりだったが、出来栄えは完璧なものではなかった。

「だいたいAs-Isの感覚はわかったよ。キンラマン。」

「しかし、メール送信ボタンを押す動作が漏れていませんか?しっかり見てください。」

「あ、そうね。ごめんなさい。キンラマン。でも、これを書いていく事で時間削減になるのかな?作る作業が手間に思うけど。」

「大丈夫です。煩雑な仕事は消えて、より知的労働にシフトできますよ。」

「 信じていいの?キンラマン。」とにじり寄る。

 いつのまにか、年下のはずの水原はキンラマンには親しげに話すようになっていた。キンラマンは、水原に目をのぞき込まれるたびに、心臓があった場所のリズムが何か早くなるような変調を感じていた。この感じは、まだ体を持っていた頃に感じたような。そしてサイボーグの体に埋め込まれているというクリスタルのことを思い出し、胸を押さえた。


 それから数日が立ち、2037年7月24日金曜日、東京の暑い日々は本番を迎えようとしていた。近年の東京は熱帯のようであり、夕方にスコールが降る日が多くなっていた。このためか、雨上がりの後は比較的涼しくなることが心地よかった。しかし、サイボーグにはあまり気温が関係なく、いつも涼しげに仕事することが可能だった。その涼しげな印象は、水原からも感じられた。やはり、彼女はサイボーグなのだろうか。モモコの推測を裏付ける一つの事実を積み上げた気がした。しかし、それならば何のために彼女がここにいるのだろう。

 キンラマンのかなりのテコ入れで、As-Isは書き上がり、To-Beのビジョンもユーザーである水原と認識が合わせもできた。要件が固まれば、あとはシステムエンジニアの仕事だった。EUD部隊は、2、3日もしないうちに早速デモ版を作り上げてきた。いつもながら作業が早い。


 その話を受けて、キンラマンは水原のもとへと向かう。

「デモ版ができあがったので、ロボットの動きを仮想空間に入って見てもらいたいと思います。」

「Ex-Lifeに入るってことかな?キンラマン。」

「そうです。ロボットの動きを現実とは切り離して見てもらいます。ご存知と思いますが、先日の暴走騒ぎを避けるためという理由もあります。仮想空間内ならば、被害がないので。」

「ふーん。楽しみ! 後ほどよろしく。私の仮想空間上のハンドルネームは“ゴールドムーン”。見た目が今と違うので注意ね。」

「僕の、いや、私のハンドルネームはキンラマンのままです。あとでメールでテレポートアドレス送るので、よろしくお願いします。」とキンラマンは明るい水原の調子にやや巻き込まれた気がした。

 さて、仮想空間か。モモコの指示を思い出すと、キンラマンはやや緊張する気がした。装備は、警戒もあるので前の暴走騒ぎと同じで行こうと考えた。


 仮想空間に入り、会社のラボにテレポートすると、そこにはオフィスシーンと不釣り合いな、キラキラとしたオーラ効果のある白く羽衣のようなローブに身を包んだ長い金髪の女性が立っていた。

「遅かったね、キンラマン。」キンラマンが驚いたことに、彼女は金色の瞳をしていて、その目でキンラマンにウインクした。

「ゴールドムーン、水原さん?」仮想空間では、ハンドルネームが右肩の上あたりに表示される。キンラマンはそれを読みながら、ややうわずった声を発した。仮想空間上のイメージは、自分の現実世界の姿の投影となるため、あまりアバターが現実と乖離することはない仕組みになっているはずだった。仮想と現実でこれほど乖離が出るのは、水原美月のセルフイメージの実態が大きくかけ離れているからだった。しかし、どうしてそんなことが可能なのだろうか。

「そうよ。キンラマン。」

「その姿とその装備、びっくりしました。」

「でも、キンラマンだって、ドラストの装備でしょ。」


 ドラストとは、仮想空間上のファンタジーゲームのドラゴン・ストーリーズのことを意味している。人気なゲームなので、仮想空間に入ってこのゲームを楽しんでいる人は相当数いる。もともと、仮想空間には制限時間もあるためか、プレイヤーの強さが現実世界のものと大きな乖離を許容していないためか、それほど課金プレーヤーと大きく差が出にくいことも人気の出る理由のようだ。

「そのとおり、ドラストの装備です。先日の暴走ロボット止めるために、この武器でした。」とキンラマンはグラディウスを抜いて見せた。

「良い装備ね。ウルトラレアものでしょ?」とゴールドムーンは抜身の剣を軽く触れて、名称を確認してから話す。

「はい。」

「いいね。キンラマン。ところでギルドに入っていないのかな?名前の横に紋章ないもの。」

「私が入るとギルド間対戦のバランス崩れるので、なるべくソロにしてます。」

「ますますいい。私もソロなの。ねえ、パーティー組まない? どうしても突破できないイベントがあるの。その報酬の武器が欲しくて、手伝ってくれないかな~。」

「先に仕事してからにしませんか...。その話。」少し動揺しながら、キンラマンは答える。もともとが真面目でストイックなキンラマンだった。

「キンラマンの返事聞かないと動けない。」

 キンラマンは「やれやれ、わかりました。手伝います。」と答えた。それでも、キンラマンはなんとなく嬉しい気がしていた。


 その後のデモンストレーションはたいした指摘もなく終わり、成功を収めていた。キンラマンは、水原と帰宅後のゲームの約束をして解散した。そのことをモモコに報告すると、水原の素性を調べる上で好都合だと答えが返ってきた。なるほどと納得し、キンラマンはゴールドムーンを思いながら、格好良い装備を悶々と考えながら帰宅した。こうして金曜日の長い夜が始まった。

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